02263_企業法務ケーススタディ:「覚えていない」は危険な一言_海外当局の尋問で崩れる“日本式の言い逃れ”

「そんな昔の話は、記憶にございません」 

日本の裁判や国会の答弁などでお馴染みの、この魔法の呪文。

日本では、これを唱えればのらりくらりと追及をかわせる便利な
「透明マント」
として機能しがちです。

しかし、海外の規制当局や司法当局の尋問において、この“日本式の言い逃れ”を使った瞬間、そのマントはあなたを重罪(偽証罪や司法妨害)という地獄へ突き落とす
「自爆スイッチ」
へと変貌します。

本記事では、証拠という地雷原の中で
「覚えていない」
という言葉がなぜ致命的なウソとみなされるのか、そして
「人類はみな犯罪者である」
という冷徹な前提に立つ海外当局の尋問ロジックと、その防衛術について解説します。

この記事でわかること:

・「記憶にない」という日本式メソッドが、海外当局には「虚偽の疑い(偽証)」と直結する理由
・海外当局の「悪意の推定」と、矛盾を突いて相手を絡め捕る証拠包囲網の恐ろしさ
・尋問の場で矛盾を突かれないための、記憶の空白や「勘違い」を埋める正しい“大人の説明作法”

相談者プロフィール: 

株式会社 ライフサイエンス・イノベーション 代表取締役会長 長寿 健太郎(ちょうじゅ けんたろう) 
業種:先進医療機器の開発・製造・海外販売
相手方:米国司法省(DOJ)および証券取引委員会(SEC)

相談内容: 

先生、当社が米国で展開している現地法人の取引に関して、米国の司法省から事情聴取(デポジション)に呼ばれてしまいました。 

どうやら、10年前の現地担当者の不適切なリベート供与(FCPA:海外腐敗行為防止法違反の疑い)や、それにまつわる社内メールのやり取りが問題視されているようです。 

しかし、私は会長として日々膨大な決裁をしており、10年前のいち現地法人の細かいメールや契約のことなど、正直なところ全く覚えていません。 

日本の裁判では、
「昔のことなので記憶にない」
「担当者が勝手にやったことで私は知らない」
と言えばそれ以上追及されませんよね?

海外でも、同じように
「覚えていない」
と突っぱねて堂々と対応すれば問題ないでしょうか?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「ウソつき天国」の日本と、「ウソ=即ムショ行き」の米国 

長寿会長、その
「日本式の言い逃れ」
を海外の尋問で使えば、あなたは生きて帰れないかもしれません。

日本の裁判実務や公証実務では、宣誓した上でのウソ(偽証)が厳しく刑事罰に問われることは稀であり、ある意味で
「ウソに寛容な国(ウソつき天国)」
です。

しかし、米国など海外の公的手続では全く異なります。

宣誓下でのウソは、司法への重大な挑戦(偽証や司法妨害)として、シビアな刑事罰(刑務所行き)や巨額の制裁金が科せられます。

日本のムラ社会の感覚で
「覚えていない」
「知らない」
と安易に答えることは、致命的です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「人類は2種類しかいない」という悪意の推定と証拠の罠 

海外の規制当局(検察機能を併せ持つ機関)は、日本の
「お白州」
のような甘い場所ではありません。

彼らは、
「人間には2種類しかいない。すでに罪を犯した人間と、これから罪を犯す人間だ」
という強烈な
「悪意の推定」
を働かせてあなたに対峙します。

自白を重視する日本とは異なり、彼らは客観証拠から大胆に犯人性を認定します。 

そして何より恐ろしいのは、彼らは尋問の前に、ディスカバリー(強制的な証拠開示手続)等によって、社内メール、メモ、決裁書といった
「客観的証拠」
を山のように押さえているという事実です。

あなたが
「10年前のことなど覚えていません」
と答えた直後、彼らはニヤリと笑って
「では、このあなたのサイン入り承認メールは何ですか?」
と証拠を突きつけてくるでしょう。

その瞬間、あなたの回答は
「記憶違い」
ではなく
「悪質なウソ」
と認定され、証言全体の信用性が完全に崩壊します。

「ウソをついた=悪性が高い=嫌疑行為を組織ぐるみで行っているはずだ」
と一網打尽にされるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:「複雑な実体」を論理で埋める 

では、本当に記憶がない場合や、勘違いしていた場合はどうすればいいのでしょうか。 

ただ
「記憶にない」
と突き放すのはNGです。

記憶にないなら、
「なぜ記憶にないのか」
を客観的かつ合理的に説明しなければなりません。

たとえば、海外当局は
「長寿会長の了解がなければ鉛筆一本買えない独裁体制だ。だから子会社の担当者の不正は会長の責任だ」
と強引な論理で結びつけようと思い込んでいる可能性があります。

それに対しては、
「日本の株式市場で上場を維持するため、当社は取締役会による厳格なガバナンスが機能しており、会長は大所高所から助言する役割に過ぎず、個別の執行権限はないし、指揮命令系統にも入っていない」
という
「複雑で誤解を招きやすい実体」
を、客観証拠と矛盾しない形で丁寧に説明し、相手の思い込みを解きほぐす必要があります。

モデル助言: 

長寿会長、日本の常識は太平洋を越えた瞬間に通用しなくなると肝に銘じてください。

以下の戦略で尋問(デポジション)に臨みます。

1 「記憶にない」と単発で逃げるのは絶対禁止 

本当に覚えていない場合でも、思考停止して
「覚えていない」
と逃げるのは危険です。

「なぜ覚えていないのか」
「どの範囲なら記憶しているのか」
を、自身の役職や組織の規模、当時の状況を踏まえて具体的に説明し、虚偽の疑いを差し挟む余地をなくしてください。

2 客観証拠との矛盾を徹底的に避ける 

事前に提出されているメールや証拠資料と矛盾する証言は、即座に
「偽証」
の烙印を押されます。

証拠を突きつけられた際の
「合理的な文脈(手違いや勘違いが生じたもっともらしい理由)」
を、事前に現地の弁護士等と徹底的にリハーサルして準備します。

3 「逆ギレ」や「感情論」は百害あって一利なし 

「噂や憶測で裁くのか!」
「人種偏見だ!」
といった逆ギレ戦術は、理論上は存在しても、実務上は当局全員を敵に回す自殺行為になりかねません。

相手の
「矛盾を突く罠」
を冷静に回避し、淡々と事実と理由を述べることに徹してください。

結論: 

「覚えていない」
という一言は、日本の法廷では便利な
「透明マント」
かもしれませんが、海外当局の尋問においては、あなた自身の信用を粉々に打ち砕く
「自爆スイッチ」
に他なりません。

圧倒的な証拠を隠し持ち、矛盾を虎視眈々と狙う海外当局の前では、曖昧な言い逃れは一切通用しません。

グローバル・スタンダードの尋問対応とは、記憶の空白すらも論理的かつ合理的に説明し尽くす、緻密で隙のない防衛戦略なのです。

※本記事は、架空の事例をもとに、海外規制当局の調査や尋問(デポジション等)における実務対応や法的リスクに関する一般論を解説したものです。
実際の各国の法令適用、規制当局による調査の手法や偽証に対する制裁の内容については、国や地域、個別具体的な事実関係により大きく異なります。
個別の事案については必ず海外法務に精通した弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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