「相手の会社が危ないらしい。すぐに裁判を起こして回収だ!」
「いや、ちょっと待ってください。裁判の前に『仮差押え』をしておかないと、勝っても1円も取れませんよ?」
取引先の信用不安が発覚したとき、多くの経営者は
「早く裁判をして白黒つけたい」
とはやる気持ちを抑えきれません。
しかし、法律のプロである弁護士は、まず
「裁判」
ではなく
「仮差押え」
を提案します。
なぜなら、日本の裁判は時間がかかりすぎるからです。
本記事では、倒産寸前の相手から債権を回収するための必須テクニックである
「仮差押え」
の重要性と、その具体的な準備(コストや必要資料)について、実務的な視点から解説します。
この記事でわかること:
• 「訴訟」と「仮差押え」の違い: なぜ「仮」の手続きが「本番」より重要なのか
• 早い者勝ちのルール: 危ない会社から回収するためのタイムリミット
• 魔法の代償: 仮差押えを実行するために必要な「担保金」と「情報」
「勝訴判決」
という名の紙切れを抱いて泣かないために。
債権回収の現場で生死を分ける
「初動」
の鉄則をお伝えします。
【クライアント・カルテ】
• 相談者: 株式会社 グルメ・ホールディングス 営業本部長 早飯 喰男(はやめし くらお)
• 業種 : 業務用食材卸売業
• 相手方: 株式会社 満腹亭(まんぷくてい)(飲食チェーン)
【相談】
先生、緊急事態です。
取引先の
「満腹亭」
への売掛金が焦げ付きそうです。
あそこ、給料未払いで先月から全店舗シャッターが下りているんです。
夜逃げ寸前というか、もう半分逃げているような状態です。
すぐに裁判を起こして白黒つけたいんですが、法務担当者が
「裁判の前に『仮差押え』をした方がいい」
と言い出しました。
でも、
「仮」
のくせに、保証金を積まないといけないし、手間もかかると聞きました。
面倒なので、いきなり本裁判(訴訟)を起こして、勝ってから差し押さえればいいんじゃないですか?
どっちがいいのか、ズバッと決めてください。
【9546リーガル・チェックポイント】
1 「裁判」と「仮差押え」は、カレーとライスの関係
早飯さん、根本的な誤解があります。
「訴訟(本裁判)」
と
「仮差押え」
は、ランチのメニューで
「A定食にするかB定食にするか」
と迷うような二者択一の関係ではありません。
訴訟は
「私が正しい(債権がある)」
ことを公的に認めてもらう手続き(権利の確定)です。
一方、仮差押えは、その権利が認められるまでの間、相手が財産を隠したり、他のハイエナ(債権者)に食い荒らされたりしないように、現状を凍結する手続き(保全)
「カレー(訴訟)」
と
「ライス(仮差押え)」
の関係にあり、両方あって初めて
「カレーライス(確実な回収)」
になるのです。
ライスなしでカレー(判決文)だけ渡されても、食べられませんよね?(回収できませんよね?)
2 「判決」という名の紙切れ
日本の裁判は、丁寧ですが遅いです。
判決が出るまでに半年や1年かかることはザラです。
「給料未払いで営業停止」
しているような会社が、半年後まで行儀よく財産を残していると思いますか?
判決が出るころには、めぼしい資産はすべて散逸し、預金口座は空っぽ、不動産は他人の手に渡っているでしょう。
その時、あなたが手にする勝訴判決は、
「あなたは正しい。でも、お金はない」
と書かれた、ただの高級な紙切れになってしまいます。
これを防ぐために、裁判という長い試合が始まる前に、相手の財布に鍵をかける魔法、それが
「仮差押え」
なのです。
3 魔法を使うための「対価(コスト)」
この便利な魔法を使うには、それなりの準備と対価が必要です。
まず、魔法をかける対象(どこの銀行のどの支店の口座か、など)を特定しなければなりません。
そして、裁判所に対して
「保証金(担保金)」
を積む必要があります。
相場は、請求額の1割から3割です。
「えっ、1000万円取り返すのに、300万円も預けるの?」
と思われるかもしれませんが、これは
「もし私の勘違いで相手に迷惑をかけたら、これで賠償します」
という人質のようなものです。
もちろん、最終的に勝てば戻ってきますが、一時的にキャッシュが寝てしまう覚悟は必要です。
【戦略的アドバイザリー】
早飯さん、結論を申し上げます。
「四の五の言わずに、今すぐ仮差押えをやりましょう」
1 状況は「待ったなし」
相手は給料未払いで営業停止しています。
これは、企業の体温が急激に低下し、死後硬直が始まる直前のサインです。
他の債権者も、血眼になって回収に動いているはずです。
債権回収は、椅子取りゲームです。
音楽が鳴り止んでから(判決が出てから)動いたのでは、座る椅子(財産)は残っていません。
2 必要な「武器」と「弾薬」
至急、以下のものを準備してください。
• 疎明資料: 契約書、注文書、納品書、請求書など、「ウチにお金を払ってもらう権利がある」ことを証明する書類一式。
• ターゲット情報: 相手のメインバンクの支店情報や、取引先(売掛金)の情報。
• 軍資金: 申立費用等の実費(数十万円)と、担保金(請求額の20~30%程度)。
3 結論
ビジネスにおいてスピードは命ですが、債権回収においてスピードは
「すべて」
です。
悠長に裁判の準備をしている間に、虎の子の資産が逃げていってしまっては元も子もありません。
まずは
「仮差押え」
で相手の急所をガッチリと掴み、その上で、堂々と裁判(あるいは交渉)に臨む。
これが、プロの回収作法です。
※本記事は、一般的な民事保全手続(仮差押え)の概要と法的効果を解説したものです。
個別の事案における保全の必要性(被保全権利の存在や保全の必要性)の判断、および担保金の額については、裁判所の裁量や事案の具体的事情により異なりますので、必ず弁護士にご相談ください。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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