企業経営者の中には、性善説に立ち、
「社内外の人間をとことん信じるぞ」
と公言される方もいますが、このような企業の命脈は長くないと考えられます。
昭和の時代の産業社会は
「顔なじみ」
しかしない牧歌的なムラ社会であり、信頼こそがムラ社会の唯一の秩序基盤であり、ムラの長(監督官庁)や庄屋(業界団体の顔役)がムラの秩序に睨みを効かせていました。
ムラの民は、お互いを信頼していれば、楽しく生活ができていました。
ところが、規制緩和が行われ、外資や新規ベンチャーの参入が促され、談合は徹底的に排除されました。
これにより、ムラの秩序は根底から崩壊したのです。
「阿吽の呼吸」
を相手に期待していると、問答無用で斬って捨てられる。
そんな仁義なき競争社会に突入したのです。
これは、社外はおろか、社内でも同様です。
今の時代、
「会社はファミリー、社員は家族、みんな仲良し。ウチの家に限って、非常識な人間はおりません。細かいルールや堅苦しい誓約書など一切不要です」
なんてやっている企業は、内側から崩壊します。
企業機密をきちんと管理しておかないと、社内からどんどん社外流出してしまいます。
労働時間管理や残業処理をいい加減にしていると社内の従業員から労働基準監督署に通報されてペナルティ込みの多額の残業代の精算を求められます。
さらには、下手に首を切ろうものなら、たちまち合同労組に駆け込まれて赤旗が立ちます。
万事こんな具合ですから、社内の人間すら誰も信頼できないです。
というよりも、そもそも会社の経営者たる者、誰も信頼してはいけない、という状況になっているのです。
相手ときちんとした信頼関係を築きたいのであれば、相手を信頼するのではなく、とことん相手を信頼せず、裏切らないような文書の担保をいちいち取っておくことが求められる。
悲しいかな、これが現在の資本主義社会の現実なのです。
かつて筆者のクライアントであった方で、
「人を信じないのであれば生きている意味はない。先生がどのような見立てを立てようが、私は、最後まで人を信じる。それで会社がつぶれたら仕方がない」
という趣旨のことをおっしゃっていた社長が3人ほどいらっしゃいました。
そのうち1人の社長は、役員全員からの裏切りに加え、依頼した弁護士にまで裏切られ、長年続いてきた会社を破綻させることになりました。
もう1人の社長は、後継社長や彼が連れてきた弁護士から裏切られ、知らない間に法的整理を申し立てられた挙げ句、特別背任で刑事告訴までされるという目に遭いました。
最後の社長は、会社を破綻させるまでには至りませんでしたが、投資ファンドが連れてきたコンサルタントにいいくるめられ、実体がない20億円もの借財を承認する文書にサインさせられ、あやうく会社を潰しそうになりました。
いずれの社長も、人を信じることが大好きな方で、弁護士の過酷で不愉快な状況認識よりも、自分の希望的観測に依拠して大きな失敗をしてしまった方々です。
客観的情報の収集とこれらの多面的分析を軽視し、戦理を無視した杜撰な戦略と主観的精神力だけで乗り切ろうとして太平洋戦争において日本軍は無残に敗戦しました。
このように、
「自分を強く信じるあまり大失敗した例」
は歴史上枚挙に暇がありません。
近代哲学の巨人ルネ・デカルトは
「我思う、故に我あり」(cogito, ergo sum.英語では「I think, therefore I am.」)
という名言を残し、
「懐疑をするのが人間の本質である」
と喝破しました。
この名言は
「『一切の疑問をもたずひたすら信じること』が是とされた中世社会」
から近代社会へ脱皮するスピリットを体現したものですが、まさしく
「考えることは疑うことであり、信じることは考えないこと」
なのです。
会社を潰してしまう牧歌的性善説に依拠する経営者は、相手や身内に裏切られ、どうにもならなくなった状態に陥ってから
「まさかそんなことがあるとは思っていなかった」
「現場を信じていたのに裏切られた」
などといいます。
しかし、デカルトの言を前提とすると、疑うことを第2の天性とすることこそが知性の証であり、
「信じる」
という言葉を多用する人間の知的レベルは無知蒙昧な中世の民と同じといわざるを得ません。
いずれにせよ、
「信じる者は救われない=信じるものは足すくわれる」
というのが現在の産業社会のルールであり、このルールに反するマインドや哲学をもつ企業や経営者は、早晩、身を滅ぼすことになる可能性が高いといえます。
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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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