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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」、特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)
相談内容:
鐵丸先生~いやー困っちゃいましたよ~。
以前うちに通ってた患者さんが、うちのせいで肩が固まったとか言って金払えってきたんですよ。
数ヶ月前のことですが、肩が痛いっていうお客さんが来たんですよ。
「どうしたの?」
って聞いたら、
「昨日寝返りを打ったときに痛みが発生した」
っていうもんだから、筋肉を緩めた状態とそのままの状態、動かしたときの状態触診したんですよ。
私もこの道長いですから、触ったらピーンときましたよ。
「これは寝返りによる捻挫だな」
って。
患者さんは、なんだか前に整形外科で五十肩だって言われたとかなんとか言ってたけど、
「こりゃ捻挫に間違いないっしょ!」
ってことで、五十肩は無視して、バイターっていう器械で肩周りをあたためて、筋肉が緩んだところにマッサージをする!
これが1番ですよ!
それでも、かなりの痛みを伴っているようだったので、できれば会社を休むようにいったんだよね。
でも、患者さんは忙しいから休めないって言ってて。
まぁ仕方がないけどね。
それで、3カ月くらい通ったんだけど、痛みが増したとか言うから、
「ほらね、僕の言う通りに仕事を休んで安静にしないからだよ」
って言ったらやっと、三角巾で固定して、仕事を休んで安静にしてたの。
そんな状態で1カ月近く、5、6回来てたかな。
徐々に良くなってたんだよ。
だけどね、その患者さんがその後、病院に行ったら
「凍結肩」
って診断されたらしく、僕の治療が悪かったから
「凍結肩」
になったんだって言うですよ!
仮に、僕の治療が功を奏さなかったとしても、その患者さんが
「凍結肩」
になったのは、もともと患ってた
「五十肩」
が原因で、僕が行った治療によって
「凍結肩」
になったわけじゃないんですよ!
僕と凍結肩は無関係なんですよ!
それなのに金払えなんておかしいでしょ?!
モデル助言:
なるほどなるほど。
確かに、池井毛さんの言うとおり、池井毛さんの治療が原因でその患者さんは
「凍結肩」
になったわけではないかもしれません。
しかし、その患者さんは池井毛さんのところに来た時は、
「病院で五十肩といわれた」
と言っていたんですよね?
「五十肩である」
という申告を受けたにもかかわらず、
「捻挫」
と判断し、治療院で施術を続けた柔道整復師に対し、
「しかるべき整形外科医師の診療を受けるよう転医を働きかける契約上の義務」
に反するとされた裁判例(平成20年6月26日、広島高等裁判所判決)があるんです。
この裁判例は、患者さんが
「前日寝返りを打ったときに痛みが発生した。動かすだけでも痛い」
と訴えて治療院に来院されました。
その際、患者さんは、整形外科で五十肩と診断されて運動療法を受けていたことは話したものの、その経緯等については詳しく話さなかったそうです。
そこで、その先生は、今回の池井毛さんと同じように、触診の結果、
「捻挫」
と判断して、マッサージ後、安静にするように指示したそうなんです。
その後、その患者さんは、4カ月程月に1度、その柔道整体師のもとに通院したそうなんですが、症状は悪化し、物も持てないくらいの痛みが発生するようになってしまったので、その先生は三角巾で固定して安静にするように指示したそうです。
その患者が整形外科でもう一度診察してもらったところ
「凍結肩」
であると診断されたのです。
この裁判例では、
1 肩の痛みは五十肩が原因であったこと
2 患者が病院で五十肩と診断されたことを告げていることから肩の痛みは五十肩が原因であることを認識していたこと
3 2カ月程度施術をしても症状に悪化がみられることからもはや自らの施術の権限外であることを十分認識し得たと言えること
から「整形外科の診療を受けるよう転医を働きかける義務があった」と判断されたのです。
資格をもって治療院を運営している以上、患者さんに最も適切な施術を行わなければなりません。
「これは自らの施術の権限を越える」
と少しでも感じたら、
「お医者さんにも診てもらった方がいいですよ」
と助言してあげた方がいいでしょう。
まぁ今回の場合、池井毛さんは、
「五十肩が原因かもしれない」
とは毛頭思わなかったのかも知れません。
しかし、前述の裁判例においては
「五十肩が原因であると分かっていながらも、柔道整復師が自らの施術の範囲内であると装うため『捻挫』と診断書に記載した」
とも判断されていることから、池井毛さんの今回の事例おいても同様に判断されかねません。
ここは、丁重に謝罪した上、お見舞い金としていくばくかのお金をお支払いし、こっそり示談にした方が無難ですね。
相手が裁判を起こして、裁判所において
「転医を働きかける義務違反があったのにこれに違反した」等
と判断されたら、池井毛治療院は
「適切な治療の判断をできない治療院」
「藪治療院」
というレッテルを貼られ閑古鳥となってしまいます。
経験に過剰な自信を持ちすぎて、絶対おれが直してやる! と息をまかずに、もしかしたら施術の範囲外かも……と思ったら、
「お医者さんにも行ってみれば?」
と一言声をかけてあげましょう。
転医をお勧めするのも治療院の立派なお仕事ですよ。
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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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