02228_ケーススタディ:「競業避止義務」という名の“張り子の虎” _「同業他社への転職禁止」の契約書に怯える前に知っておくべき、大人のすり抜け術

「辞めた後、ライバル会社に行ったら退職金なし」
「同業他社への転職は禁止する」

退職や独立を考えたとき、契約書にあるこの一文に足がすくむビジネスパーソンは少なくありません。 

会社という巨大な組織から
「裏切り者」
として訴えられたらどうしよう・・・そんな恐怖が頭をよぎります。

しかし、恐れる必要はありません。

その
「鎖」、
実は錆びついてボロボロかもしれません。

あるいは、畑のカラスを追い払うための
「案山子(かかし)」
に過ぎない可能性が高いのです。

本記事では、企業が突きつける
「競業避止義務」
の法的効力の限界と、リスクを最小限に抑えながら、したたかに次のステージへ進むための
「ステルス戦術」
について、弁護士の視点から解説します。

【クライアント・カルテ】

• 相談者: 株式会社フューチャー・ストラテジー シニアマネージャー 柏木 進(かしわぎ すすむ)
• 業種 : 外資系総合コンサルティング
• 相手方: 現勤務先(大手外資系コンサルティングファーム)

【相談】

先生、今後ともよろしくお願いいたします。 

さて、先日のミーティングでお願いした件ですが、私が現在勤務しているファームと結んでいる
「競業避止合意書(Non-competition Agreement)」
の内容を見ていただけますでしょうか。

私が見るところ、M&Aコンサルティングに関する条項がネックになるかと思います(現在のファームのある部門が、同種のM&Aコンサルティングを実施していますので)。 

独立後の活動が制限されるのではないかと懸念しています。

【9546リーガル・チェックポイント】

1 形式的には「クロ」でも、実質は「シロ」に近いグレー 

柏木さん、契約書を拝見しました。 

形式的に言えば、柏木さんの今後の行動によっては、契約違反に抵触する可能性は
「あり得る」
と言えます。

契約書に書いてある以上、文字通り読めばそうなります。 

しかし、法律の世界には
「書いてあっても無効」
という、契約書の文字を紙屑に変えてしまう魔法のような判例が存在します。

2 裁判所は「頑張るサラリーマン」の味方 

過去の有名な裁判例(外資系生命保険会社事件など)を見てみましょう。 

「退職後2年以内の競業避止義務違反」
を理由に退職金を不支給とした会社の処分に対し、裁判所は
「その条項は無効だ」
と一刀両断しました。

裁判官の理屈はこうです。

「営業成績は個人の人脈や努力に依拠するところが大きい。会社で得たノウハウといっても、それは本人の努力で獲得したスキル(職業能力)であり、その流出まで禁止するのはやり過ぎだ」
要するに、会社の
「営業秘密(顧客リストの持ち出し等)」
を盗んだならともかく、自分の頭と体で覚えたスキルを使って商売することを禁じるのは、
「職業選択の自由」
を奪うものであり許されない、という判断です。

3 会社側の「強がり」を見抜く 

会社側も、この判例を知らないはずがありません。 

ではなぜ、無効になるような契約書を書かせるのか?

それは
「牽制(けんせい)」です。

「訴えるぞ」
という姿勢を見せることで、社員が萎縮してくれれば儲けもの、という
「張り子の虎」戦略
です。

もし会社が本気で訴えてきて、裁判で
「この契約条項は無効」
と判断されたらどうなるでしょうか?

会社にとっては、他の社員に対する縛りもすべて無効になるという
「自爆テロ」
のような結果を招きます。

これを
「逆撃」
といいます。

ですから、会社側も、よほど派手な背信行為がない限り、本気で喧嘩を売ってくる可能性は低いのです。

【戦略的アドバイザリー】

柏木さん、結論を申し上げます。 
「ビビる必要はありません。ただし、正面から戦わず、忍者のように振る舞いましょう」

1 「ちょっとは気にする」が「縮こまる必要はない」 

契約書がある以上、無視はできませんが、それを理由にビジネスチャンスを放棄するのはナンセンスです。 

「これは張り子の虎だ」
と見抜いた上で、虎の尾を踏まない程度の距離感で進めばよいのです。

2 「忍者」のような証拠隠滅戦術 

グレーな活動(競業とみなされかねない活動)をする際は、以下の
「ステルス戦術」
を徹底してください。

• 足跡を残さない: 
メール、書類、議事録など、後に「証拠」となるものを残さない。
口頭でのやり取りを基本とする。

• 気配を消す: 
SNSでの発信や、目立つ営業活動は控える。

3 「ドア・オープナー」に徹する 

これが最も賢い方法です。 

柏木さん自身が前面に出てガツガツ営業するのではなく、
「ドアを開ける(紹介する)」
役割に徹してください。

「M&Aのニーズがあるお客さんを見つけてくる」
ところまでを柏木さんが行い、実務や契約のクロージングは、提携先の別の者や部下に任せるのです。

これなら、外形的には
「紹介しただけ」
であり、競業行為のど真ん中を避けることができます。

結論: 

契約書という
「紙の鎖」
に縛られず、しかしその鎖をガチャガチャと鳴らして相手を刺激することもなく、
「音もなく、姿も見せず」
に利益を確保する。

これが、大人の独立・転職におけるスマートな処世術です。

当面は、立ち居振る舞いや物の言い方に気をつけ、
「品行方正な退職者」
を演じきりましょうか。

※本記事は、競業避止義務に関する一般的な判例傾向と、リスク管理の観点からの戦略的助言をまとめたものです。
個別の契約内容や具体的な背信性の有無(営業秘密の持ち出し等)によっては、法的責任を問われる可能性があります。
個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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