今現在、対象となるモノを物理的に握っている
「占有権(既成事実)」。
実は、契約書がない泥沼のトラブルにおいては、これが最強の防衛兵器になります。
「言った、言わない」
のトラブルにおいて、契約書という強力な武器がない場合、どうやって戦えばよいのでしょうか?
特に相手が弁護士でもない代理人を立てて理不尽な要求を突きつけてきたとき、真面目な経営者ほど
「なんとか法的に白黒つけなければ」
とパニックに陥り、自ら城の門を開け放ってしまいがちです。
本記事では、
「占有に九分の利あり」
という法格言を要塞として、現状を変えるための労力やコストをすべて相手に押し付けるタフな持久戦の極意と、代理人を排除してトップ同士の直接交渉に持ち込む
「ビジネスマター」
の使い分けについて解説します。
この記事でわかること:
・「占有に九分の利あり」——現状を維持し、モノを握り続けることの圧倒的優位性
・相手に「現状を変えるための労力(訴訟等のアクション)」を全額負担させる持久戦の極意
・間に立つ人間(税理士等の代理人)を排除し、トップ同士の直接対話で妥協点を探るビジネス的解決法
相談者プロフィール:
株式会社 アーバン・オアシス・クリエイションズ 代表取締役 茶山 淹人(ちゃやま いれと)
業種:コンセプトカフェの企画・店舗運営
相手方:有名現代アーティスト「M氏」、およびM氏の代理人と名乗る税理士
相談内容:
先生、無名時代からパトロンとして支援してきた現代アーティストのM氏とトラブルになっています。
当社は彼を支援するため、店内で彼のアート作品を展示し、彼と共同でワークショップも開催してきました。
契約書なんて野暮なものはなく、すべてお互いの信頼関係に基づく口約束でした。
ところが彼が売れっ子になった途端、彼の代理人と名乗る
「税理士」
から突然、
「作品を全部今すぐ返せ」
「今後のワークショップの条件も全部変えろ」
と一方的にメールで文句を言ってくるようになりました。
契約書がない以上、彼の言う通りに作品を壁から外し、ワークショップも中止して、すごすごと撤退するしかないのでしょうか?
悔しくて夜も眠れません!
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「占有に九分の利あり」——動かないことこそ最強の防御
茶山社長、相手の口頭での文句に焦って、慌てて作品を壁から外す必要はありません。
契約書がない
「言った言わない」
の泥沼状態において、法務的に最強のカードは
「今、現実にモノを握っていること(占有していること)」
です。
「占有に九分の利あり」
という言葉があるように、今そこにある現状(作品を展示している状態)を法的に覆して強制的に回収するためには、相手は裁判所に訴えを起こし、多大な時間と費用とエネルギーという
「血の汗」
を流さなければなりません。
「文句は一切聞かず、そのまま続ける」
という徹底した静観の構えこそが、相手の力を削ぐ最強の要塞になるのです。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「現状を変える努力」をすべて相手に負担させる持久戦
これを
「法律問題」
としてドライに処理するなら、
「現状を変えるための労力」
をすべて相手に押し付けましょう。
相手がギャーギャー騒いでも、こちらは
「当初の約束はこうで、話が違う」
と平然と抗弁し、相手が積極的なアクション(訴訟など)を起こすまで、一切現状を変えないのです。
相手も、かつての恩人であるパトロンを訴えるような真似をすれば、
「売れた途端に恩を仇で返した」
と悪評が立ち、外聞もよくありません。
この
「訴えるのは面倒くさいし、社会的リスクが高い」
というプレッシャーがボディーブローのように効いてくれば、相手が折れて交渉環境が有利に好転する可能性が十分に期待できます。
また、相手の協力が必要なワークショップについては、
「M氏の都合によりキャンセル」
と堂々と告知し、責任を綺麗にM氏に被せる形で無期限停止にしてしまえばよいのです。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:代理人を排除し、トップ同士で「ウィンウィン」を探る
一方で、この件を
「ビジネスマター」
として大人の解決を図りたいのであれば、アプローチは異なります。
現在、間に入っている
「税理士」
は、自分の立場や面子でものを言うため、いたずらに話をややこしくしている元凶である可能性が高いです。
本当に双方にとって利益のある
「ウィンウィン」
の着地点(妥協点)を見つけるには、間にいる余計なノイズを排除し、当事者本人同士が直接膝を突き合わせて話し合うことが第一です。
もし、それで直接対話が成立しない、あるいは決裂した場合には、再び前述の
「法律問題(圧倒的な占有状態を盾にした持久戦)」
に移行すればよいだけです。
モデル助言:
茶山社長、相手の代理人の強気な言葉に怯む必要はありません。
以下の二段構えで対応します。
1 まずは「ビジネスマター」として直接対話を試みる
間に入って話をこじらせている代理人(税理士)を排除し、M氏本人との直接対話の場を設けます。
かつてのパトロンとしての情とビジネスの合理性に訴えつつ、妥協点を探ってください。
2 対話が決裂すれば、「法律問題」としての持久戦へシフト
もし話が通じなければ、
「占有に九分の利あり」
を最大限に発揮します。
相手の口頭での要求は完全無視。
作品は展示し続け、ワークショップは
「M氏都合により中止」
と告知し、相手が根負けするか、あるいは面倒な訴訟を起こしてくるまで、一切現状を変えない
「タフな静観」
を貫きます。
結論:
契約書なき泥沼トラブルにおいて、相手の威勢のいい口車に乗せられて、自ら
「モノ」
を手放してしまうのは、戦争において自ら城の門を開け放つような愚行です。
「現在モノを握っている」
という既成事実(占有)は、相手に
「それを奪い返すための途方もない労力」
を強いる強固な要塞です。
間にいるノイズ(代理人)を排除し、対話を試みつつも、いざとなれば
「訴えるなら勝手にどうぞ」
と城に立てこもる。
この
「動かない強さ」
と
「持久戦の覚悟」
こそが、不条理な要求を跳ね返すための最強の企業法務戦略なのです。
※本記事は、実際の内部相談記録をもとに、契約書が存在しないトラブルにおける占有の優位性や交渉のセオリー(当事者間交渉と法的静観の使い分け)に関する一般論を解説したものです。
実際の返還義務の有無や交渉戦術の適否は、当事者間の合意内容や個別具体的な事実関係により大きく異なりますので、必ず弁護士にご相談ください。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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