焦点は「職種」ではなく「副業の中身」
ある人事担当者から、そんな相談を受けたことがあります。
本人に確認したところ、
「生活費が足りなかったので・・・」
と。
たしかに、副業解禁時代の昨今、副収入を得る手段として夜職を選ぶ人がいるのも現実です。
とはいえ、焦点となるのは
「職種」
そのものではありません。
問われるべきは、その“副業の中身”が、企業秩序とどう関わってくるのか、という点なのです。
問題は、
「企業は社員の“副業バイト”をどこまで規制できるのか?」
という点にあります。
とりわけ、“風俗業”に分類されるような副業は、どこからが懲戒の対象となるのか。
この線引きが、企業にとっては、なかなか悩ましいのです。
労働契約は「時間」でつながっている
企業と従業員の関係は、
「勤務時間」
という時間的単位を通じて法的に成り立っています。
労働契約とは、労働者が
「労働時間」
という単位で企業に労働力を提供し、企業がその対価として賃金を支払う契約です。
これは、労働契約法第6条において
「契約内容の確認」
が求められていることからも明らかであり、労働契約の法的性質は、労務の提供内容が時間単位で構成されることが前提とされています。
要するに、勤務時間外の行動は原則として“自由”です。
従業員が、夜、何をしていようと、どこにいようと、それが企業の業務に無関係ならば、企業が口を出す筋合いはない、ということになります。
とはいえ、“自由の濫用”は問題に
企業が、従業員の私生活に一切口を出せないわけではありません。
実際には、企業秩序に関わるような場面では、例外的に一定の介入が認められています。
従業員が勤務時間外にしていた行動が、
「企業秩序に直接関係し、企業の評価を毀損するおそれがある」
と客観的に認められる場合には、例外的に企業側の規制や懲戒の対象になります。
たとえば、夜職の勤務によって
「顔写真が掲載され、社名が特定されてしまっていた」
「取引先の人に知られ、取引に支障が出た」
といった事実があれば、それはもはや“完全な私生活”とは言い切れません。
企業としての
「信用」
「秩序」
「職場環境」
といったものに影響が出るようであれば、その行為は就業規則違反として扱える可能性が出てきます。
副業禁止規定がある場合はどうか?
そもそも、企業が副業を禁止しているケースも少なくありません。
就業規則にその旨が明記され、かつ従業員に周知されている場合には、企業は当該行為を懲戒対象と位置づけることができます。
ただし、ポイントは
「何をしていたか」
だけではなく、
「企業にどの程度の影響があったか」
です。
たとえば、副業禁止の就業規則があったとしても、企業に実害がなく、業務にも支障がないような軽微な副業については、ただちに解雇処分を選択することは、処分の均衡を欠き、不適切と判断されるおそれがあります。
軽微な副業である場合、ただちに解雇処分を選択することは、処分の均衡を欠き、不適切と判断されるおそれがあります。
“副業の内容”によって懲戒のリスクは変わる
要するに、副業そのものが問題なのではなく、その副業の中身や、周囲への影響度が焦点になるのです。
たとえば、次のような副業については、企業としての判断も分かれてきます。
・単なる飲食店勤務であれば、企業秩序や信用に直接関わらないかぎり、懲戒処分の対象とはなりにくいでしょう。
・キャバクラ勤務であっても、顔写真が出ず、勤務先企業が特定されないように配慮されている場合には、懲戒対象として取り上げるのは難しいと考えられます。
・一方で、SNS等を通じて副業の内容や本人のプロフィールが拡散され、企業名と結びついてしまったようなケースでは、企業イメージの毀損が問題となり、就業規則違反として懲戒対象に位置づけられる場合もあります。
特に、“風俗業で働いていた”という点に対して企業側が過剰に反応し、
「企業の名前が出たわけでもないのに懲戒処分を下した」
というような対応を取れば、それ自体が“人権感覚の欠如”と批判されかねない、という現実も視野に入れておく必要があるのです。
裁判所は“バランス”を重視
従業員の副業問題について、裁判所は非常に慎重です。
処分の有効性を検討する際、裁判所は
「行為・影響・規定・処分の重さ」
という4つの軸における“構造としてのバランス”を見ています。
具体的には、次のような点が判断材料となります。
(1)行為の内容と社会的評価
(2)企業秩序・信用への影響度
(3)懲戒規定との結びつき
(4)処分内容の重さ
つまり、単に夜にアルバイトをしていたというだけで解雇することは、明らかに“バランスを欠く”処分として違法無効と判断される可能性があるということなのです。
「感情」ではなく、「構造」で捉える
本シリーズでは、これまでにも複数の角度から
「感情より構造」
という視点を取り上げてきました(*)。
たとえば、
「キャバクラで働いていたなんて許せない!」
というのは、あくまで感情にすぎません。
企業が取るべき行動は、次のような“構造的な問い”を1つずつ確認することです。
・企業秩序や信用への影響はあったのか?
・それは就業規則にどのように書かれていたのか?
・同様の行為をした他の社員と比べて、処分のバランスは取れているか?
そして、その問いの先にこそ、企業が本当に取るべき“穏やかな選択”が見えてくるのです。
最終手段は「処分」よりも「静かな出口」
仮に、企業側としてその副業行為が企業秩序を毀損するものであると判断に至ったとしても、処分には慎重であるべきです。
というのも、懲戒処分はあくまで“最終手段”だからです。
実務の現場では、
「退職を促す」
「配置転換を打診する」
といった“静かな出口”に誘導するほうが、トラブルリスクを最小限に抑えることができます。
その際も、本人の尊厳を損なうような言葉や態度は、もちろん厳禁です。
「辞めさせられた」
と後から主張されれば、逆に企業側が訴訟リスクを負う事態にもなりかねません。
まとめ:副業問題は“見えにくい影響”まで見きわめる
副業バイトを理由に社員を処分する。
これは、想像以上に高いハードルがあります。
裁判所での運用実態としては、“具体的な因果関係や影響の中身”が問われるからです。
要するに、たとえ就業規則違反があったとしても、
・企業秩序が具体的にどのように乱されたのか
・企業の対外的評価にどのような毀損が生じたのか
・そして、当該行為と企業が選択した処分との “バランス”は妥当だったのか
こうした点を、法務の実務的な要求水準(定量的・構造的な説明責任)に見合うかたちで、一つひとつ丁寧に見きわめていく必要があるのです。
判断の軸はあくまでも
「感情」
ではなく
「構造」
です。
冷静に、実務的に、企業としてどこに着地させるか。
その“出口戦略”こそが、不祥事対応における、最大の焦点なのです。
(*)過去回はこちら:
第1回「企業は社員の“私生活”まで管理できるのか?」
第2回「不倫は“懲戒”できるのか?」
第3回「SNSで暴言、会社に炎上」
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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