「企業法務は民事マターが中心」
いまだにそんな牧歌的な幻想を信じている法務部員や経営者が、想像以上に多いようです。
契約書の条文を丁寧にチェックし、利用規約の文言に頭を悩ませ、取引先との合意形成に汗をかく。
いずれも立派なお仕事です。
しかし、その丹精込めて整えている社内業務のど真ん中に、もし“刑事事件の地雷”が埋まっていたとしたら、どうしますか?
企業活動のすべての場面には、刑事事件のリスクが潜んでいます。
しかも、その引き金は
「巨悪の陰謀」
や
「反社の暗躍」
などではなく、
「手続きの勘違い」
や
「現場の甘えた判断」
「部署間の情報共有不足」
といった、ごくありふれた“日常のズレ”なのです。
「うちは大丈夫」
と言い切れる会社ほど、何の備えもなく、無防備にその地雷を踏み抜きます。
企業の日常が、どのように刑事事件につながるのか、実際のパターンをもとに確認していきましょう。
パターン1:隣の部署の「ちょっとした工夫」が、法務を巻き込む
経営企画や営業の担当者が、会社の数字を
「良く見せる」
ために、ちょっとした
「工夫」
をすることがありますね。
それが悲劇の始まりです。
・背任・横領(会社法・刑法)
「社長、この新規事業の件ですが、A社に業務委託するのが一番かと」
こんな稟議書に押印したことはありませんか?
そのA社、実は、実体なし・設立1年・A社の社長は社長の交際相手。
そこに、毎月300万円の“コンサル料”が流れていたとすれば、それは「経営判断」ではなく、立派な「背任」・「横領」です。
経理の現場担当者が、小口現金をちょろまかすレベルとはワケが違います。
会社のカネを自分の財布と勘違いしている役員――あなたの会社に、 思い当たる人物はいませんか?
その尻拭いをするのは、最終的に法務部の仕事なのです。
要するに、法務担当者も共犯と見なされかねない、ということです。
・粉飾決算(金融商品取引法・詐欺罪)
「今期、ちょっと数字が足りないので、来月の売上を前倒しで計上しておきました」
営業部長が、胸を張って報告してきます。
銀行融資の審査が近いから、見栄えを良くしたい――その気持ち、わからないでもありません。
その売上の請求書、本当に発行していますか?
納品の実態はありますか? 請求書の発行や納品実態が伴っていなければ、それは“見栄えを良くする工夫”ではなく「粉飾」です。
銀行を騙してカネを引っ張れば「詐欺罪」です。
上場企業であれば「金融商品取引法違反」で一発アウトです。
その時点で、警察のご厄介になる可能性が現実味を帯びてきます。
市場と投資家を舐めた罪は、想像するよりはるかに重いです。
もはや「現場のがんばり」で済まされる話ではありません。
パターン2:「税金」と「残業代」は、忘れたころに牙をむく
カネとヒト。
会社経営の根幹ですが、ここも地雷の宝庫です。
特に税務署と労基署は、一度目をつけたら徹底的にしゃぶり尽くす、ハイエナみたいなプロフェッショナルですからね。
・脱税(法人税法など)
「この経費、落ちますかね?」というグレーな処理が常態化していませんか?
売上の除外、架空外注、海外子会社での利益飛ばし――“節税”のつもりでしょうが、一線を越えれば、ただの「脱税」です。
税務調査で「これは悪質ですねえ」と指摘されて、重加算税払って終わり?
甘いですね。
その時点で、国税局査察部(通称マルサ)はすでに動いているかもしれません。
あなたが「民事の話」と思っていた税務調査の資料をすべて持っていき、ある日突然、逮捕状をプレゼントしに来ますよ。
・労働基準法違反(長時間労働・残業未払い)
「彼は裁量労働制だから、残業代は不要」
そう断言できる法的根拠はありますか?
名ばかり管理職、36協定を無視した無茶な長時間勤務、過労死ライン超えが常態化しているようなら、それはもう、熱心な職場じゃなく、犯罪現場です。
社員が倒れたり、内部通報がなされたり、労基署に話をもっていったらどうなるか。
「悪質」と判断されれば、書類送検じゃ済みません。
安全配慮義務違反で経営陣の刑事責任は免れません。
労災隠しや事故隠蔽、虚偽報告などは、論外です。
パターン3:「業界の常識」は、世間の非常識
「この業界では、昔からこうやってるんで」。
思考停止した担当者が吐く、最も危険なセリフです。
・独禁法違反(談合・カルテル):
仲良しクラブの「紳士協定」が会社を滅ぼす 同業他社との情報交換会。
和やかな雰囲気で「この案件はA社さんで、次は当社で」こんなやり取り、していませんか?
それは立派な「談合」です。
公正取引委員会は、あなたたちの「阿吽の呼吸」を決して見逃しません。
“業界の呼吸”が、「独占禁止法」に抵触するのは言うまでもありません。
公正取引委員会は、情報交換という名の“紳士協定”を見逃しません。
課徴金で利益が吹っ飛ぶだけではありません。
悪質と見なされれば、担当者も役員も刑事告発です。
「みんなでやれば怖くない」?
いえいえ、「みんなまとめてパクられる」時代なのです。
・不正競争防止法違反(営業秘密の漏洩):
辞めた社員の「お土産」が、時限爆弾になるエース級の社員が、競合に引き抜かれました。
その時、彼(彼女)が手ぶらで辞めていったと、本気で信じていますか?
顧客リスト、開発中の技術データ、営業秘密。
USBメモリ1本で、会社の命運を左右する情報がごっそり持ち出されます。
それが競合の製品に使われたら?
刑事罰を伴う「不正競争防止法違反」です。
「性善説で社員を信じたい」?
その気持ちは大切ですが、裏切られた際のリスクを甘く見てはいけません。
裏切られた時の代償は、想像を絶しますよ。
ヤバい匂いはどこから来る? 刑事事件化する「入口」
企業が刑事事件に巻き込まれる
「きっかけ」
は、そこら中にあります。
1.内部からの「チクリ」:
一番多いのがこれ。
冷遇された社員、不当にクビになった退職者。
彼らの恨みは、あなたが思うより深い。
そして、社内のホットラインや弁護士事務所、マスコミにタレ込むのです。
2.当局の「定期検診」:
税務調査、労基署の臨検、公取の立入検査。
彼らは「何かおかしい」という臭いを嗅ぎつけるプロです。
最初はただの行政調査のつもりが、ヤバい物証が見つかって刑事事件に切り替わる。
よくある話です。
3.取引先からの「逆ギレ」:
無理な値引きを強要したり、不当な返品を繰り返したりしてませんか?
追い詰められた下請けが、公取や警察に泣きつくんです。
4.SNSという「火薬庫」:
今や、一人のバイトの不適切投稿が、会社を上場廃止寸前まで追い込む時代です。
炎上から過去の違法行為が掘り起こされ、メディアが飛びつき、警察が動く。
この連鎖は、もう止められません。
「民事」か「刑事」か? プロはここを見る
「この件、パクられる可能性ありますかね?」
と聞かれた時、私たちは、次の5つの視点でヤバさの濃度を測ります。
1.損害額のデカさ:
被害額が数千万、億単位なら、当局も「これは見過ごせねえ」となります。
2.組織性・常習性:
単発のミスじゃなく、会社ぐるみで、しかも繰り返しやってる。これはもう確信犯と見なされます。
3.ご担当役所の本気度:
税務署、公取、労基署。彼らが「徹底的にやる」と腹を括ったら、もう逃げられません。
4.被害者の「怒り」:
被害者が「絶対に許さん!」と刑事告訴でもしようものなら、警察も動かざるを得ません。
5.メディアへの露出度:
テレビや新聞でデカデカと報じられたら、もう後には引けません。
「社会的影響」を考慮して、見せしめ的に立件されるケースです。
これらがそろえば、「民事対応で済む」は、もはや通用しません。
要するに、
「悪質さ」
と
「世間への影響」
。
この2つが揃ったとき、
「民事の話」
はあっという間に
「刑事事件」
に化けるのです。
結論:「火消し」ではなく、「火の番」が法務の役割
刑事事件リスクは、ある日突然、隕石のように空から降ってくるものではありません。
あなたの会社の日常業務の中に、ウイルスみたいに潜んでるのです。
そして、
「対応の遅れ」
「調査の不誠実さ」
「説明責任の放棄」
という会社の免疫力が落ちた時に、一気に発症して全身に転移します。
法務部の仕事とは、コトが起きてから弁護士に泣きついて、クソ高いカネを払って後始末をすることではありません。
そんなものは、ただの
「敗戦処理」
です。
本当の仕事は、日常業務のあらゆるプロセスで、常に自問自答することです。
「このやり方、法的にセーフか?」
「このカネの流れ、誰かに後ろ指さされねえか?」
「この判断、万が一、表沙汰になったとき、世間に説明できるか?」
その問いかけを、経営判断の初期段階から、DNAレベルで組織に組み込む。
それこそが、法務に課された最大の責任であり、唯一無二の存在意義なのです。
「ウチは大丈夫」
なんていう甘っちょろい幻想は、今すぐドブに捨てなさい。
リスクは、常にあなたの隣で、ニヤニヤしながら牙を研いでいるんですから。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
✓当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ:
✓当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ:
✓当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ:
企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所