02195_方便は戦術その2_依頼者の一瞬の表情が交渉を左右する_あなたが弁護士の演技を潰していないか?

重要な交渉や和解協議の場に、私たち弁護士はあなた方の代理人として同席します。

その場面で、あなたの弁護士が、唐突に、極端に、声を荒らげ、相手方に強い語気で迫るのを見て、あなたはこのように不安に思ったことはありませんか?

「うちの弁護士は、本当にそこまで怒っているのか?」
「感情的になって、交渉を壊してしまわないか?」
「いやいや、相手も怒り出したよ。これ以上長引くと決裂しかねない」
「ここで私が間に入って、少しトーンを和らげるべきではないか?」
「もう、これが限界なのだろう。こちらが譲歩すればいいんじゃないか」

このような
「一瞬の動揺」
が、相手に情報を与え、交渉の主導権を渡す引き金になります。

さらに、あなたが
「うちの弁護士の怒りの態度が、相手の弁護士の怒りを引き出してしまった。相手方のこの怒りは本気の感情だ」
と反射的に受け取り、不安から“うちの弁護士の演技”を打ち消す行動を取ってしまったなら、それは極めて危険です。

あなたの
「良識的な配慮」
が、自分の弁護士が“あなたのために設計した交渉戦略”を、自らの手で破綻させるかもしれないからです。

解消すべき誤解:「怒り=本音」と信じた瞬間に情報戦に敗れる

目の前の相手方弁護士の
「怒り」
は、本気の感情ではなく、あなたの反応を測るために
「設計された演技」
であると“構える視座”を忘れてはなりません。

相手方の弁護士も、あなたの弁護士と同様、微細な
「演技」
をしているのです。

交渉のプロである弁護士は、怒りの演技をしながら、実は相手方の反応を細かく観察しています。

それなのに、
「怒っている=相手は“もうこれ以上は一歩も譲れない”という本音だ」
このような誤解が芽生えると、あなたの頭の中で判断基準が静かに切り替わります。

切り替え前(論理):「論点における相手の弱みは何か」
切り替え後(感情):「これ以上怒らせないためにはどうすべきか」

あなたの
「良識的な配慮」

「場の空気を乱したくないという気持ち」
が、本来の利益や論点から目を逸らし、相手の感情をケアするための譲歩へと繋がってしまうのです。

これは、あなたの
「判断基準」
が、自分の陣営の利益ではなく、相手の演技に巻き取られたことを意味します。

まさに相手方弁護士の狙い通りの展開です。

「怒り」は依頼者の利益のために設計された“演出”である

繰り返しますが、弁護士は、依頼者の利益を最大化するため、交渉の場で時に
「感情」
を演出します。

怒るフリもあれば、泣き落としを試みることもあります。

これは、弁護士の感情がコントロール不能になった結果ではありません。

すべては、相手の冷静さを奪い、判断を揺らがせ、あなたの有利な条件を引き出すために
「計算された台本」
なのです。

弁護士にとっての
「怒り」
は、あなたの交渉を優位に進めるための
・「揺るぎない決意」を示す盾
・相手方の「反応」という情報を引き出すための釣り針
なのです。

依頼者が壊してしまう“戦術の構造”

弁護士が交渉戦術において最も避けたいのは、前述のように、依頼者が、相手方弁護士の
「演技」

「本音」
と誤解し、以下の行動を取ってしまうことです。

【依頼者側が犯すNG行動】
・自分側の弁護士とむやみにアイコンタクトを取ろうとする
・「うちの弁護士が感情的になってしまった」と考え、交渉の場を和ませようと、相手方に小声で「すみませんねえ」と声をかける。
・相手方の弁護士の強い語気に動揺し、「では、この条件については、一度持ち帰って検討させてください」と、自分側の弁護士の主張を自ら撤回するような発言をしてしまう。

このような行動は、相手方に、
「まだ譲る余地がある」
という極めて貴重な情報を、与えることになります。

つまり、あなたが不安から行った
「良識的な反応」
が、自分側の弁護士の戦術を打ち消し、交渉の主導権を相手に完全に渡してしまうのです。

あなたの
「優しさ」
が、戦略を破綻させているのです。

依頼者の役割:演技に「流される」のではなく「共演する」

では、弁護士が
「怒りの演技」
を始めたとき、依頼者であるあなたはどう振る舞うべきでしょうか。

あなたの役割は、あなたの弁護士の演技を
「本気だと信じ込む」
ことではなく、
「戦略として理解し、徹底的に同調する」
ことです。

・沈黙の強化:弁護士が声を荒げた瞬間は、あなたも沈黙を貫き、「弁護士の主張は、私の主張そのものである」という揺るぎない連帯感を相手に示す。

・表情で連帯:不安そうな顔をするのではなく、弁護士の主張が「自社にとって、これ以上引けない重大な問題である」と理解している、厳しい表情を保つ。

・質問への対処:相手方から「依頼者様はどうお考えですか?」と問われたときも、「弁護士の意見が、当社の総意です」という姿勢を崩さない。

弁護士の
「怒り」
は、あなたという依頼者の
「譲れない本音」
を代弁するための武器です。

その武器を最大限に機能させるため、あなたは
「不安な傍観者」
になるのではなく、
「徹底した共演者」
となる必要があります。

たとえば、裁判における弁論空間では、
「どう見えたか」
という感情ではなく、
「どう設計されているか」
という戦略が全てを決めます。

それは、重要な交渉や和解協議の場でも同じです。

あなたの弁護士の演技設計を理解し、不安を戦略的な沈黙に変えてください。

それが、勝利への最短ルートです。

「感情のぶつけ合い」ではなく「反応の収集」という視点を持て

交渉とは、情報のゲームでもあります。

そして、弁護士にとっての交渉とは、単に
「感情をぶつける場」
ではなく、
「リアクションの収集場」
でもあるのです。

この視点を持つだけで、
「感情的な一瞬の動揺」

「過剰な良識的配慮」
に足を取られることは、確実に減るはずです。

自分の依頼した弁護士が設計した交渉戦略を、自らの手で破綻させてしまうクライアントは少なからず存在するのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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