議事録は、契約書とちがって署名も押印もされていないことがほとんどです。
したがって、厳密な意味での
「合意書」
ではありません。
それにもかかわらず、実務の現場では、この議事録がときに
「契約書以上の意味」
を持つことすらあります。
それはなぜか。
どうして
「契約未満」
なのに、
「証拠以上」
の役割を果たすのか。
この一見矛盾するような構図に、組織実務の本質がにじみ出ています。
今回は、企業実務における議事録の位置づけについて、
「ミエル化・カタチ化・文書化」
という観点から、解きほぐしていきましょう。
契約書とはちがう「生きた事実」の記録
そもそも契約書というのは、交渉の末に
「合意した内容」
を、正式に文書に落とし込んだものです。
その意味で、契約書には
「合意内容がすべて」
だという前提があり、外に出ることも想定されています。
一方で、議事録は、交渉や協議の
「過程」
や
「前提」
が丸ごと記録されていることが多いです。
そこには、まだ固まっていない議論や、感情の機微、あるいはちょっとした合意の芽のようなものが含まれていることがあります。
要するに、議事録には
「議論の流れ」
が記録されているのです。
それは言い換えれば、“その場で交わされた議論という事実”であり、
「どんな文脈で何が語られたのか」
という証拠です。
なぜ“証拠以上”になりうるのか
たとえば、あるプロジェクトでのトラブル。
「言った・言わない」
で揉めたとき、議事録があれば、
「その場で何が共有されていたか」
がはっきりします。
もちろん、それは
「契約」
としての拘束力はありません。
しかし、意思決定のプロセスに沿った同席者の
「共通認識」
として、非常に強い力を持ちます。
もっと言えば、同じ会議に出席していた複数人の
「了解事項」
がそこに残っていれば、それは
「黙示的な合意」
を裏づける証拠として機能します。
議事録は、たしかに
「合意文書」
ではありません。
それでも、後からそれを読めば、
「あの場では、こういう前提が共有されていた」
ということが、あとから明確な証拠として、動かしがたい形で立ち上がってくるのです。
これこそが、
「契約未満」
なのに
「証拠以上」
と言われる所以です。
書いておけば、
「その時点のリアルな空気」
が記録されるのです。
議事録の効力は“凍結された時間”の中にある
議事録の力は、その瞬間の時点の記録であることです。
つまり、それが書かれた
「そのとき」、
どんな認識が、どんなメンバーの間で共有されていたのか。
それが、あとから再現できる。
これは、法務の実務感覚で言えば、
「その時点の認識を文書で固定する」
行為です。
たとえるなら、
「時間を凍結させる」
ようなものです。
言葉を変えれば、
「フローの事実をストックに変える」
ことともいえます。
フローで流れていく議論、口頭のやりとりを、ストック=残るものとして可視化する。
これが議事録の本質なのです。
そして、組織にとっての真価はここにあります。
すなわち、
「いつ(When)、どこで(Where)、誰が(Who)、何を(What)、なぜ(Why)、どのように(How)、(いくらで(How much))言ったのか」(5W2H)
という
「瞬間の記録」
が、後日の意思決定や責任追及の拠り所となるのです。
ミエル化・カタチ化・証拠化の起点になるということです。
議事録に求められるのは、正確さよりも“意図の反映”
もちろん、発言の一字一句が記録されている必要はありません。
むしろ、その場にいた人たちが
「たしかに、そんな流れだったね」
と思える納得感のある内容が重要です。
「客観性」
よりも、
「納得性」
が重視されるのが、議事録という文書の特性です。
たとえば、強めの反対意見があったのに、それが記載されていないと、後からその人が
「言ってないことにされた」
と感じてしまいます。
これは、後日の火種にもなりかねません。
一方で、細かく書きすぎて混乱させてしまっては本末転倒です。
事実と意図、そして空気感。
この3つをどう
「ミエル化」
するかが、腕の見せどころです。
「記録しておくこと」が組織を守る
議事録があるだけで、
「言っていなかったこと」
が言ったことにされるリスクは減ります。
逆に、言ったはずのことが、言っていなかったことにされる危険も回避できます。
これは、単なる証拠としてではなく、
「記録の習慣」
が組織にとっての安全網となっている、ということです。
書いておく。
残しておく。
見えるカタチで共有しておく。
これだけで、組織の意思決定やトラブル対応の地盤が、格段にしっかりしてくるのです。
「契約未満」だけど、「無視できない」
それが議事録のポジション
議事録というのは、法的に強制力を持たないこともあります。
しかし、それが組織内外で
「どれほど共有され、参照されていたか」
によって、それ以上の力を持つことがあります。
要するに、
「合意されていなくても、共有されていた」
ということが、結果として強い証拠になり得るのです。
それが議事録という文書の、絶妙な“立ち位置”です。
この微妙なグラデーションを理解しておくと、書き方も、活かし方も、ひと味変わってくるはずです。
議事録は、書くだけでは半分。
議事録の真価は、
「残し方」
ではなく
「活かし方」
にあるのです。
どう「残し」、
どう「読まれるか」
までを考えてこそ、
「証拠以上」
の力を持つのです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
✓当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ:
✓当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ:
✓当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ:
企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所