「円建てステーブルコイン実用段階―ドル建て1強に風穴 3メガ・JPYCの2陣営に―越境送金へ弾み」という2025年11月8日付日経新聞の記事が、国内のステーブルコイン(SC)に関する新たな規制の枠組み、特に信託銀行による発行容認の動きを報じました。
一見すると「また新しい金融商品のルールが決まった」という地味なニュースに見えるかもしれません。
しかし、
「従来の仮想通貨=普通の手形」
「ステーブルコイン=預手(よて)」
という視点でこのニュースを読み解くと、これは単なるルール整備ではなく、「信用の形」そのものがデジタル時代に合わせて根本から再定義される、非常に大きな転換点であることがわかります。
本稿では、このニュースの本質と、私たちのビジネスや社会に訪れる未来について考察します。
1. 「手形」と「預手」の違い
“従来の仮想通貨 =「普通の約束手形」”
- 「普通の約束手形」とは: 企業が「将来、この金額を支払います」と約束する証券です。
- 本質: その価値は、発行体(振出人)の「信用」に100%依存します。
- リスク: 発行体が倒産すれば、その手形は「不渡り」となり、ただの紙切れになります。
これは、多くの暗号資産(特にアルゴリズム型ステーブルコインなど)の本質とそっくりです。
それらの価値は「このプロジェクトは将来性がある」「このアルゴリズムは機能し続ける」という、発行プロジェクトやコミュニティへの「信用」に基づいています。そして、Terra/Lunaショックのように、その信用が失墜すれば、価値はゼロに収束します。まさに「デジタルの不渡り」です。
“ステーブルコイン =「預手(よて)」”
- 「預手(預金小切手)」とは:銀行が依頼主の当座預金口座から預金を引き出し、代わりに「銀行」自身が支払人となる小切手を振り出す場合の「銀行振出し小切手」をいいます。
- 本質: 価値の源泉は発行体(銀行)の信用ではなく、すでに確保されている「裏付資産(預金)」です。
- リスク: 銀行が倒産しない限り、支払いが保証されます。信用リスクは限りなくゼロに近い、現金同等物です。
これが、日経の記事で議論されている「ステーブルコイン」の理想像です。
利用者が1万円を信託銀行に預け、銀行がその1万円を完全に保全した上で、同価値の「1万円分のデジタルコイン」を発行する。このコインの価値は、発行体の信用ではなく、1:1で存在する「円」という裏付資産によって保証されます。
2. このニュースの本質:「デジタル不渡り」を防ぐインフラ整備
このアナロジーで日経の記事を読み直すと、金融庁や政府の意図が明確になります。
彼らは「デジタル手形」の決済利用を嫌悪し、「デジタル預手」だけを決済インフラとして普及させたいのです。
2023年に施行された改正資金決済法は、まさにこの分離を行うための法律でした。
- 暗号資産(=デジタル手形)
- 定義:投機や投資の対象。
- 扱い:リスク商品として、交換業者の厳しい規制下に置く。
- 電子決済手段(=デジタル預手)
- 定義:決済・送金の手段。
- 扱い:銀行、信託銀行、資金移動業者が「裏付資産を100%保全」して発行する。
今回の「信託銀行による発行容認」というニュースは、この「デジタル預手」の担い手として、最も信用の厚いプレイヤー(信託銀行)に本格的なお墨付きを与え、社会インフラ化を加速させようという動きに他なりません。
3. 今後の展開: 「手形」と「預手」が切り開く未来
この「手形(投機)」と「預手(決済)」の分離は、今後のデジタル金融に3つの大きな変革をもたらします。
展開1:金融の「二極化」の加速
デジタル資産は、明確に2つの世界に分かれます。
- 「手形」の世界(高リスク): ビットコイン、DeFi、NFTなど。これらは引き続き「暗号資産」として、投機・投資・新しいWeb3サービスの世界で進化します。ハイリスク・ハイリターンの世界です。
- 「預手」の世界(超低リスク): 銀行や信託が発行する円ステーブルコイン。これらは「電子決済手段」として、投機性を完全に排除され、私たちの日常生活や企業の決済インフラとして浸透します。
展開2:「デジタル預手」によるB2B決済革命
個人間の送金(P2P)が便利になるのは序の口です。本当の革命は、企業間(B2B)決済で起こります。
今の企業間決済は、銀行振込(時間がかかる)、あるいは「普通の手形」(信用リスクと管理コストが高い)で行われています。
ここに
「デジタル預手(ステーブルコイン)」
が登場するとどうなるか。
- 信用リスクゼロ
- 24時間365日、即時決済
- プログラマブル(契約の自動執行と支払いを連動)
これが実現します。例えば、「商品が倉庫に到着した瞬間、スマートコントラクトが作動し、デジタル預手(SC)で代金が即時決済される」といった世界です。これは、企業の資金繰りやサプライチェーン全体を劇的に効率化します。
展開3:銀行・信託の「復権」
一時期、仮想通貨やDeFiは「銀行を不要にする(Disintermediate)」技術だと言われました。
しかし、この「手形 vs 預手」の構図で見ると、話は逆です。
社会が「デジタル手形」のリスク(不渡り)を経験した結果、「やはり決済には『預手』のような安全性が必要だ」と揺り戻しが起きています。
そして、その「デジタル預手」を発行し、裏付資産を安全に管理(信託)できる最高のプレイヤーは誰か?
それは、皮肉にも銀行や信託銀行なのです。
日経の記事は、デジタル金融の世界において、既存の金融機関が「信用の最後の砦」として、再び中心的な役割を担う時代の幕開けを告げています。
結論
「仮想通貨=一般の約束手形、ステーブルコイン=預手(預金小切手、銀行振出の小切手)」という視点は、複雑なデジタル金融の未来を読み解く、視点となります。
私たちが目撃しているのは、「仮想通貨」という一つのカオスな技術が、「投機用の手形」と「決済用の預手」へと明確に分離・精錬されていくプロセスです。
この「デジタル預手」が社会インフラとなる日、それは単に支払いが速くなるだけでなく、ビジネスの契約やモノの流れそのものが変わる、本当の意味でのDX(デジタル・トランスフォーメーション)の始まりとなると思います。
