想定外、では済まされない
想定外が起きたとき、人間の本性、そしてプロフェッショナルの本質が露わになるものです。
とくに、法務の現場ではそうです。
「想定していませんでした」
と口にした瞬間、その者がプロかどうか、正体がはっきりと見えてしまうのです。
ある企業に対して、司法当局から要求が突きつけられたときのことです。
顧問弁護士チームの対応に、社長は激怒しました。
彼らは、
「想定外です」
「具体的な影響はわかりません」
「でも、大事になると困るので、丸く収めた方がいいんじゃないですか。とにかく、無難なところで手を打ちましょう」
という言葉で、その場をごまかそうとしたのです。
しかしこれは、もはやお茶を濁すどころか、泥水を差し出したレベルの対応でした。
顧問弁護士チームは、
「状況把握も分析も評価もしていないけれど、なんとなくヤバそうだから、適当に対処して逃げよう」
という、プロの仮面をかぶった
「戦略的敗北主義」
そのものを晒したのです。
事なかれ主義などという生ぬるい言葉で片付けられることではありません。
彼らは、
「リスクの予見・構造化・定量化」
というプロの三原則を、あえて、積極的に放棄したのです。
その上で
「今回は従っておいた方がいいのでは」
とクライアントに逃げ道を提案する。
これは最悪の法務戦略であり、着手金をもらっての
「敗北宣言」
に他なりません。
社長の怒りは当然です。
要するに、彼らの対応は、もはや法務でも、リスク管理でも、プロフェッショナルでもなく、ただの
「やってる感」
の演出であり、カネのためにそれっぽく動いていただけなのです。
リスク管理の核心──3つのチェックポイント
経営者が弁護士チームを評価するとき、必ずチェックすべき視点があります。
それが、リスク管理に欠かせない
「3つの行動原則」
です。
(1)予測の目があるか──“想定できなかった”は失格
事が起きてから反応するのでは遅すぎます。
リスク管理において、最初の仕事は
「リスクの予兆を察知すること」。
事前にリスクを発見し、想定することができなければ、対応も戦略も始まりません。
「今回は想定外でした」
などと平然と言う者に、会社の命運を預けてはいけません。
プロには、予見の義務があるからです。
たとえるなら──
軍隊で歩哨が寝ていて、敵の接近を見落とし、いざ侵入されたあとで
「気づきませんでした」
と言い訳しているようなもの。
これは、下手をすれば銃殺されても文句の言えないレベルの懈怠です。
(2)脅威を構造化できるか──“怖い”だけでは戦えない
次に問うべきは、
「その不安、具体的にどう説明できますか?」
ということです。
相手が強い。
怖い。
動きが読めない。
──それ自体は構いません。
しかし、それを言いっぱなしで終わるなら、それはただの主観であり、思考の放棄です。
たとえば
「司法当局が怖い」
とだけ言って、その行動の根拠も範囲も整理せず、
「だから、従うしかない」
と言う。
これは、落語の
「饅頭怖い」
と同じです。
「とにかく大変なことになる」
と言いながら、何がどう大変なのかは説明できない。
法律のプロなら、相手方が取りうる手段を法的に分解し、その範囲や限界、手続き、発動条件を構造化するべきです。
それによって、リスクが
「戦えるカタチ」
になる。
形にならない恐怖とは戦えません。
ただの影と戦っているようなものです。
(3)リスクの定量化ができているか──“どのくらい”に答えられない者はプロではない
最後に、忘れてはならないのが、
「いくら失うのか」
「いくらかけるのか」
の算定です。
つまり、定量化と費用対効果(ROI)の判断。
「怖い」
「ヤバい」
と連呼しても、経営判断の材料にはなりません。
経営者が問うべきは、
「で、どのくらい損するのか?」
です。
それに答えられないなら、話になりません。
たとえば、
・行政当局が発動しうる措置(課徴金・業務停止命令など)を列挙し、その発動の蓋然性や発動手続きの難易度まで想定する。
・さらに、それが発生した場合の損失額を想定し、対策にかけるコストとのバランスを判断する。
──それがプロの仕事です。
医者でいえば、
「死ぬかもしれません」
とだけ言って、病名も治療法も告げないようなもの。
それはプロの態度ではありません。
「従うしかない」は、プロの敗北宣言
本ケースにおいて、弁護士チームのいちばん深刻な問題は、
「もう従うしかないんじゃないか」
という発言でした。
これは、事実上の敗北宣言です。
税務調査にたとえるなら、
「税務官が怖いので、すべて言いなりになりましょう」
と言う税理士と同じです。
本当に頼れる税理士であれば、指摘事項を精査し、金額を見積もり、争うべき点は争い、リスクの全体像を見せてくれます。
法務のプロも同じ。
「怖いから従いましょう」
というのは、プロとして最悪の態度です。
弁護士はハサミ──使う者の責任を忘れるな
ここまで述べたように、プロのフリをして、実際は
「従っておけばいい」
「大事(おおごと)にしないように」
という逃げの姿勢しか取らない者は、もはや味方ではありません。
彼らが敬意を払っているのは、あなたの人格ではなく、あなたの財布です。
経営者にとって重要なのは、
「自分のために働く人間」
と
「金のために働く人間」
を見抜くことです。
弁護士はハサミのようなものです。
どれだけ立派でも、握って使わなければ切れません。
逆に、正しく使えば、相手の脅しも、官庁の要求もバッサリ斬れます。
孤独なリーダーを支える「感覚」を組織に根づかせよ
こうした“やってる感”だけの弁護士チームを前にしても、最終判断を下さねばならないのは、経営者であるあなただけです。
ただ、せめてその判断を支える味方が、社内にも必要です。
「この弁護士は戦えるか」
「この提案に戦略はあるか」
そうした視点を、社内のキーパーソンにも共有しておくべきです。
お金を払っているのだから任せて安心、ではありません。
お金を払っているからこそ、使いこなす意識が必要なのです。
繰り返しますが、それは、リーダー1人ではできません。
組織として共有しなければ、また同じ過ちを繰り返します。
まとめ──リスク管理を任せるべき「プロ」の条件
あなたが払ったカネに見合う働きをしているか──その基準が、ここにあります。
プロを名乗る者に、あなたが問うべき3つのポイントです。
(1)想定できているか?(=予見の義務)
(2)脅威を具体的に構造化できているか?(=戦術の設計)
(3)対応のROIを定量化して示せるか?(=費用対効果の原則)
この3つがない者は、プロではありません。
「怖い」
「ヤバい」
「従いましょう」
と言っているだけの者に、会社の未来を預けるのは、経営としての敗北を意味します。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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