02181_方便は戦術その1_弁護士の“二面性”を読み誤るな

法務の現場では、あの手この手が飛び交います。

ときには奥の手、場合によっては反則技すれすれの演技や方便。

その代表例のひとつが、
「弁護士の二面性」
です。

今回は、一見すると
「ずる賢い」
ように見える弁護士の行動の裏側にある、プロとしての思考と戦術についてお話しします。

弁護士が「怒るフリ」をする理由

たとえば、取引先との交渉や、銀行案件で難しい状況に直面したとき。

相手から不利な条件を突きつけられた場面で、弁護士が突然、語気を強めることがあります。

「この条件は、到底のめない。こんなふざけた話は飲めるか!」

そんな言葉が飛び出したとき、これは本気の怒りだと思いますか?

実は、このような
「怒りの演出」
は、交渉上のツールとしてよく使われる技術です。

あえて感情をあらわにすることで、相手に
「この線は譲れない」
と思わせ、交渉の主導権を取り戻す。

そうした目的をもって、台本通りに“怒りの顔”を演じるのです。

つまり、弁護士の
「怒り」
は感情ではなく、戦術として設計されたものであることが少なくありません。

「二面性」は裏切りか、それとも職業倫理か

交渉の現場では、弁護士がまったく異なる言い方を相手ごとにしていることに気づくことがあります。

クライアントにはこう言う。

「大変なことになりましたが、ご安心ください。すべて私にお任せを」

ところが交渉相手には、まるで別人のように迫る。

「このままでは訴訟も辞さない。こちらにも覚悟がある」

このように、立場によってキャラクターを変えることは、弁護士にとって珍しいことではありません。

むしろ、それができなければプロ失格だと言っていい。

この二面性をもって、
「あの弁護士は二重人格だ」
「裏表がある」
と言うのは簡単です。

しかしながら、実務の現場では、そんな評価は意味を持ちません。

本当に問うべきは、
「その演技が何のために行われているのか」
という点です。

演技とは、手段です。

そしてその目的は、依頼者の利益を最大化することです。

言い換えれば、
「立場によって人格を使い分け、高邁な目的のためには方便を使うことを辞さない」
という行動様式を、
「二重人格の嘘つき」
と呼ぶこともできます。

それは職業倫理の否定ではなく、戦術家としての弁護士の矜持なのです。

 “息を吐くように方便を使う”というリアリズム

裁判所に対しては
「依頼者が愚かで困っている」
と嘆き、依頼者には
「裁判所は無能で怒鳴りつけてやった」
と伝える。

わずか数十秒で表情も言葉も切り替えながら、全体を前に進めるための“役割”を演じる。

これは嘘ではありません。

方便です。

そして、こうした方便の連続が、交渉という舞台の脚本を構築していくのです。

情報は、その使い方で、武器にもなり、隠れ蓑にも、なります。

相手に何を見せ、何を隠すか。

誰に何を言い、誰には言わないか。

その取捨選択が
「交渉の設計」
そのものなのです。

見抜くべきは、“発言”ではなく“行動”

とはいえ、問題もあります。

“方便”の域を超えた情報操作や隠蔽にまで及ぶ場合です。

たとえば、弁護士が特定の関係者とだけ結びつき、他の関係者から情報を遮断し、
「弁護士の同席がない限り会わせない」
とする。

それは、コントロールのフェーズに入っています。

ここまでくれば、もはや交渉ではなく、
「支配」
と言っても言い過ぎではありません。

こうなると、依頼者側は
「信じるかどうか」
の問題に引きずり込まれる。

「彼(弁護士)は板挟みになって苦しんでいるだけだ」
「本音は善意だろう」

そう思いたくなる気持ちはわからないでもありません。

とはいえ、
「板挟みで苦しんでいるだけ」
などという読みは、(弁護士の)情報統制を見逃すための“自己暗示”でしかありません。

「楽」
「逃げ」
「丸投げ」
と表裏一体です。

現実の動きは、この“(誤った)良識的な解釈”とは、全く別です。

法務の現場に必要なのは、良識よりも合理的推認

「もし信じて間違っていたらどうなるか」
「疑って間違っていたら何が起きるか」

冷静にリスクを比べれば、自明の結論が見えるはずです。

最悪のシナリオを防ぐために、演技を演技として見抜く。

そして、その上で行動する。

それが、企業法務のプロとしてのスタンスであり、経営者としての姿勢です。

明日から使える“方便読解”のチェックポイント

以下は、弁護士の二面性を見抜くだけではなく、企業法務におけるあらゆる交渉・意思決定に通底する
「構造読解の視点」
です。

・「この人は誰にだけ会わせないのか」を見よ
・「誰が情報の流れを握っているか」をマッピングせよ
・「発言が演出か否か」は、その後の“行動”で判断せよ
・「怒り・焦り・困惑」は、演技を前提に受け取れ
・「誰に何を言って、誰に何を言っていないか」を可視化せよ

こうした視点を持つだけで、情報空間の“主導権”はあなたの側に戻ってきます。

次回予告:
「演技を読み解けない会社は、どうして情報操作に飲み込まれるのか」
というテーマから、組織としてのインフォメーション・リテラシーに切り込みます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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