02258_企業法務ケーススタディ:契約書の「間違い探し」に命を懸けるな!_ディールを壊さない公正証書作成のサジ加減

「元の契約書と1文字でも違ったら大変だ!」
と、目を皿のようにして校正作業に没頭する法務担当者。

その真面目さと几帳面さは立派ですが、時として
「重箱の隅をつつく妖怪」
と化し、ビジネスの足を激しく引っ張ることがあります。

特に、公証役場で作成する
「公正証書」
の文面チェックにおいて、元の合意書と
「中黒(・)」
の有無や言葉の順序が少し違うだけで
「直ちに修正せよ!」
と大騒ぎするのは、果たして法務として正しい姿でしょうか。

本記事では、手形のような厳格な様式性が求められる文書と、そうでない一般文書の
「法的な温度差」
を見極め、重箱の隅をつついて取引自体をぶち壊し(ディールブレイク)にしないための、プロの
「妥協のサジ加減」
について解説します。

この記事でわかること:

・公正証書案と元契約書の「表記のブレ」にどこまでこだわるべきか
・手形・小切手の「厳格な様式性」と、一般契約書のルールの違い
・「公証人の個性」を尊重し、ディールを前に進めるためのしたたかな思考法

相談者プロフィール: 

株式会社 オービット・ファイナンシャル・サービス 法務課長 重箱 隅子(じゅうばこ すみこ) 
業種:不動産開発・プロジェクトファイナンス
相手方:株式会社 ゼノ・プロパティーズ(借主)

相談内容: 

先生、ゼノ社への大口融資について、ご相談があります。

公証役場と打ち合わせをしていた
「公正証書案」
が上がってきました。

どうも気になる箇所があるんです。

事前にゼノ社と合意済みの
「金銭消費貸借契約証書」

「返済予定表」
「物件目録」
の内容とほぼ同じなのですが、細かい表記のブレがどうしても許せません。

例えば、第6条の表題が、元の契約書では
「(期限の喪失請求)」
となっているのに、公正証書案では
「(期限の請求喪失)」
になっています。

また、第8条の表題が、元は
「(報告調査)」
なのに、公正証書案では
「(報告・調査)」

「・(中黒)」
が勝手に入っているのです!

一字一句完全に合致しないと、法的に重大な欠陥が生じるのではないでしょうか? 

公証人に
「金銭消費貸借契約証書と合致しないので、すべて完全に訂正してくれ!」
と伝えてありますが、これで問題ないですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:それは「手形」ですか?「魔法の呪文」ですか? 

重箱課長、その
「間違い探し」
の情熱は素晴らしいですが、少し肩の力を抜きましょう。

法律の世界には、手形や小切手のように
「決められた法定の要件(様式)を1文字でも間違えたり、書き漏らしたりすると、ただの紙くずになる」
という、ハリー・ポッターの魔法の呪文のように厳格な様式性を求められる世界があります。

しかし、一般的な金銭消費貸借契約やそれをベースにした公正証書は、そのような
「厳格な要式行為」
ではありません。

当事者の
「お金を貸した・返す」
という合意内容の真意が第三者から見て合理的に確定できればよく、
「・(中黒)」
の有無や
「喪失請求」
「請求喪失」
といった些末な表記の揺れ、しかも条文の本文ではなく
「表題(見出し)」
のズレによって、数億円の債権が消滅するようなことは天地がひっくり返ってもありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「公証人」という名のプライド高き職人たち 

次に相手の属性です。

公証人というのは、長年、裁判官や検察官などの法律実務の最前線を務め上げた、
「超ベテランの法律職人(大御所)」たち
です。

彼らには、長年の経験に裏打ちされた独自の文章作法や
「個性(クセ)」
があります。

「私の作った美しい文章に、小姑のように細かくケチをつけるな」
という職人気質を持っている方もいらっしゃいます。

実体的な権利義務に一切影響のない表題レベルの修正を強硬に求めすぎることは、このプライド高き大御所たちの機嫌を損ね、手続きを無用に長引かせるだけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:法務の自己満足で「ディールブレイク」を招くな 

最大の危機は、法務担当者が
「完全無欠な一字一句同じ書類」
を追求するあまり、公正証書の作成が遅れ、融資の実行が後ろ倒しになり、最悪の場合、相手方や自社の営業部門を巻き込んでディール(取引)そのものがブレイク(決裂)してしまうことです。

「重箱の隅」
にこだわった結果、会社に利益をもたらすはずの
「重箱の中身(ビジネスの果実)」
を腐らせてしまっては、法務の存在意義そのものが問われます。

モデル助言: 

重箱課長、指摘事項を伝えたこと自体は間違いではありませんが、これ以上こだわるのはやめましょう。

今回は
「寸止め」
のサジ加減を実践してください。

1 実体的な権利義務への影響を確認する 

金額、期限、利率、当事者名、担保物件の特定など、実体的な権利義務にかかわる
「数字と固有名詞」
については、1ミリの妥協も許さず徹底的にチェックします。

ここにミスがあれば大騒ぎして直させてください。

2 「意味が通じる軽微なブレ」は寛容に受け入れる 

「期限の喪失請求」

「期限の請求喪失」、
「報告調査」

「報告・調査」
といった、意味に全く影響を与えない表題レベルのズレについては、
「公証人先生の素敵な個性」
としてありがたく受け入れます。

3 「ディールを成立させること」を最優先する 

修正を依頼した結果、もし公証人が難色を示したり、
「直すなら時間がかかる」
と手続きが遅延しそうになったりした場合は、即座に矛を収め、
「では、そのまま(現状の公正証書案)で結構です」
という大人の決断をしてください。

結論: 

法務の仕事は、国語のテストで
「間違い探しの満点」
を取ることではありません。

「ビジネスを安全かつスピーディーにゴールへ導く」
ことです。

厳格な様式性が求められる部分と、そうでない部分の
「法的な温度差」
を嗅ぎ分け、ディールブレイクという最悪の結末を回避する
「大人のサジ加減」
こそが、真に頼られるプロの企業法務の姿なのです。

※本記事は、架空の事例をもとに、公正証書作成時の実務対応や契約書の文言確認における戦略的判断について解説したものです。
実際の契約の効力や公正証書の文言の解釈については、前後の文脈や具体的な取引内容により異なります。
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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