「ウチの会社にはもう、担保に出せる不動産も機械もありません。あるのは私個人が死んだときに入る生命保険くらいです」
資金繰りに窮した中小企業の社長が、苦し紛れに最後に差し出してくる
「自分の命にかけられた保険金」。
回収のプロとしては
「ならばそれを担保(カタ)にもらおう」
となるわけですが、生命保険の保険金請求権を担保に取るという作業は、単に差し出された保険証券を金庫にしまって終わり、というような単純なものではありません。
「登記」
という法人専用のファストパスは使えず、実務上の受け入れ態勢が整っていない
「譲渡担保」
という道は茨の道。
さらには、
「現在の受取人(第三者)の同意」
という厚い壁が立ちはだかっているように見えます。
本記事では、一見回収不能に見える社長個人の資産(生命保険)を、判例を慎重に読み解きながら確実な
「担保(質草)」
へと変成させる、債権質(質権設定)のテクニックについて解説します。
この記事でわかること:
・社長個人の債権には「債権譲渡登記」という便利なツールが使えない理由
・生命保険を「譲渡担保」にすることの理論的・実務的な難しさ
・「現在の受取人の同意」に関する東京高裁判決の慎重な読み解きと、実務での活用法
相談者プロフィール:
株式会社 グリード・キャピタル・パートナーズ 審査部長 取立 厳(とりたて いわお)
業種:事業者向けトランザクション・ファイナンス(事業資金融資)
相手方:融資先である株式会社 オメガ・モータースの代表取締役・車田 寅次郎(くるまだ とらじろう)、および現在の保険金受取人(車田社長の親族等の第三者)
相談内容:
先生、ちょっと生々しい相談ですが、知恵を貸してください。
融資先の中小企業社長である車田氏から、自社の資金繰りが行き詰まったと泣きつかれました。
会社の不動産はすでに銀行の抵当権でパンパン、めぼしい売掛金もありません。
しかし、社長個人で加入している死亡保険金1億円の生命保険があることがわかりました。
彼は
「これを担保にして、もう少し返済を待ってくれ」
と言っています。
保険証券を取り上げて当社の金庫に入れておけば安心かと思いましたが、受取人が
「彼の親族(第三者)」
になっているんです。
その親族は会社(オメガ・モータース)の借金など知る由もなく、担保設定のためにハンコをもらうのは至難の業です。
なんとか現在の受取人に同意を得ることなく、この社長個人の生命保険を当社の確実な担保(カタ)にする方法はないでしょうか?
最近は
「債権譲渡特例法による登記」
とか何とかいう、簡単に債権を担保にとれる便利な方法があると聞いたのですが。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「法人専用のファストパス」は社長個人には使えない
取立部長、債務者側の生命保険に目を付けるとは、さすが回収のプロですね。
しかし、ご期待の
「債権譲渡登記(いわゆる債権譲渡特例法による登記)」
という魔法のツールは、今回は使えません。
債権譲渡特例法による登記制度は、法人が持つ指名債権の譲渡等にのみ適用される
「法人専用のファストパス」
です。
今回のように、車田氏という
「個人」
が持っている保険金請求権を事実上の担保に取る場合には適用されず、このルートで第三者への対抗要件(自分が権利者であると世間に主張できるお墨付き)を備えることはできません。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「譲渡担保」という茨の道
では、
「譲渡担保(権利そのものを一旦こちらに移してしまう方法)」
はどうでしょうか。
これには
「受取人変更タイプ」
と
「契約者変更タイプ」
がありますが、どちらも理論面・実務面のハードルが高く、金融担保としては扱いにくいのが実情です。
受取人変更については、法理上、これを単純な債権譲渡とみることにはなお議論があり、また保険会社ごとの運用差も無視できません。
契約者変更についても、保険会社の承諾や所定手続が問題となり、担保実務として一直線には進みにくい場面があります。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:「債権質」の王道と「同意不要論」の射程を見極める
消去法で行くと、残るは王道中の王道、
「債権質(質権設定)」
です。
「でも、現在の受取人の同意が得られない」
と心配されていましたね。
長年、生命保険の受取人変更や死亡保険金請求権の処分をめぐっては、
「現在の受取人の同意が必要なのか」
という点について、下級審裁判例や学説の判断が分かれていました。
こうした状況の中で、東京高等裁判所平成22年11月25日判決は、他人のためにする生命保険契約のもとでも、受取人の同意がなくても死亡保険金請求権への質権設定を認め得るとの方向性を示した裁判例として注目されています。
もっとも、この判決は、受取人変更一般を正面から判断したものというより、死亡保険金請求権への質権設定の可否が争点となった事案です。
その意味では、受取人変更の問題について直ちに一般論を確定させたものとまではいえない、という理解も有力です。
「判例が出たから無条件に何でもできる」
と短絡的に断定するのは法務として危険ですが、実務上、この判決を一つの突破口(交渉のテコ)として活用し、慎重に手順を踏むことで道を開くことは十分に可能です。
モデル助言:
取立部長、判例の風を読みながら、以下の手順で社長個人の生命保険を
「質草」
に変える準備を進めましょう。
1 受取人変更または質権設定の可能性を探る
現在の受取人の同意を得ることが難しい場合でも、東京高裁判決の理屈を踏まえ、まずは保険契約者(車田氏)から保険会社に対して、受取人変更または死亡保険金請求権への質権設定が可能かどうかを確認させます。
場合によっては、受取人を
「車田氏本人(保険契約者=被保険者)」
に変更する手続き、あるいは直接、保険金請求権への質権設定を申し入れるというルートも検討対象になります。
もっとも、保険契約の内容や保険会社の取扱いによって可否は異なるため、形式的に進めるのではなく、保険会社の実務運用を確認しながら慎重に進める必要があります。
2 質権設定と「確定日付のある通知」
受取人が車田氏本人となった場合、あるいは質権設定が認められる場合には、その保険金請求権について当社と車田氏との間で
「質権設定合意」
を締結します。
そのうえで、第三債務者である保険会社に対して
「確定日付のある通知」
を行う(または保険会社から承諾を得る)ことで、保険会社や第三者に対抗できる状態を整えます。
3 保険会社の実務ルール(ローカルルール)に従う
法律上の対抗要件の中心は、質権設定合意と第三債務者である保険会社への通知または承諾です。
もっとも、生命保険の実務では、保険会社所定の書類提出や保険証券への承認裏書など、各社の運用ルールが存在します。
法務の理屈だけでなく、保険会社の運用に合わせることが大人の作法です。
保険会社所定の書類(請求書、印鑑証明書等)を提出し、保険証券に質権設定の裏書を受けたうえで、証券を当社に交付(お預かり)してもらう手順を踏みます。
これらテクニカルな手続きの詳細については、追って会議にてきっちりと詰めさせていただきます。
結論:
「無い袖は振れない」
と逃げる債務者も、法的な知見(ツール)というレントゲンを通せば、今回のように、意外なところに
「隠し資産(社長個人の生命保険)」
が見つかるものです。
使えないファストパス(特例法)や茨の道(譲渡担保)に足を踏み入れることなく、判例の射程を冷静に見極めながら
「債権質」
という王道を歩むことです。
※本記事は、架空の事例をもとに、生命保険請求権を対象とした債権担保(質権設定等)の手法に関する一般論を解説したものです。
実際の担保設定の可否や対抗要件の具備、保険会社の取扱手続については、個別具体的な契約内容や適用法令により異なります。
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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