02229_ケーススタディ:「大手だから変な契約書は出さない」は命取り? 契約書の“数字”より100倍重要な“仕事の定義”

「相手はあの大手広告代理店だ。変なことはしないだろう」 
「契約書のドラフトも向こうが出してきたし、遅延損害金の利率くらいチェックしておけばいいか」

新しいビッグ・ビジネスの予感に胸を躍らせ、契約書のチェックが単なる
「儀式」
になっていませんか?

特に、目に見えない
「サービス(役務)」
を提供する取引において、相手のネームバリューを信じて契約書を鵜呑みにするのは、
「目隠しをして高速道路を横断する」
ようなものです。

後になって
「これもやってくれると思っていた」
「クオリティが低い」
と泥沼の争いになるのは、往々にして契約書の
「数字」
ではなく
「中身」
の不備が原因です。

本記事では、大手企業から提示された
「標準的な契約書」
に潜む罠と、遅延損害金や期間よりも圧倒的に重要な
「仕事の定義(SOW:Statement Of Work)」
について、弁護士の視点から解説します。

【この記事でわかること】

• 「モノの売買」と「サービスの提供」で全く異なる契約のリスク
• 「別途協議する」という条文が招く“ちゃぶ台返し”の恐怖
• トラブルを防ぐ最強の盾「SOW(Statement of Work:作業範囲記述書)」の作り方

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社ヴァンテージ・ロジック 営業本部長 大西 進(おおにし すすむ) 
業種 : ITソリューション・コンサルティング
相手方: 株式会社タイタン・エージェンシー(業界最大手広告代理店グループ)

【相談内容】 

先生、いつもお世話になっております。 

この度、業界最大手の
「タイタン・エージェンシー」
と、新規の広告コンサルティング取引を行うことになりました。

先方から
「基本取引契約書」
のドラフトが送られてきたのですが、法的に問題がないか見ていただけますか?

私が見たところ、
・検収は30日以内
・遅延損害金は年利6%
・契約期間は1年ごとの自動更新
・管轄裁判所は東京地裁
といった条件で、ごく標準的な内容かなと考えています。

相手は大企業ですし、変な契約書は出してこないと思うので、このままハンコを押して進めてもよろしいでしょうか?

「モノ」と「サービス」は、ルールが全く違う別競技

大西本部長、形式的な数字のチェックは完璧です。 

しかし、肝心な視点が抜け落ちています。 

今回の取引は、ネジやパソコンといった
「モノ」
の売買ではなく、コンサルティングや制作といった
「サービス(役務)」
の提供ですよね?

「モノ」
なら、不良品かどうかは一目瞭然です。

しかし、
「サービス」
は目に見えません。

「私の思った通りのクオリティではない」
「ここまではやってくれると思っていた(やってくれるはずだ)」
という、
「主観のズレ」
が、後々、最大の火種になります。

契約書で数字だけを見て安心するのは危険です。

契約書に「何をするか」が書かれていない恐怖

提示された契約書は
「標準的」
に見えますが、おそらく
「具体的業務内容」
については
「別途仕様書で定める」
あるいは
「都度協議する」
となっているのではありませんか?

これは、
「料理の内容も値段も決めずに、高級レストランで『お任せ』で注文する」
のと同じです。

大手企業であればあるほど、現場担当者はジョブローテーションで変わります。 

「前の担当者は『いい感じでやって』と言っていたのに、新しい担当者は『契約書に書いてないことは金払わん』と言い出す」 
そんな
「ちゃぶ台返し」
が起きたとき、業務内容が曖昧な契約書は御社を守ってくれません。

「信頼関係」という名の幻想を捨てよ

「相手は大手だから、無茶なことはしないだろう」
という正常性バイアスが働いていませんか?

ビジネスの世界において、契約書に書いていないことは
「何をやっても自由」
というのが原則です。

「大手だから」
ではなく、
「大手だからこそ」、
契約書に書かれていない業務(サービス残業的な修正作業など)を平然と要求してくる可能性も否定できません。

それは彼らにとっての
「常識(=下請けは黙って従うもの)」
だからです。

【今回の相談者・大西本部長への処方箋】

大西本部長、選択肢は2つです。

「仕事の定義をガチガチに固める」
か、
「性善説に賭けて丸投げに乗る」
かです。

1 トラブルを完全に防ぎたいなら、「仕様」を握れ 

もし、後で
「言った言わない」
「クオリティが低い」
といった泥仕合を避けたいのであれば、契約書の条文修正よりも、
「SOW(Statement of Work:作業範囲記述書)」
の作成に全力を注ぐべきです。

 「何を、いつまでに、どのような品質で、どこまでやるか(そして、何はやらないか)」
を、小学生でもわかるレベルで言語化し、契約書の一部として合意するのです。

これができて初めて、契約書は御社を守る
「盾」
になります。

2 「大人の関係」で波風立てずに進めるなら 

一方で、
「あまり細かく決めると、先方の機嫌を損ねる」
「現場の柔軟性がなくなる」
と懸念されるのであれば、ご提示のドラフトのままで進めるのも1つの経営判断(ビジネスジャッジメント)です。

相手が紳士的であれば、何事もなく終わるかもしれません。 

ただし、それは
「ノーガード戦法でリングに上がる」
のと同じです。

何かあったときに
「契約書に書いてない!」
と泣きつくことはできません。

自己責任です。

3 結論: 

遅延損害金の利率を気にする前に、
「我々に提供される“サービス”のゴールはどこか」
が、相手と1ミリのズレもなく共有されているかを確認してください。

そこが曖昧なら、どんな立派な契約書もただの
「紙切れ」
です。

※本記事は、業務委託契約(準委任・請負)における業務範囲の特定(SOW)や契約実務に関する一般的なリスクと対策を解説したものです。 
個別の契約解釈や交渉、および具体的な紛争解決については、契約内容や事実関係により異なりますので、必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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