02150_非公式な話を公式に流されないために、弁護士ができること_情報戦時代の名誉と信用

たとえば、こんな場面を想像してみてください。

あなたのもとに突然、記者から一本の電話がかかってきます。

「そちらの報酬について、不当な要求があったと、当事者の方からうかがっているのですが……」

耳を疑うような内容です。

(そんな話は聞いていない。事実無根。むしろ円満に話が進んでいるはず――。)

ところが、あなたの名を挙げて、そのような発言が記者に伝わっているというのです。

弁護士にとって、もっとも慎重であるべき情報が、外部の口から逆流してくる。

このようなとき、弁護士は、どうふるまうべきなのでしょうか。

引き継ぎの最中、舞い込んできた“記者の言葉”

ある事件で、依頼者が顧問弁護士を辞任させ、後任として著者に白羽の矢が立ちました。

引き継ぎの最中、前任の弁護士から、著者に連絡がありました。

取材記者から、思わぬ発言を伝え聞いたというのです。

「本日、●●社の○○なる記者から、当職の弁護士報酬に関し、依頼者氏が、当職らから不当な要求を受けているなどと述べられた旨聞きました。
少なくとも現在は円満な解決に向けて先生と協議をしている中で、依頼者氏においてそのような対応を取られることについては、甚だ遺憾です。
適切な対応をお願いしたく存じます」
という連絡でした。

前任の弁護士としては、抗議をするべきか、静観するべきか、判断に迷ったことでしょう。

(いったい誰が、何を、どこまで話したのか・・・。)

言葉の断片だけが、記者を通じて逆流してくるのです。

弁護士としての限界と割り切り

著者としては、こう返答するしかありませんでした。

「下記ですが、依頼者氏がメディアその他の第三者にどのような対応をするかについては、我々が関知するものではないと考えておりますし、関知することもできません。悪しからずご了承ください」

情報というものは、完全にコントロールできるものではありません。

特に、当事者が
「話したつもりはない」
と言っている場合、真相の特定は難しいものです。

たとえ事実誤認であったとしても、報道された時点で名誉は損なわれてしまいます。

そして、否定すること自体が、火に油を注ぐ結果になることもあります。

なぜ“情報”が外に出るのか

そもそも、なぜこのような情報が“外”に出るのでしょうか。

著者の経験則として、背景には当事者(今回の場合だと依頼者)の
「心の揺れ」
があると考えています。

依頼者は、メディアに話すつもりはなかったのかもしれません。

しかし、ちょっとした一言が、記者には“裏話”として聞こえてしまう。

あるいは、まったく別の第三者が、伝聞を
「さも本人の言葉のように」
語った可能性もあります。

これは、弁護士であるならば、また事件が大きければ大きいほど、誰にでも起こり得ることです。

非公式な話”が公式に響く時代に

こうした“情報の歪み”に備えるには、交渉や協議のプロセスを、
ミエル化・カタチ化
しておくしかありません。

「言った・言わない」
「伝えた・伝えていない」

そうした水掛け論を避けるためにこそ、やりとりの前提と立場を、あらかじめ文書にしておくことが必要です。

「非公式な話」
がいかに公式に響くか――。

現代の法務担当者にとって、これはもはや常識に近いといえるでしょう。

弁護士が信頼を損なうのは、契約違反をしたときだけではありません。

それ以上に、
「誤解を与えた」
と感じさせたときに、信用は音を立てて崩れていきます。

だからこそ、たとえ協議の最中でも、報酬、交渉経緯、役割分担を丁寧に言語化しておくことが求められます。

言わずもがなですが、口頭の了解も、後から文書で裏打ちしておくことが重要です。

一言”に耐えるための地味な備え

「先生のところ、報酬でもめてるらしいですね」
そんな一言に、耐えうる準備をしておくことです。

たとえば、
・協議の場で取り交わしたやりとりの概要を、メールや議事メモとして残しておくこと
・報酬に関する合意内容を、口頭ではなく書面で明文化しておくこと
・相手の文面が急にそっけなくなったり、語調に違和感を覚えたときには、あえて電話で確認し、感情のずれを整えておくこと
・依頼者の発言に“トゲ”を感じたら、面談の場を設けて、表に出ない不満や誤解を早期にほぐしておくこと
・万が一のメディア対応に備え、社内の広報担当とも情報整理の準備をしておくこと

こうした“地味な手当て”が、あとで効いてくるのです。

そうした備えを、どんなときでも怠らない。

それが、法務のプロフェッショナルに求められる
「ぶれない姿勢」
すなわち、“地味でも続ける”“目立たなくても揺るがない”という意味での姿勢だと、著者は考えています。

そしてもうひとつ。

情報の波を前にして、感情的にならないことです。

怒りたくなることがあっても、反射的に動かず、
「静かに、強く、きっちりと」
対応すること。

それこそが、信用を守る、もっとも実務的なふるまいではないでしょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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