「道路拡張のため、立ち退いてください」。
ある日突然、お上(役所)から届く非情な通知。
多くの店子(テナント)経営者は、
「大家には莫大な立ち退き料が入るのに、ウチはただ追い出されるだけなのか」
と絶望し、大家に
「少しでいいから補償金を分けて」
とすがりつこうとします。
しかし、その思い込みこそが
「法律オンチ」
の典型であり、自らドブにお金を捨てる行為です。
実は、公共事業における補償において、大家と店子の
「財布」
は完全に別物。
大家に媚びを売る必要など1ミリもありません。
むしろ、この立ち退きという不可抗力は、お上のポケットマネー(税金)を使って、古びた店舗や設備を最新鋭にリニューアルし、事業をⅤ字回復させる
「千載一遇のビッグチャンス」
になり得るのです。
本記事では、無知な店子が陥りがちな
「大家へのおねだり」
を戒め、役所から
「営業補償」
や
「移転費用」
という名の合法的スポンサードを満額引き出すための、したたかな
「対行政」交渉術
について解説します。
この記事でわかること:
・「大家への対価」と「店子への補償」はパイの奪い合いではなく、別々の財布であるという事実
・引っ越し代だけじゃない!「見えない損失(営業補償)」まで積み上げる、見積もりの錬金術
・お役所相手に「待つ」のは死を意味する。「申請主義」を逆手に取った先制攻撃の鉄則
相談者プロフィール:
株式会社 メカニカル・メロディーズ 代表取締役 歯車 奏(はぐるま かなで)
業種:ビンテージ時計および精密オルゴールの修復・販売
相手方:県土整備事務所(自治体)、および有限会社 ヴィンテージ・エステート(家主)
相談内容:
先生、途方に暮れています。
当社の工房が入居しているビルが、県の道路拡張計画(バイパス工事)のルートに引っかかり、取り壊されることになりました。
家主には、土地や建物の買収金として莫大な補償金が転がり込むそうです。
しかし、我々はただの店子です。
工房内には、巨大なアンティーク・オルゴールや、ミクロン単位の調整を要する旋盤・工作機械が所狭しと並んでいます。
これらを分解・梱包して移転させるだけで数百万円は軽く吹き飛びますし、移転工事の間は修復作業も完全にストップしてしまいます。
藁にもすがる思いで家主に
「補償金の一部を移転費用として分けてくれ」
と頼み込みましたが、
「あれはウチの建物の代金だから、お宅らには関係ない」
と冷たく門前払いを食らいました。
やはり、借りている身分の弱さでしょうか。
自腹を切って泣く泣く引っ越すしかないのでしょうか?
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「大家の財布」と「店子の財布」は別宇宙
歯車社長、まずはその
「大家におねだりする」
という発想を今すぐゴミ箱に捨ててください。
公共事業の立ち退きにおいて、大家(オーナー)と店子(テナント)は、全く別の権利主体です。
大家がもらうのは
「土地と建物の対価」
です。
一方で、あなたがもらうべきなのは
「事業を継続するための移転対価」
です。
これは、離婚の財産分与のような
「1つのパイの奪い合い」
ではありません。
それぞれが、国や県に対して別々の請求書を回す、完全に独立した
「保険請求」
のようなものなのです。
ですから、大家の顔色を伺ったり、恩着せがましくおねだりする必要は1ミリもありません。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:補償の「フルコース・メニュー」をしゃぶり尽くせ
「引っ越し代くらいは出るだろう」
なんていう謙虚な姿勢でいては、お役所の言い値で買い叩かれて終わりです。
役所には
「公共用地の取得に伴う損失補償基準」
という、いわば
「支払基準マニュアル」
が存在します。
そこには、驚くほど細かい
「補償のフルコース」
が記載されています。
1 動産移転料:巨大なオルゴールや精密機械をバラし、運び、新天地で組み立て直す費用。専門業者による繊細な調整費も当然含まれます
2 借家人補償:今より家賃が高い所しか見つからない場合の差額補償(一定期間)
3 移転雑費:新しい物件を探すための仲介手数料、広告費、登記費用、果ては顧客への移転案内の挨拶状印刷代や切手代まで
4 営業補償(超重要):ここが一番の「宝の山」です。休業中の固定費(従業員の給料含む)はもちろん、休業しなければ得られたはずの利益、さらには移転によって常連客が離れることによる減収分まで、理論上は請求可能です
つまり、法律のルールに則って正しく交渉すれば、古くなった設備をお上の費用で最新鋭にアップデートし、宣伝費まで出してもらった上で、ピカピカの店舗でリニューアルオープンすることが可能なのです。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:お役所相手に「お客様」になってはいけない
役所仕事の基本中の基本、それは
「申請主義」
です。
向こうから親切に
「社長、こんな補償メニューもありますよ。これも請求できますよ」
などと手取り足取り教えてくれることは、天地がひっくり返ってもありません。
「順次、係の者が訪問します」
という通知を信じて、お茶をすすりながらのんびり待っていたら、彼らの
「予算消化の都合」
と
「マニュアル通りの最低限の条件」
で、あっという間にハンコを押させられるのがオチです。
モデル助言:
歯車社長、今日から
「悲劇の被害者」
を演じるのはやめて、
「敏腕かつ冷徹な請求者」
にマインドセットを切り替えてください。
1 ターゲットの変更
狙うは大家ではなく
「県土整備事務所」
です。
喧嘩する相手を間違えないこと。
大家に泣きついても1円にもなりません。
事業主体である
「県土整備事務所の用地課」
の担当者に直接連絡を入れます。
「当社は公共事業の立ち退きに協力する用意がある。ついては、早期に詳細な条件を詰めたい」
と、こちらからアグレッシブにアプローチするのです。
役所にとって一番面倒なのは
「ゴネて居座る素人」
ですが、一番ありがたく、かつ恐ろしいのは
「話はわかるが、補償基準を知り尽くしている計算高いプロ」
です。
2 「見積もりの山」という名の防塁を築く
役所の担当者が来る前に、精密機械の運送業者、内装業者、設備業者から、最も丁寧(かつ高額)なコースの見積書を取り寄せてください。
さらに、過去の決算書や売上データから
「1日休業したらいくらの損失(利益と固定費)が出るか」
を緻密に弾き出しておきます。
「これだけの損害が確実に出ます。御庁の補償基準通り、きっちりとお支払いくださいね」
と、数字という名の反論不可能な武器を突きつけるのです。
結論:
公共事業による立ち退きは、ビジネスの
「強制終了」
などではありません。
それは、
「国や自治体を大口スポンサーにつけた、超特大の事業再構築(リノベーション)プロジェクト」
に他ならないのです。
感情論や義理人情は一旦脇に置き、ひたすら電卓を叩き続け、ルールに基づいた正当な権利をしゃぶり尽くす。
それこそが、強かに生き残る経営者の
「対行政交渉術」
です。
※本記事は、架空の事例をもとに、公共事業に伴う損失補償の一般的な仕組みと交渉のセオリーを解説したものです。
実際の補償項目や算定基準は、事業主体(国・自治体)や適用される基準(公共用地の取得に伴う損失補償基準等)、個別の賃貸借契約の内容等により異なります。
個別の交渉や金額算定については、必ず弁護士や補償コンサルタント等の専門家にご相談ください。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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