「相手はあの大手広告代理店だ。変なことはしないだろう」
「契約書のドラフトも向こうが出してきたし、遅延損害金の利率くらいチェックしておけばいいか」
新しいビッグ・ビジネスの予感に胸を躍らせ、契約書のチェックが単なる
「儀式」
になっていませんか?
特に、目に見えない
「サービス(役務)」
を提供する取引において、相手のネームバリューを信じて契約書を鵜呑みにするのは、
「目隠しをして高速道路を横断する」
ようなものです。
後になって
「これもやってくれると思っていた」
「クオリティが低い」
と泥沼の争いになるのは、往々にして契約書の
「数字」
ではなく
「中身」
の不備が原因です。
本記事では、大手企業から提示された
「標準的な契約書」
に潜む罠と、遅延損害金や期間よりも圧倒的に重要な
「仕事の定義(SOW:Statement Of Work)」
について、弁護士の視点から解説します。
この記事でわかること:
・「モノの売買」と「サービスの提供」で全く異なる契約のリスク
・「別途協議する」という条文が招く“ちゃぶ台返し”の恐怖
・トラブルを防ぐ最強の盾「SOW(作業範囲記述書)」の作り方
相談者プロフィール:
株式会社 ネーブラ・コンサルティング 営業本部長 先走 勢(さきばしり せい)
業種:ITソリューション・コンサルティング
相手方:株式会社 メガ・エージェンシー(業界最大手広告代理店グループ)
相談内容:
先生、いつもお世話になっております。
この度、業界最大手と、新規の広告コンサルティング取引を行うことになりました。
先方から
「基本取引契約書」
のドラフトが送られてきたのですが、法的に問題がないか見ていただけますか?
私が見たところ、
・検収は30日以内
・遅延損害金は年利6%
・契約期間は1年ごとの自動更新
・管轄裁判所は東京地裁
といった条件で、ごく標準的な内容かなと考えています。
相手は大企業ですし、変な契約書は出してこないと思うので、このままハンコを押して進めてもよろしいでしょうか?
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「モノ」と「サービス」は、ルールが全く違う別競技
先走本部長、形式的な数字のチェックは完璧です。
しかし、肝心な視点が抜け落ちています。
今回の取引は、ネジやパソコンといった
「モノ」
の売買ではなく、コンサルティングや制作といった
「サービス(役務)」
の提供ですよね?
「モノ」なら、不良品かどうかは一目瞭然です。
しかし、
「サービス」
は目に見えません。
「私の思った通りのクオリティではない」
「ここまではやってくれると思っていた(やってくれるはずだ)」
という、
「主観のズレ」
が、後々最大の火種になります。
契約書で数字だけを見て安心するのは危険です。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:契約書に「何をするか」が書かれていない恐怖
提示された契約書は
「標準的」
に見えますが、おそらく
「具体的業務内容」
については
「別途仕様書で定める」
あるいは
「都度協議する」
となっているのではありませんか?
これは、
「料理の内容も値段も決めずに、高級レストランで『お任せ』で注文する」
のと同じです。
大手企業であればあるほど、現場担当者はジョブローテーションで変わります。
「前の担当者は『いい感じでやって』と言っていたのに、新しい担当者は『契約書に書いてないことは金払わん』と言い出す」
そんな
「ちゃぶ台返し」
が起きたとき、業務内容が曖昧な契約書は御社を守ってくれません。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:「信頼関係」という名の幻想を捨てよ
「相手は大手だから、無茶なことはしないだろう」
という正常性バイアスが働いていませんか?
ビジネスの世界において、契約書に書いていないことは
「何をやっても自由」
というのが原則です。
「大手だから」
ではなく、
「大手だからこそ」、
契約書に書かれていない業務(サービス残業的な修正作業など)を平然と要求してくる可能性も否定できません。
それは彼らにとっての
「常識(=下請けは黙って従うもの)」
だからです。
モデル助言:
先走本部長、選択肢は2つです。
「仕事の定義をガチガチに固める」
か、
「性善説に賭けて丸投げに乗る」
かです。
1 トラブルを完全に防ぎたいなら、「仕様」を握れ
もし、後で
「言った言わない」
「クオリティが低い」
といった泥仕合を避けたいのであれば、契約書の条文修正よりも、
「SOW(Statement of Work:作業範囲記述書)」
の作成に全力を注ぐべきです。
「何を、いつまでに、どのような品質で、どこまでやるか(そして、何はやらないか)」
を、小学生でもわかるレベルで言語化し、契約書の一部として合意するのです。
これができて初めて、契約書は御社を守る
「盾」
になります。
2 「大人の関係」で波風立てずに進めるという選択肢
一方で、
「あまり細かく決めると、先方の機嫌を損ねる」
「現場の柔軟性がなくなる」
と懸念されるのであれば、ご提示のドラフトのままで進めるのも1つの経営判断(ビジネスジャッジメント)です。
相手が紳士的であれば、何事もなく終わるかもしれません。
ただし、それは
「ノーガード戦法でリングに上がる」
のと同じです。
何かあったときに
「契約書に書いてない!」
と泣きつくことはできません。
自己責任です。
結論:
遅延損害金の利率を気にする前に、
「我々に提供される“サービス”のゴールはどこか」
が、相手と1ミリのズレもなく共有されているかを確認してください。
そこが曖昧なら、どんな立派な契約書もただの
「紙切れ」
です。
※本記事は、業務委託契約(準委任・請負)における業務範囲の特定(SOW)や契約実務に関する一般的なリスクと対策を解説したものです。
個別の契約解釈や交渉、および具体的な紛争解決については、契約内容や事実関係により異なりますので、必ず弁護士にご相談ください。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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