「先方が作ってくれた契約書だから、そのままハンコを押しておけばいいだろう」
もしあなたが、担保契約においてそんな軽い気持ちでいるなら、少し危険です。
特に、融資の担保となる
「抵当権」
と
「根抵当権」。
この
「根」
という一文字があるかないかは、法的な手続きの違いだけではありません。
それは、相手とのビジネスを
「1回きりの点」
と見るか、
「未来永劫続く線」
と見るかという、経営戦略上の決定的な
「覚悟」
の違いを意味します。
本記事では、難解な民法用語を
「恋愛」
と
「電車の切符」
に例え、契約書の文言に隠された、取引先のしたたかな
「プロポーズ(または束縛)」
を見抜くための視点について解説します。
この記事でわかること:
・「抵当権」と「根抵当権」の違いは、「切符」と「定期券」の違いである
・相手が「根抵当権」を求めてくる本当の理由と、そこに潜むリスク
・契約書一つで、自社が「銀行代わり」にされてしまうメカニズム
相談者プロフィール:
株式会社 ギャラクシー・クレジット 審査部長 星野 渡(ほしの わたる)
業種:次世代モビリティ開発・プロジェクトファイナンス
相手方:株式会社 オメガ・プロパルション(ドローン物流ベンチャー)
相談内容:
先生、急ぎの案件で判断に迷っています。
当社は、物流ベンチャーのオメガ・プロパルション社に対し、機体製造資金として以前から融資を行ってきました。
この度、既に完済された5億円の貸付に対応する古い担保を解除し、新たに新型機開発資金として10億円を融資することになりました。
先方の法務部から送られてきた契約書案を見ると、前回の貸付けとほぼ同じですが、担保設定契約書だけが
「根抵当権設定契約証書」
になっていました。
オメガ・プロパルション社の担当者は、電話でこのように言っていました。
「今後も開発資金のご相談をさせていただくことになるかと存じます。その都度、契約や登記の書き換えで御社のお手を煩わせるのも大変恐縮ですので、もしよろしければ、この機会にまとめて極度額(枠)を設定させていただけないでしょうか」
非常に腰が低く、こちらの事務手間に配慮してくれているようにも聞こえます。
実務上は合理的にも思えますが、このままハンコを押してしまって問題ないでしょうか?
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「抵当権」は“一回きり”の乗車券
星野部長、その
「下手にでた提案」
にこそ、相手のしたたかな戦略が隠されています。
法律用語の違いは、単なる言葉遊びではありません。
そこには、ビジネスにおける
「関係性の深さ」
が残酷なほどクリアに反映されています。
まず、これまで設定されていた
「抵当権」。
これは、いわば
「1回きりの乗車券(切符)」
です。
特定の貸付(今回の10億円)のみを担保し、完済すれば消滅します。
恋愛に例えるなら、特定のプロジェクトのためだけに結ばれる
「一夜限りの恋」
のようなものです。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「根抵当権」は“使い放題の定期券”
一方、今回相手が提案してきた
「根抵当権」。
これは、設定した極度額(枠)の範囲内であれば、何度貸し借りを繰り返しても、そのすべてを担保できるというものです。
いわば、期間内なら何度でも乗り降りできる
「定期券」
であり、恋愛で言えば、将来のあらゆる出来事を共に乗り越えることを誓う
「結婚(永遠の誓い)」
です。
「事務手間を省くため」
という言葉の裏には、
「今後も継続的に、枠の範囲内で何度も資金を引き出させてほしい」
という強烈な継続的関係の要求(プロポーズ)が隠されているのです。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:自社が「銀行代わり」にされてしまうリスク
相手が根抵当権を求めてくる本当の理由は、御社を自らの
「専用の財布(銀行代わり)」
として確保しておきたいからでしょう。
一度根抵当権を設定してしまえば、相手は
「枠が空いているのだから、また貸してほしい」
と容易に要求できるようになります。
これを断るのは、事務手続き以上の心理的ハードルを伴います。
結果として、単発の支援のつもりが、相手の資金繰りにズルズルと巻き込まれ、与信管理が極めて難しくなるリスクが潜んでいるのです。
モデル助言:
星野部長、相手の
「謙虚な姿勢」
にほだされてはいけません。
これは法務の問題ではなく、
「愛(ビジネス戦略)」
の問題です。
1 「これっきり」なら断固拒否する
もし、今回の10億円がプロジェクト単位の単発融資であり、これ以上深入りしたくないなら、根抵当権の提案は断ってください。
「お気遣いはありがたいですが、事務の手間はこちらで引き受けますので、都度、抵当権を設定しましょう」
と切り返すのが、健全な距離感を保つ大人の対応です。
2 「骨を埋める」なら受けて立つ
逆に、今後もオメガオメガ・プロパルション社と
「雨の日も風の日も、継続的に資金を融通し合う深い関係(線)」
を築いていく覚悟がおありなら、彼らの提案に乗るのも一興です。
その代わり、与信管理は格段に難しくなることを経営陣に報告してください。
結論:
「根抵当権」
という選択は、その意思を反映した、ある意味で重い
「愛のカタチ」
です。
契約書上の
「点」
を
「線」
に変える瞬間には、それ相応の覚悟が必要です。
その覚悟がおありなら、どうぞ、実行してください。
※本記事は、架空の事例をもとに、企業間融資における担保設定(抵当権と根抵当権)に関する一般論やリスク管理を解説したものです。
実際の契約締結や運用においては、会社法上の権限規定や金融関連法令に留意する必要があります。個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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