「役員報酬を、個人の懐に入れるか、自分の資産管理会社に入れるか。単なるポケットの違いだろう?」
経営者やオーナーは、しばしば税務メリットや資金繰りの観点から、こうした
「おカネのルート変更」
を安易に提案してきます。
しかし、その
「単なる変更」
が、過去に金融庁や証券取引所に対して行った
「命がけの釈明」
を、根底から覆す“自白”になるとしたらどうでしょうか?
本記事では、目先の利益(節税・資金還流)に目がくらみ、自ら
「私は嘘つきでした」
と公言してしまいそうになる経営者を、法務担当者がいかにして止めるべきか、そのロジックを解説します。
この記事でわかること:
・「役員報酬」と「経営指導料」の決定的違いとは
・当局や取引所に対する「建前(ストーリー)」を一貫させることの重要性
・整合性を無視した「つまみ食い」が、企業の命取りになる理由
相談者プロフィール:
株式会社 アルファ・モビリティ・ホールディングス 法務部長 論理 守(ろんり まもる)
業種:自動車関連サービス(東証上場)
登場人物:権田会長(同社のオーナー会長)、マグマ・アセット(権田会長個人の資産管理会社)
相談内容:
先生、また会長が思いつきで危ないことを言い出しました。
権田会長が、自身が受け取っている
「役員報酬」
を、税金対策と資金繰りの都合で、自身の資産管理会社である
「マグマ・アセット」
に対する
「経営指導料」
という名目に切り替えて支払うよう求めてきたのです。
「どうせ最終的に自分のところに入る金だ。名目が変わるだけで会社が払う総額は同じだから問題ないだろう」
と会長は軽く考えています。
しかし、マグマ・アセットは過去の上場維持の審査において、取引所に対して
「単なる純投資目的の物言わぬ株主であり、アルファ社の経営には一切関与しない」
と明確に約束し、その建前で上場維持が認められた経緯があります。
ここでマグマ・アセットに
「経営指導料」
を払えば、過去の取引所への説明が根底から崩れてしまいます。
会長をどうやって説得すればよいのでしょうか?
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「役員報酬」と「経営指導料」の決定的な違い
論理部長、会長の言う
「単なるポケットの違い」
という認識は、法的には全くの誤りです。
「役員報酬」
は、権田会長という
「個人」
が会社の経営業務を執行したことに対する対価です。
一方、
「経営指導料」
をマグマ・アセットに支払うということは、マグマ・アセットという
「別法人」
が、御社に対して何らかの経営的関与や指導(コンサルティング業務等)を行っている、という法的な事実(外形)を作り出すことを意味します。
これは
「誰が経営に関与しているか」
という実体を根本から変えてしまう重大な変更なのです。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:当局の「お目こぼし」を無にするな
もし、御社がすでに対外的な危機を完全に脱し、取引所との関係も良好で、
「もう誰に何を言われても痛くも痒くもない」
という完全無欠の状態(危機は去ったとみる状況)なら、会社法上の利益相反取引等の問題をクリアした上で会長のワガママを通しても良いかもしれません。
しかし、
「あまり下手なことをすると、お咎めがあるかも」
という緊張関係がまだ残っているなら、答えは明白な
「NG」
です。
「節税」
や
「資金繰り」
という些細なメリットのために、企業の存立基盤である
「コンプライアンス(対外的な説明の整合性)」
を売り渡してはいけません。
モデル助言:
論理部長、会長にはこう伝えてください。
「会長、それは『法的な自殺行為』です。シグマ社は『物言わぬ株主』という約束で、今の地位にいます。ここで『指導料』を受け取れば、過去の取引所への説明がすべて『虚偽』とみなされ、最悪の場合、上場廃止基準に抵触します。税金を安くするために、会社を潰すおつもりですか?」
結論:
経営者は、数字(カネ)の計算は得意ですが、ロジック(理屈)の整合性には無頓着なことが多々あります。
過去に当局に対して行った
「命がけの釈明」
という名のストーリーは、最後まで一貫させなければなりません。
「カネのなる木」
を守るためにこそ、今はその目先の
「果実(節税メリット)」
を我慢すべき時なのです。
※本記事は、架空の事例をもとに、上場企業のガバナンスおよび開示規制に関する一般論を解説したものです。
実際の役員報酬の変更や関連当事者取引においては、会社法上の利益相反取引規制、金融商品取引法上の開示規制、および法人税法上の取扱いなど、多角的な検討が必要です。
個別の事案については必ず弁護士や税理士にご相談ください。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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