依頼者にとっては“最強布陣”であるはずの複数弁護士による共同受任。
その調整役というと、
「損な役回り」
と思われがちですが、実のところ、“うま味”があるポジションでもあります。
依頼者との距離が近い弁護士がその役に就けば、関係者間の交通整理を通じて、案件の動線そのものを握ることができます。
全体を俯瞰する立場にもなりやすく、結果として、主導権をとることもでき、裁量の幅も広がっていきます。
とはいえ、それでも、調整役はしんどいのです。
たとえメリットがあったとしても、その立場には、必ず“火の粉”が降ってき、しがらみがまとわりつき、ストレスの“サンドバッグ”として扱われることもあるからです。
特に、弁護団のように、濃い個性と強い主張がぶつかり合う“寄り合い”所帯では、
「みんなの矛先」
を引き受けることになります。
同じ目的のはずなのに、同じ方向を向いていない。
戦うべき相手は外にいるはずなのに、気がつけば内側で足を引っ張りあっている。
地獄絵図のような利害衝突のオンパレード。
気づけば、内部のすれ違いを咀嚼し、外部の誤解を修正し、誰かの不満や愚痴の“受け皿”としての役回りに奔走し、依頼者から感謝されるどころか、内側からも外側からも不満をぶつけられ、声を上げるより先に、ため息が出てくる。
それが、調整役という名の、見えない重荷です。
弁護団は「分かり合えない者たち」の寄り合い所帯
そもそも、複数の弁護士がチームを組んだとき、最初から共通の戦略イメージなど存在しません。
・訴訟技術を重視する人
・事実調査を最優先にする人
・依頼者の納得感にフォーカスする人
・「勝ち筋」よりも「筋の通し方」を気にする人
同じ弁護士でも、これほど考え方に差が出ます。
さらに困るのが、
「頭がいい」
人たち特有の厄介さ。
誰もが自分の思考回路がいちばんスジが通っていると思っている。
だから、すれ違いが起きても
「理解のギャップ」
ではなく
「相手の見当違い」
だと感じてしまうのです。
そして、会議後のSlackにはこんなメッセージが飛び交うのです。
「◯◯先生、何も分かってないですね」
「いやいや、それって完全に的外れじゃないですか?」
「こうなると、最初から自分たちだけでやるべきだったのでは」
・・・こうして、内部に“火種”が燃え広がっていくのです。
カギは「ミエル化」
では、どうすれば調整役として、仲間内の火を鎮めることができるのか。
それは、“それぞれの無意識の前提”を、あぶり出すことから始まります。
たとえば、
・ある弁護士は、「立証責任の所在」から逆算して考えている
・別の弁護士は、「裁判官がこの主張をどう受け取るか」で判断している
・もう一人は、「依頼者の納得と世間体」を優先して発言している
その違いは、本人ですら言葉にできていない
「思考のOS」
の差です。
ここで調整役が果たすべきは、この“OSの違い”を、言葉にして場に出すこと。
いわば
「ミエル化」
と
「カタチ化」
です。
「いま◯◯先生は、証明責任の所在を意識したうえで、この進行を提案されていると思います」
「一方で、△△先生のご懸念は、証拠が揃っているかどうかではなく、依頼者がこの手法に納得するかという点ですよね?」
このように、“議論のすれ違いの構造”を、全員にとって見える形にしてあげるのです。
これができるだけで、無用な摩擦の半分は消えます。
調整役の最初の使命は、意見をまとめることではありません。
前提をミエル化することなのです。
「方針決定」は勝手にやらせない:議事と役割のフォーマル化
もうひとつ、調整役として絶対に避けたいのが、
「方針がいつの間にか決まっていた」
という空気です。
ある弁護士が言った発言に、他の弁護士が無言だった。
それを
「異論なし」
と受け取った依頼者が動いてしまった。
その結果、
「いや、自分はそんな合意をした覚えはない」
という食い違いが勃発する。
・・・この種の“合意錯誤”こそ、弁護団の崩壊を招く火種です。
こうした事態を防ぐには、方針・発言・合意を、きちんと文書化・フォーマル化しておく必要があります。
・その意見は「検討事項」なのか「合意事項」なのか
・「担当」なのか「参考意見」なのか
・全員が「この件を了承した」のか、それとも「聞き流しただけ」なのか
調整役は、これらをその場で言語化し、明文化し、共有すること。
記録を残すだけでなく、
「その場で言って」
「その場で確認する」
プロセスが欠かせません。
会議の最後には、こういうひと言が必要です。
「では、いまの話は“次回までに各自で検討する論点”ということで、合意してよろしいですね?」
「この件の連絡は、A先生から依頼者に、B先生から代理人弁護士に、それぞれお願いするという整理で進めてよろしいでしょうか?」
こうした
「場の整頓」
が、チーム全体の混乱を未然に防ぎます。
調整役が壊れてはいけない:守りたいのは“事実”と“記録”
最後にもうひとつ。
調整役は、しばしば感情の矢面に立たされます。
「◯◯先生、あれはさすがにまずいよ」
「△△先生が、またあんなメール送ってきましたよ・・・」
「あなたが止めてくれないと困るんですけど」
調整役が、感情の受け皿になってしまってはいけません。
調整役の仕事は、“事実”と“記録”を守ること。
・どの発言が誰から出たか
・何が確認され、何が未決か
・誰が何に同意したのか
調整役がそこに冷静に立っている限り、弁護団は壊れません。
逆に、調整役が感情的になれば、たちまち全体が崩れます。
泥仕合の裏側で、泥にまみれながらも、
「場の秩序」
を維持する。
それが、調整役という“中の人”の仕事なのです。
まとめ
複数の弁護士が関わる案件では、調整役は
「味方」
ではなく
「防火壁」
です。
その任を全うするには、以下のような技術が求められます。
・すれ違いの論点を「ミエル化」する
・合意と意見を「フォーマル化」する
・全員の認識を「言語化」する
・感情を背負わず、事実と記録に徹する
戦うのは、外の相手ではありません。
内なるカオスとの戦いです。
その火を鎮め、依頼者の利益を守り抜く。
それが、火種の絶えない現場で、全体を壊さずに、依頼者を勝たせる“影の采配”です。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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