皆さん、お手洗いに行ったら、必ず、拭くべきところを拭き、流すべきものを流し、手を洗い、身だしなみを整えてからお手洗いから出てこられると思います。
たとえ、用足しの途中に、重要な電話がスマホにかかってきて、一時中断となったとしても、この手続を省略して、何も体裁をほどこさずに、電話をしながらお手洗いを出て、歩きながら電話をしている人はまずいらっしゃらないと思います。
もし、そういう方がいれば、間違いなく警察か、精神病院のご厄介になっているはずです。
このように、何か着手して、それを、本来の形で終わる場合はもちろんのこと、不本意あるいは想定外の形で失敗が確定したり、一定期間休止することになったりといった形で、プロジェクトの進行が見込めなくなった場合、結果であれ、途中経過であれ、きちんと総括しておくのは、お手洗い後にきちんと後処理ないし身だしなみを整えるのと同様、非常に重要なことです。
ところが、実際の産業社会には、かなりだらしない行動が横行しており、
「お手洗いに行っても、そのまま放置し、手も洗わず、身だしなみも整えないで出てくる」
といった形で、プロジェクトを放置する方がかなりの割合でいらっしゃいます。
プロジェクト終了想定期限がきたら、あるいは見極めをすべきタイミングとなったら、まずは、総括をすべきです。
目的全部達成、一部達成、修正された目的達成であれ、
失敗・諦め・撤退という無様なものであれ、
結末を総括しなければなりません。
よくいわれる、
PDCAサイクル(plan-do-check-act〔ion〕 cycle)、
すなわち、
Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act〔ion〕(改善)の、
C(評価)項目の実施をきちんとすべき、というお話です。
このPDCAサイクルが重要であるというメッセージは、業務を継続的に改善していくというルーティンにもあてはまりますが、M&Aのような
「ルーティンの要素がない、チャレジングな新規プロジェクト」
も同様です。
もちろん、目的が想定どおり、期限内に全部達成されれば、総括など不要です。
しかし、世の中そう甘くありません。
M&Aや新規事業立ち上げのような
「ルーティンの要素がない、チャレジングな新規プロジェクト」
については、想定通りの完全なゴール達成に至る方が稀で、
一部しか達成できなかったり、
当初想定と全く違った奇形的な形でなんとか採算が取れるようになったり、
失敗・諦め・撤退という悲惨な結末を迎えることになったり、
というミゼラブルな状況に陥る割合の方が圧倒的に高いものです。
特に、プロジェクトの責任者や担当者は、失敗の露顕を恐れ、失敗が露顕するにしてもなるべく遠く遅くしようという組織人としての防衛本能に抗えず、失敗が現実のものとなることが確定してもとりあえず、総括せず、ずるずると続ける、そんなバイアスが強烈に働きます。
その結果、泥沼に引きずり込まれても、
「そのうち天佑がある」
という意味不明で身勝手な妄想で、事態打開を神に祈りつつ、損害を拡大します。
日本の組織の構成員のメンタリティーは、先の大戦におけるインパール作戦の頃から、あまり変わっていません。
いずれにせよ、良き結果に限らず、失敗やデッドロックといった無様な帰結であれ、重要な中間事象であれ、適時適切に、バイアスを交えず、正しく総括をして、無駄な追加資源投入を阻止し、プロジェクトの正式なギブアップや、より状況に合理的に即応したゲーム・チェンジを行うタイミングを早めるべきです。
M&Aにとどまらず一般のプロジェクトについて適用される範囲にまで話が広がったため、長くなりましたが、以上が、
「M&A成功のための必須アイテム(A)~(C)」
の最終項目である
「(C)全体的な戦略の合理性」の全容
です。
そして日本の企業の多くは、M&Aが下手くその中の下手くそで、その理由が、
(A)現実的な投資回収シナリオが機能する適正な買収価格あるいはこれを達成するためのハードな交渉、
(B)PMI(ポストマージャーインテグレーション。M&A後の統合実務)による円滑な経営統合作業、
(C)全体的な戦略の合理性、
という知見ないしスキルの欠如に基づくことが原因である(あるいはそもそもこのような知見ないしスキルの存在すら知らないので、無知ゆえに実装の前提を欠くことも含む)、と申し上げました。
「人的資源(相応の知識と経験をもつ経営トップ及び実務遂行部隊)を含むリソースが十分な企業が、『1万円札を3000円』で買うような有利なディールに取り組む」
といった形で合理的で戦略的に行うならともかく、
「知識も経験もなく、本業自体がうまくいかず、苦境に喘いでいる企業」
が、アドバイザーという名の
「ブローカー」
の口車に乗せられて、一発逆転を狙いM&Aマーケットという
「鉄火場」
に乗り込み、身ぐるみ剥がれて死期を早める例が多くみられます。
「知識も経験もなく、本業自体がうまくいかず、苦境に喘いでいる企業」
というのは、ほぼ100%、これら(A)~(C)の知見ないしスキルがないわけですから(このようなスキルがあれば、そもそも、本業不振といった鈍臭い状況に陥らないと思われます)、
「そのような知見ないしスキルが成功に必須のアイテムであるM&Aというプラクティス」
をおっぱじめて、これで挽回しよう、という考え自体がかなり常軌を逸しているのです。
初出:『筆鋒鋭利』No.127、「ポリスマガジン」誌、2018年3月号(2018年3月20日発売)
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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