02175_見えないものをミエル化する知恵_「協力的」_税理士と弁護士、同じ案件に向き合うときに起きる“温度差”の正体

ある企業で、顧問弁護士が交代しました。

契約関係やリスク対応を、より専門的に支えてくれる人材を求めての変更だったといいます。

社長としては、次のステージに進むための、前向きな判断だったそうです。

その
「次のステージ」
とは、具体的には事業承継でした。

親族への株式の引き継ぎを見据えて、支配構造を整理するフェーズに入ったのです。

その過程で、株式の移動や評価、贈与の手続きといった問題が生じ、税務と法務の両面での対応が必要になりました。

その企業には、以前から長く付き合っている税理士がいました。

経理や申告のやりとりはすべてその税理士に任せており、社内でも信頼されている存在です。

新しい顧問弁護士と、この税理士が連携して進めることになった事業承継案件は、両者の専門性を組み合わせて進めるべきものでした。

打合せを終えたあと、社長がこんなひと言をもらしました。

「〇〇先生(税理士)は、本当に協力的で・・・」

「弁護士であるあなたはそうではない」
そんな含みが、言葉に込められていました。

協力的=賛成してくれる人?

「税理士さんは、こちらの事情をわかってくれて、協力的です」

「弁護士さんは、やたら慎重で、なんだか否定から入る感じがするんですよね」

「協力的」
という言葉は、いったい何を指しているのでしょうか。

あるいは、何が含まれていて、何が抜け落ちているのでしょうか。

そもそも
「協力的かどうか」
の違いなのでしょうか。

それとも、
「協力的に“見えるかどうか”」
という感覚の違いなのでしょうか。

実は、この言葉の使われ方には、ある種の“誤認の構造”が潜んでいます。

たとえば、弁護士が株式移動に関する契約条項を見て、
「ここは再確認が必要です」
と指摘したとします。

あるいは、
「このまま進めると、後日トラブルになる可能性があります」
と止めます。

その瞬間、
「面倒くさい人」
「話が前に進まない人」
「協力的じゃない」
と感じられることがあります。

一方で、税理士は
「この評価額で問題ありません」
「申告上、処理できますよ」
と答えます。

レスポンスも早く、内容の調整もしやすいです。

結果として、
「スムーズだ」
「協力的だ」
と評価されることがあります。

しかし、そこには、そもそもの職責の違いがあります。 

税理士は、決算や申告の業務を支え、社内の安定運営をサポートする存在です。

設計図どおりに現場が動けるよう、数字と処理を整えます。

日々の会計や税務を担う、“内側から支える存在” ともいえます。

一方、弁護士は、リスクや合意の不備に目を向ける立場にあります。

全体の構造と着地点を設計できるよう助言をし、“外側から見て支える存在”です。

税理士は
「どう処理できるか」
を見ており、弁護士は
「それで問題が起きないか」
を見ています。

どちらが“協力的か”という話ではなく、そもそも立ち位置と責任のベクトルが違うのです。

見えない“反対”をしているのは、誰か

「反対する=協力的ではない」という思い込みが、無意識のうちに働いてしまうこともあるでしょう。

場合によっては、それが判断や役割の本質を見えにくくさせてしまうこともあるのです。

弁護士は反対しているわけではありません。

必要な検証やリスクを確認し、説明しているのです。

あるいは、
「この部分は一度立ち止まりましょう」
と提案しているだけです。

“これで本当に問題ないのか”
“後から否定されるリスクがないか”
“合意の内容は整理されているか”

そうした問いを投げかけることこそ、弁護士の役割です。

それは“協力していない”のではなく、“確実に前に進めるための協力”です。

ただ、それがそう見えにくい。

ときに
「足を止めているように映ってしまう」。

そこに、温度差が生まれるのです。

これは、どの企業でも起こり得る話です。

似たような場面は、実は、社内や関係者とのやりとりにおいても、よく見かけられます。

たとえば

1.新サービスのリリース会議で、参加者が次々に「問題なし」とうなずく中、最後に法務担当が「利用規約の表現に不備があります」と発言した瞬間、空気がピリついた。

2.外注先との契約更新をめぐり、営業チームが「今回は早めにサインして進めましょう」と言うなか、総務担当が「前回トラブルがあった条項を見直したい」と口にした途端、会議の雰囲気がどんよりと沈んだ。

3.親族間の株式譲渡の相談で、「話がまとまってよかった」と和やかな空気の中、一人の親族が「この内容は契約書にしておきましょう」と発言した瞬間、社長が「そんなに固くしなくても…」と苦笑した。

こうした場面では、往々にして、何も言わなかった人のほうが“協力的”に見えて、止めた人、確認を求めた人のほうが“非協力的”と受け取られてしまうものです。

実際には、その逆であることも、決して珍しくありません。 

ミエル化することで、誤解は減らせる

「協力的だったと思っていたのに、突然否定された」
「そんなこと、もっと早く言ってくれればよかったのに」

そんな感想が残る場面もあります。

しかし、その多くは
「協力的」
という感覚が、文書や確認のプロセスに落とし込まれないまま、やりとりされていたことに原因があります。

つまり、イメージに頼り、“感じ方”に依存してしまったのです。

だからこそ、
「協力的」
という言葉は、態度や印象ではなく、プロセスとして“ミエル化”していく必要があります。

・合意された内容は何か
・誰がどこまで了承しているか
・立場の違いがどのように影響しているか

これらを言葉にして、記録として、確認として残していくこと。

その積み重ねが、
「協力的かどうか」
という感覚的な評価を、より健全で実務的なものに変えていきます。

協力的であるということは、「異を唱えないこと」ではない

さて、はじめの話に戻りましょう。

弁護士も税理士も、それぞれ異なる視点から企業を支えています。

立場や役割の違いが、ときに
「態度の違い」
のように見えてしまうこともある。

目的は同じはずです。

ときには“言いにくいこと”を伝えるのも、専門家としての責任です。

税理士も弁護士も、企業の判断と実行を確実に支えるために、専門性を発揮しているのです。

「どちらが“協力的”か」
と比較してしまうと、本質を見失います。

「前向きではない」
「協力的でない」
と見なされるとすれば、
「協力」
という言葉が、違った意味合いで使われているのかもしれません。

「協力的」の内実を、言葉にしておく

では、どうすれば誤解を減らせるのでしょうか。

ひとつは、
「協力的」
という言葉を、感覚で使わないことです。

それが意味するのは、
「どの立場で関わり」
「どの責任を担い」
「どのように連携し」
「どの範囲を支えてくれるのか」
という、もっと具体に落とし込んだ話なのです。

もうひとつは、
「役割」
を明確にしておくことです。

税理士には税務の見地からの支援を。
弁護士には法的な整合性の担保を。
それぞれの専門性が、どの地点で、どのように連携するのか。

その設計をあらかじめ共有しておくことです。

そして、確認は言語化・文書化しておくこと。

「聞いたつもり」
「伝わったはず」
は、誤解の火種になります。

信頼関係こそ、カタチで残すべき

協力とは、
「同じ目的」
に向けて、それぞれの役割をまっとうすることです。

異を唱えることも、違う角度からの支援のかたちです。

「〇〇先生は協力的なんだけど」
求めているのは、おそらく
「安心感」
なのでしょう。

本当の安心とは、
「何を共有し、どこまで合意し、誰が何を受け持つか」
がミエル化されている状態のはずです。

弁護士だから、税理士だから、という話ではありません。

誰と、どう仕事を組むか。

それを曖昧な言葉ではなく、具体的な設計として考えていく。

「協力的」
という幻想に流されず、関係性そのものを、もっと言葉に、カタチにしていく。

そうした視点こそが、企業にとって意味のある“協力関係”を育てていくのではないでしょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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