02164_企業法務における安全の構造_「誰が見ても同じ判断」ができるか?

「たしかに確認はしました。でも、大丈夫そうだったので通しました」
ある中堅企業の担当者が発した言葉です 。

それは、取引先との契約書を担当者とその上長が確認し、法務部門もチェックをした上で決裁に至った案件でした。

ところが、後日、契約条項の一部について、親会社の監査役から
「法令違反の懸念がある」
と指摘を受けることになりました。

確認が漏れていたわけではありません。

むしろ、すべてチェックしていました。

それでも見逃されたのです。

これは、
「チェック体制そのものの“構造的限界”」
が表面化し、問い直されることになった事例です。

「見たはずなのに、見ていなかった」構造的リスク

現場では、このようなすれ違いは少なくありません。

「何度も確認した」
にもかかわらず、判断にばらつきが生じたり、時には全く食い違うことさえあります。

これは、担当者個人の注意力に原因があるわけでもなく、意識やスキルの問題でもなく、努力の有無でもありません。

「判断基準の構造」に起因しているのです。

たとえば、
・何をもって「チェック完了」とするのか
・どの観点で何を確認するべきか
・「OK」と判断した根拠はどこに残るのか

これらが曖昧なままでは、いくら複数人でチェックしても、同じ結論には至りません。

逆に言えば、
「誰が見ても、同じ判断ができる」
ためには、判断の“構造”そのものが設計されていなければならないのです。

「ミエル化」されたチェック体制とは?

チェックするポイントを
「人の目」
に頼っているうちは、属人性からは脱却できません。

つまり、
「誰が見るか」
によって判断が変わってしまう構造では、安全も、再現性も、担保できないのです。

では、どうすれば、
誰が見ても、同じ判断ができるよう、
「判断基準の構造」
がつくれるのでしょうか。

具体的には、どうすればチェック体制を
「ミエル化」
できるのでしょうか。

ここで重要なのは、次の2つの視点です。

(1)チェック内容の明確な“基準化”
(2)チェック結果の“再現可能性”の確保

(1)契約書であれば、条項ごとに「確認すべき観点」が明文化されているか。
たとえば、
「解除条項における相手方有利な条件はないか」
「個人情報の取扱いに法令違反の可能性はないか」
など、
「見るべき項目」
が一覧化されているだけで、判断の精度は格段に上がります。

(2)次に、チェックした事実がどのように記録され、追跡できるか。
これは単なる
「チェック済」
の一言ではなく、
「どの担当者が」
「いつ」
「何を見て」
「どう判断したのか」
その痕跡が残っていることが不可欠です。
いわば、判断に対する“記録の裏付け”とも呼べる
「監査証跡」
の構築です。

ダブルチェックは「安心感」ではなく「構造」で機能する

しばしば、
「ダブルチェックだから大丈夫」
という声を耳にします。

しかし、ただ
「2人で見た」
あるいは
「2人がチェックした」
というだけでは、同じ穴を見逃している可能性も否定できません。

それぞれが
「自分は見たつもり」
になっているだけで、結果として、誰も見ていなかったことさえあるのです。

ダブルチェックが本当に機能しているかどうかは、
「構造」
を見なければわかりません。

重要なのは、
(1)チェックする内容の「分担」ではなく「補完」になっているか
(2)チェックミスの可能性を想定し、対話型のフィードバック設計があるか
(3)「ミスが起きた場合」に備えたトレーサビリティが取れているか

このような仕組みがあるからこそ、ダブルチェックは意味を持つのです。

たとえば、ある上場企業では、法務部門とコンプライアンス部門の間で、
「チェック観点」
の視点差をあえて活かすことで、異なるリスクの拾い上げを実現しています。

要するに、同じ書類を見るにしても、違うレンズで照らすことで、ようやく構造的な抜け漏れに気づけるのです。

記録されていなければ、判断とは言えない

問題が起きたとき、あるいは、あとから契約内容や意思決定が見直されるとき、企業法務の現場では、次のような問いが投げかけられます。

「なぜその判断をしたのですか?」
「そのとき、どんな基準で決めたのですか?」

この問いに対して、
「何度も確認しましたが、問題はありませんでした」
といった口頭の説明だけで、通用する時代ではありません。

資料がない、記録がない、根拠も残っていない──
それはすなわち、
「判断の痕跡が構造として存在していなかった」
ということになります。

つまり、法務としてのリスクと見なされるのです。

だからこそ、法務におけるチェックは、単に
「確認しました」
で済ませてはなりません。

「この基準に照らして、確認し、記録した」
と説明できる構造を、あらかじめ備えておくこと。

それこそが、組織の信頼を支える力になるのです。

リスク管理とは、「判断の設計図」を持つこと

問題が起きたあとではなく、起きる前にこそ備える。

これが、リスク管理の本質です。

・そのために必要なのが、判断の手順を設計図としてミエル化すること。
・属人的な感覚や経験に頼らず、誰が見ても同じ判断ができるようにする。
それが、法務体制の基盤になります。

たとえば──
・チェックリストのルール化
・電子決裁システム上での履歴保存
・レビュー記録の保存と改訂ルール
・誤判断の原因を検証し、ルールに反映する仕組み

これらはすべて、判断を再現可能にする仕組みです。

確認したという事実ではなく、
「どう確認し、どう判断したのか」
が再現できる構造こそが重要なのです。

チェックを「感覚」から「構造」へ──それが組織の安全文化

「見たつもり」で終わらせない。

「2人でチェックしたから安心」
では済ませない。

チェックが本当に機能しているかを支えるのは、安心感ではなく、構造です。

・チェック体制とは、単なる分担ではなく、互いの観点を補完し合う仕組み。
・ミスが起きた場合を前提にしたフィードバック体制。
・そして、トラブルの痕跡をたどれるトレーサビリティ。

このような設計がされてこそ、ダブルチェックは本当に意味を持ちます。

「誰が見ても、同じ判断になる」
この状態を構造としてつくることが、企業にとっての安全インフラであり、責任のカタチなのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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