02212_デジタル預手(ステーブルコイン)の時代(5・完)_「デジタル預手(ステーブルコイン)」時代到来に向けて、企業と個人が意識しておくべきこと

これまで4回にわたり、「円建てステーブルコイン実用段階―ドル建て1強に風穴 3メガ・JPYCの2陣営に―越境送金へ弾み」という2025年11月8日付日経新聞の記事を契機に、「従来の仮想通貨=(信用性が不安な)一般企業が振り出す約束手形」「ステーブルコイン=デジタル預手」という視点から、新しい決済インフラがもたらす未来と、それが直面する法規制の壁について考察してきました。

【これまでのまとめ】

  1. 概念: 価値の源泉が「信用」である『手形』に対し、「デジタル預手(ステーブルコイン)」は1:1の『裏付資産』に価値が担保された、安全な決済インフラである。
  2. 未来: 「デジタル預手(ステーブルコイン)」はプログラム可能であり、証券決済・貿易・不動産・サプライチェーンにおける「契約」と「決済」を自動で同時実行し、社会の信用コストを劇的に下げる。
  3. 課題: しかし、その実現には「倒産隔離」「契約の法的有効性」といった、既存の法律や社会システム(法務局の登記システムなど)との分厚い壁が存在する。

では、この「理想」と「現実」のギャップを踏まえ、この変革期を生きる私たち企業、そして個人は、今から何を考え、何に注目しておくべきなのでしょうか。

これは「いつか来る未来」の話ではありません。5年後、10年後に勝者と敗者を分ける「今、始まる変化」への向き合い方です。

1. 【企業経営者・担当者向け】今すぐ注目すべき3つの視点

この変革は、既存の商流や金流を根本から覆します。それは「脅威」であると同時に、自社の非効率を解消する「最大の機会」でもあります。

視点1:自社の「信用の非効率」を棚卸しせよ

まず注目すべきは、派手なテクノロジーではなく、自社の足元です。 あなたの会社では、「モノ・サービス」と「お金」の流れに、どれだけの「時差」と「事務コスト」が事業活動を妨害していますか?

  • 経理・財務部門:
    • なぜ、請求書は「月末締め、翌々月末払い」なのか?
    • 売掛金の回収と買掛金の支払いの「サイト(時差)」を管理するために、どれだけの運転資金を確保し、どれだけの銀行借入利息を払っていますか?
    • 請求書と入金の「照合(リコンサイル)」に、毎月何人日を費やしていますか?
  • 調達・営業部門:
    • 取引先の与信管理(=相手を信用できるか)のために、どれだけのコスト(調査費や人員)をかけていますか?
    • 「納品・検収」から「支払い」までのプロセスは、本当にそれ以上短縮できませんか?
  • 法務部門:
    • 契約書に「甲が乙に対し〜した場合、丙は〜を支払う」という条項(=支払い条件)がどれだけありますか?
    • その条件が満たされたかを確認し、支払いを実行するまでに、どれだけのアナログな確認作業がありますか?

これらすべてが、「デジタル預手(ステーブルコイン)」によって自動化・効率化できる可能性のある「お宝(=非効率なコスト)」です。「デジタル預手(ステーブルコイン)」は、これらの業務を自動化する「実行ボタン」そのものです。

視点2:「技術(Tech)」より「法律(Law)」の動向を追え

今、本当に重要な情報(シグナル)は、新しいブロックチェーン技術のニュース(ノイズ)の中にはありません。
それは、金融庁、法務省、経済産業省、あるいは自業界の所管省庁の地味でわかりにくい動向、「パブリックコメント募集」や「審議会資料」の中にあります。

自社のビジネスが、これらの「規制の壁」のどれに関連しているかを把握し、その規制が動くタイミングこそが、本当の「ゲームチェンジ」の瞬間であり、ライバルと差をつける好機到来と知るべきです。

視点3:「自動化の文化」をスモールスタートで醸成せよ

「デジタル預手」が普及する日を待っていても、何も始まりません。重要なのは、「プログラムが契約や決済を動かす」という文化に、今から慣れておくことです。

  • いきなり決済自動化は無理でも、「契約書のデジタル締結(電子契約)」なら今すぐできます。
  • いきなりスマートコントラクトは無理でも、「RPAやワークフローシステムで、検収報告が上がったら自動で経理に通知が飛ぶ」仕組みなら作れます。

「デジタル預手(ステーブルコイン)」とは、これらの社内プロセスの「最後の出口(決済)」を担う部品に過ぎません。その手前にある「契約」「検収」「承認」といったプロセス自体がデジタル化・自動化されていなければ、宝の持ち腐れになります。

もちろん、「デジタル預手(ステーブルコイン)」 を今から使って、手触りを確かめ、いざとなったら、大きな変革のために使える手馴しを行っていくべきことはいうまでもありません。

2. 【個人向け】今すぐ注目すべき2つの視点

この変革は、私たちの「お金」と「資産」の常識も変えていきます。

視点1:「決済(財布)」と「投資(手形)」を厳格に区別せよ

今後、私たちの前には様々な「デジタル通貨」が登場します。その時、絶対に混同してはならないのが、この2つです。

  • デジタル預手(ステーブルコイン。安全な財布): 銀行や信託が発行する「円ステーブルコイン」です。これは1円=1コインであり、価値は1円も増えも減りもしません。あくまで決済用の「便利な財布」です。
  • デジタル手形(リスク資産): ビットコインや、その他の暗号資産(仮想通貨)です。これらは価格が変動します。決済にも使えますが、本質は「投資(あるいは投機)」対象です。

最も重要なリテラシーとして実装しておくべきことは、上記両者の区別がつきにくい点であり、そのような盲点をついて様々な不正が行われる危険性があることです。

もし、安全な円ステーブルコインかのような外形を装いつつ、「年利10%!」といった謳い文句の商品が出てきたら、それは「デジタル預手(決済手段としてのステーブルコイン)」ではない可能性を疑うべきです。

それは、そのコインをどこかのDeFi(分散型金融)などで運用する「投資商品(デジタル手形)」です。

そして、投資である以上、元本割れのリスク(=預けた円が返ってこないリスク)を必ず伴います。

「安全な決済」という言葉と「高利回り」という言葉が組み合わさった時、それは詐欺を疑うべきシグナルです。

視点2:あなたが払う「手数料」の本質を意識せよ

私たちは普段、何気なく多くの「手数料」を払っています。銀行の振込手数料、不動産仲介手数料、司法書士への報酬、クレジットカードの加盟店手数料……。

これらはすべて、「取引相手を信用するため」あるいは「取引の安全を担保するため」に、仲介者に支払っている「信用のコスト」です。

「デジタル預手」がやろうとしているのは、この「信用の担保」を、人間や組織の代わりにプログラム(スマートコントラクト)に実行させ、コストを劇的に下げることです。

この視点を持つと、日常のニュースの見え方が変わります。 「銀行の振込手数料が無料化」というニュースを見たら、
「なぜ無料にできるのか? デジタル預手が普及したら、この手数料ビジネス自体が消滅するからではないか?」
と考える。

この変化の本質に気づくことが、個人として最大の「知的な防衛」であり、新しい時代の「教養」となります。

おわりに:「実行ボタン」を押すのは誰か

「デジタル預手(ステーブルコイン)」というテクノロジーは、信用の形を再定義する強力な道具です。しかし、道具は道具に過ぎません。

その道具を使って、非効率な商慣習という「壁」を壊し、新しい契約の形という「未来」を実装していくのは、技術者ではなく、現場のビジネスパーソンであり、ルールを作る行政官であり、取引実務を作っていく弁護士や裁判所であり、そしてそれらを使いこなす私たち一人ひとりです。

この変革は、ゆっくりと、しかし確実に進みます。今からこの「信用の自動化」という視点にアンテナを張っておくことこそが、5年後、10年後に振り返ったとき、最も価値のある準備だったと気づくことになるはずです。

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