02176_刑事事件は社内から始まる_企業法務の刑事化リスク・総論

企業法務の世界は、一般に
「民事中心」
と思われがちです。

実際、多くの法務担当者にとって、日々の関心は契約書のチェック、取引先との合意形成、社内規程の整備、労務管理といったところにあります。

ところが、企業法務のあらゆる場面に、“刑事事件のリスク”の芽がある、といっても過言ではありません。

しかも、そのリスクは、
「悪意のある脱法」

「確信犯的な違法行為」
からではなく、
「ちょっとした手続ミス」

「現場の思い込み」
「部門間の連携不足」
といった、どこの会社でも起こりうる“日常的なズレ”から大きくなることがあるのです。

以下に、企業法務の現場で実際に刑事事件化したケースを、類型ごとに整理していきます。

1 経済犯罪・経済刑法のリスク

(1)背任罪(会社法第960条)
取締役や執行役が、会社に損害を与えつつ、自己または第三者の利益を図った場合
例:架空の関係会社を通じた資金の流用、実体のない外注費支払い

(2)業務上横領(刑法第253条)
会社の財産を、管理の立場にある者が自己のものにしたとき
例:経理・財務部門などの担当者による帳簿外の現金着服、役員による資金の流用

(3)詐欺、偽計業務妨害、特別背任
他人をだまして会社に損害を与えた場合
例:粉飾決算により融資を引き出したケース、虚偽発注による会社資産の流出

2 税務・会計に関するリスク

(1)法人税法・消費税法違反
虚偽の申告や意図的な申告漏れによって課税を免れた場合
例:売上の除外による所得隠し、架空の経費計上、関係会社を使って利益を分散させたケース

(2)所得税法違反(役員報酬の過少申告など)
役員や経営陣の報酬・手当などを会社ぐるみで過少申告した場合
例:個人口座への還流で給与を隠したケース、外注費名目で処理した役員報酬

(3)金融商品取引法違反(旧 証券取引法)
上場企業において、不正会計やインサイダー取引が刑事事件となる場合
例:虚偽の有価証券報告書、未公表情報を基にした株式の売買

3 労務・安全衛生に関するリスク

(1)労働基準法違反
長時間労働の放置や未払い残業が、悪質性をもって処罰対象となる場合
例:過労死ラインを超える労働の常態化、みなし残業制度を悪用した未払い

(2)労働安全衛生法違反・労災隠し
重大事故の際に報告を怠ったり、虚偽報告を行ったりした場合
例:安全装置を外して運用し事故が発生、労災隠しのための虚偽報告

4 公正取引・独占禁止法関連のリスク

(1)独占禁止法違反(談合・カルテル)
複数企業が価格調整などの協定を結んだ場合
例:公共工事での談合、業界内で価格の下限を申し合わせたケース

(2)景品表示法違反・優越的地位の濫用
虚偽の広告表示や取引先への不当な強要があった場合
例:優良誤認となる広告、下請企業への不当な返品・値引き強要

5 知的財産・営業秘密に関するリスク

(1)不正競争防止法違反(営業秘密の漏洩)
技術情報や営業ノウハウを不正に持ち出した場合
例:退職者が顧客名簿を競合に提供、開発資料を私的に持ち出したケース

(2)著作権法・特許法等の侵害
模倣・コピー行為が事業として行われた場合
例:他社の特許を侵害する製品を組織的に製造・輸出していたケース

6 贈収賄・海外腐敗防止法関連のリスク

(1)贈収賄罪(刑法)
公務員への利益供与があった場合
例:許認可取得のため役所職員に金銭を提供、高額な接待を行ったケース

(2)外国公務員贈賄(不正競争防止法・FCPA・UKBAなど)
海外の公務員に不正な利益を供与した場合
例:現地事業で認可を得る目的で、現地政府関係者に便宜供与(米国FCPAによる摘発例あり)

7 業法違反・環境関連リスク

(1)廃棄物処理法・環境関連法違反
環境汚染や不法投棄があった場合
例:工場排水の不正放流、産業廃棄物の山中投棄

(2)各種業法違反(無登録営業など)
無登録での営業が、許認可業種において行われた場合
例:無登録での投資商品の販売、建設業許可の失効後に受注継続

刑事事件化につながる“入口”パターン

企業が刑事事件に巻き込まれる“きっかけ”は、次のようなものです。

(1)内部通報(社内ホットライン)からの発覚
(2)税務調査・査察からの端緒
(3)労基署・公取委など監督機関からの通報
(4)取引先・株主からの外部告発
(5)従業員・退職者の個人的告発
(6)マスコミ報道やSNSでの炎上

とくに、
「税務調査から重加算税を経て脱税事件に発展するケース」
や、
「内部通報を受けた社内調査の結果、背任罪として告発されるケース」
などは、企業側が“民事の話”として対応していたにもかかわらず、ある日、突然、刑事事件として扱われることになります。

こうした事態に、法務部門が後手に回ってしまう例は、決して少なくありません。

法務が押さえるべき「刑事リスクの見極め」5つの視点

(1)損害の実在性と金額の大きさ
(2)反復性・組織性・共謀性があるか
(3)立件意欲の高い行政庁の関与(税務署・公取委・労基署など)
(4)被害者の存在とその申告の有無
(5)報道性・社会的影響の強さ

刑事事件に発展するかどうかは、
「行為の違法性」
そのものだけでなく、
「どんな形で表に出たか」
「どう扱われたか」
によっても左右されます。

初動でつまずいたり、調査が雑だったりすれば――
“民事で済むと思っていた話”が、あっという間に刑事事件リスクへと転化してしまうのです。

まとめ:刑事リスクは“特別な話”ではない。すぐそばにある

経営判断、資金の流れ、契約実務、労務管理――
企業の日常のあらゆる業務が、条件さえ重なれば、刑事事件に発展する可能性をもっています。

そしてその現実は、
「対応が遅れた」
「調査が不誠実だった」
「説明責任が果たせなかった」
そうしたときにこそ、企業を揺るがすことになるのです。

刑事事件リスクは、ある日突然やってくるものではありません。

日々の延長に、見えないかたちで、しかし確実に潜んでいる――その感覚を持つことです。 

「この件に、刑事事件リスクはないか?」

その問いかけを、最初の判断や対応の段階から織り込んでおくこと。

それが、企業法務に求められている責任であり、姿勢なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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