「やっていません」
「知りません」
社内不正の疑いがある社員にヒアリングをすると、判で押したようにこう返ってきます。
証拠が不十分な段階で、彼らの
「否認」
を崩すのは容易ではありません。
しかし、百戦錬磨の弁護士は、相手の
「答えの中身」
ではなく、
「答え方(プロセス)」
に注目します。
真実はシンプルですが、嘘は複雑です。
だからこそ、嘘をつくには
「調理時間」
が必要になります。
本記事では、不正疑惑社員との攻防において、相手の回答遅延や矛盾を突き、その信用性を完膚なきまでに弾劾する、プロの調査尋問テクニックを解説します。
【この記事でわかること】
• 回答期限の徒過が「嘘の証明」になるメカニズム
• 「やっていない」という否定を、後の裁判で有利な証拠に変える方法
• 不正調査における「客観的証拠」と「主観的弁明」の戦わせ方
【相談者プロフィール】
相談者: 株式会社ロジック・ディフェンス コンプライアンス室長 詰田 厳(つめた げん)
業種 : 精密機器部品製造・卸
対象者: 元営業課長(懲戒解雇済み)
【相談内容】
先生、懲戒解雇した元営業課長とのトラブルです。
彼は在職中、就業規則に違反して競合他社に顧客情報を流し、自らも接触していた疑いが濃厚です。
本人に事実確認の書面を送ったところ、期限を大幅に過ぎてから回答が来ました。
内容は、
「私は顧客に不当な接触など一切していない。貴社の言いがかりだ」
という全面否定です。
しかし、複数の取引先からは
「彼から電話があった」
「営業をかけられた」
という証言を得ています。
物的証拠(録音など)までは揃っていないのですが、このまま
「やっていない」
の一点張りで逃げられてしまうのでしょうか?
「真実」はインスタント、「嘘」は手作り料理
詰田室長、焦る必要はありません。
相手のその対応こそが、実は最大の
「ボロ」
なのです。
ご相談いただいた相手方の回答状況を分析すると、そこには嘘を見破るための決定的なロジックが浮かび上がってきます。
まず着目すべきは、回答の中身ではなく、
「回答が遅れた」
という事実そのものです。
「自分が体験した事実」
について、イエスかノーかで答える。
これは、本来なら瞬時にできるはずです。
「朝ごはんを食べましたか?」
と聞かれて、回答に3日もかかるとしたら、それはメニューを思い出しているのではなく、
「食べたと言った方がいいか、食べてないことにすべきか」
を計算しているからです。
プロの法務はこのように断じます。
「単純直截な質問への回答が遅れるのは、事実を思い出しているのではなく、弁解という名の『創作料理』を作っていたからだ」
相手が期限を徒過したという事実自体が、
「回答を作るのに時間を要した(=事実をそのまま述べたのではない)」
という強力な状況証拠となるのです。
「やっていない」という嘘を言わせる意義
次に、相手は
「やっていない」
と回答してきましたね。
実は、不正調査においては、相手に
「嘘をつかせること」
自体が大きな成果になります。
御社はすでに、顧客から
「接触があった」
という証言(客観的事実)を得ています。
この
「動かぬ客観的事実」
を手元に確保したうえで、あえてその事実には触れず、相手方に対して質問を行い、文書で
「私はやっていません」
との明確な回答をさせます。
この対応により、次の構図が成立します。
1 客観的事実:顧客への接触があった(証拠により立証可能)
2 相手方の主張:顧客への接触はしていない(文書で明言)
3 評価:相手方の供述は、客観的事実と矛盾している
ひとたび
「重要な事実について虚偽の説明を行った」
と認定されると、その人物の他の弁明についても、
「この点についても信用できない」
と、評価されやすくなります。
このように、相手の供述の信用性を低下させる手法を、法廷用語では
「信用性の弾劾(しんようせいの だんがい)」
といいます。
相手に
「やっていない」
と明言させればさせるほど、後に客観的証拠を提示した際の矛盾は決定的となり、結果として相手の証言全体の信用性を大きく損なうことになります。
「嘘」は、自らを刺すナイフになる
今回の相手方の回答に対し、御社が取るべき態度は、反論ではありません。
淡々とした
「記録」
です。
「当方に判明した事実(顧客の証言等)と、貴殿の回答は明白に矛盾しており、貴殿は虚偽の弁解を弄していると認識せざるを得ない」
という認識を持ちつつ、この矛盾を泳がせるのです。
不正社員が必死で考えた
「言い訳」
や
「時間稼ぎ」。
それらはすべて、彼の
「不誠実さ」
を証明する材料として、御社の武器になります。
どうぞ、その矛盾を淡々と、そして冷徹に記録し続けてください。
【今回の相談者・詰田室長への処方箋】
詰田室長、相手の
「否定」
に動揺してはいけません。
むしろ
「しめしめ」
と思うべきです。
1 遅れを責めず、記録する
「回答が期限を過ぎた」
という事実を、
「弁解を創作していた証左」
として記録に残します。
後の紛争で
「なぜ遅れたのか」
を問われた際、相手は苦しい弁明を強いられます。
2 証拠は後出しにする
手持ちの証拠(顧客の証言)をすぐに見せてはいけません。
相手に
「やっていない」
と断言させてから、
「でも、A社さんはこう言っていますよ」
と突きつけることで、相手の逃げ場を塞ぎます。
3 結論:
嘘をつく人間は、必ずどこかで整合性が取れなくなります。
「単純な質問」
を投げかけ続け、相手が墓穴を掘るのを待つのも、企業法務の高等戦術です。
※本記事は、架空の事例をもとに、企業法務における事実認定や交渉戦術に関する一般論を解説したものです。
実際の紛争対応や書面の作成においては、具体的な証拠状況や法的手続きの進行を考慮する必要があります。 個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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