02215_ケーススタディ:その「魔法のチケット」、実は「自家製紙幣」かもしれませんよ?_資金決済法の甘くない罠

相談者プロフィール:

株式会社ミラクル・プロモーション 代表取締役社長 夢見 語郎(ゆめみ ごろう、42歳)

相談内容:

先生、聞いてくださいよ! ウチの会社、起死回生の新規事業を思いついちゃいました。

名付けて「ミラクル・プレミアム・チケット」事業です。

仕組みは簡単です。

お客様に、1万円分のチケットを先に買ってもらうんです。

このチケットは、ウチの店だけじゃなくて、提携する近所のカフェや美容室、マッサージ店なんかでも使えるようにします。

お客様にとってみれば、財布いらずで便利だし、加盟店にとっても新規客が来るからハッピー。

何より、ウチにはチケットの代金が
「前払い」
でガツンと入ってくるわけです。

これで当面の資金繰りも一気に解決、まさに
「打ち出の小槌」
ですよ!

印刷屋にきれいな金券を刷らせて、来週から駅前でバラ撒いて売りまくろうと思ってます。

単なる
「紙の商品券」
ですから、特に役所の許可とか、そんな面倒な話はないですよね?

念のため、先生の
「お墨付き」
をいただきに参りました!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:ビジネスの「新大陸」には、必ず「先住民(規制)」がいる

新しいビジネスを思いついたとき、経営者は得てして
「誰もやっていない、ブルーオーシャンだ!」
と興奮しがちです。

しかし、そこが
「誰もやっていない」
のには、法的な理由がある場合がほとんどです。

夢見社長、
「打ち出の小槌」
とおっしゃいましたが、結論から申し上げますと、このチケットは単なる
「紙切れ」
ではなく、法律上は
「前払式支払手段」
という、いかめしい名前で呼ばれる金融商品の一種として扱われます。

企業が新規事業を検討する際、
「いかに儲けるか」
というアクセルの議論ばかりが先行しがちですが、
「その儲ける仕組みが法律の地雷原を歩いていないか」
というブレーキの議論は、往々にして後回しにされます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:お上の言葉(霞が関文学)を解読せよ

法律の条文は、難解な漢字の羅列であり、一般人の理解を拒絶するような
「特殊文学」
です。

今回のチケットが、資金決済法の規制対象となるかどうか、その要件は以下の4点です。

1 金額等が証票等に記載されていること(価値の保存)

2 証票等に記載された金額等に応じる対価が支払われていること(対価性)

3 金額等が記載された証票等が発行されていること(証票の発行)

4 物品購入・サービス提供を受けるとき等に、使用できるものであること(権利行使性)

要するに、
「お金を先に払って、後でサービスに変えられるチケット」
は、原則としてすべて網にかかる、ということです。

「単なる割引券だ」
とか
「会員証のおまけだ」
といった主観的な言い訳は、お上(行政)には通用しません。

彼らは形式的かつ客観的に、
「要件に当てはまるか否か」
だけを冷徹に判断します。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:「お墨付き」を得るための慎重なステップ

今回、当事務所から財務局へ、匿名を前提に照会を行いました。

これは、いわゆる
「ノーアクションレター制度」
的なアプローチの変形です。

ビジネススキームが法令に違反するかどうかが曖昧な場合、独断で突っ走って後から
「業務停止」
などの行政処分を食らうリスクを避けるため、事前に監督官庁の感触を探ることは、企業防衛の鉄則です。

その結果、当局の回答は以下の通りでした。

「基本的に前払式支払手段に該当し、第三者型なので事前届出が必要。他の同様の事例でも適用対象とされている」

つまり、
「クロ(規制対象)」
であるとの判定が下されたわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点4:「自家製紙幣」を発行する覚悟はあるか

今回のチケットの最大の特徴であり、同時に最大のリスク要因となっているのが、
「発行者(御社)以外の店舗でも使える」
という点です。

これを
「第三者型前払式支払手段」
といいます。

自社だけで使える
「自家型」
であれば、届出だけで済む場合もありますが、
「第三者型」
となると話は別です。

これは実質的に、御社が
「通貨」
を発行して経済圏を作ろうとしているのと同じです。

そのため、財務局長の
「登録」
という、非常にハードルの高い手続きが必要になります。

もし、登録なしでこれを行えば、無登録営業として刑事罰の対象にもなりかねません。

モデル助言:規制の壁を「迂回」するか、「正面突破」するか

夢見社長、このまま
「来週から駅前でバラ撒く」
のは、地雷原でタップダンスを踊るようなものです。

選択肢は2つです。

案1:規制の適用除外(抜け道)を使う

資金決済法には、
「有効期限が6か月以内のもの」
は適用除外とする、という規定があります。

もし、チケットに
「発行から6か月限り有効」
という使用期限をつければ、面倒な登録手続きや供託金の積み増し義務から逃れることができます。

ただし、これは
「お客様にとって使い勝手の悪いチケットにする」
ことと引き換えです。

ビジネス上の魅力(ベネフィット)と、法的リスク(コスト)のトレードオフです。

案2:正面から「金融業者」としての覚悟を決める

あくまで
「有効期限なし(あるいは長期)」

「他店でも使える」
ことにこだわるなら、腹をくくって財務局長の登録を受けるしかありません。

それには、相応の供託金を積む資力と、管理体制の構築が必要です。

まさに、
「カネ」
を扱うプロとしての資格が問われるわけです。

結論

「打ち出の小槌」
だと思っていたチケットは、扱いを間違えると、会社を吹き飛ばす
「爆弾」
になりかねません。

今回は、6か月という有効期限を設定して規制を回避する
「小回り」
を効かせるか、あるいはコストをかけて登録を行い、堂々と
「プラットフォーマー」
としての道を歩むか。

経営判断(ビジネスジャッジメント)が求められる局面です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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