「研修はしました」
トラブル発生後に、そう釈明されることがあります。
確かに、企業として必要な研修を実施していた。
受講記録も残っているし、社内メールでも周知済み。
それなのに、なぜ起きたのか──
答えは、はっきりしています。
それは
「研修“だけ”で済ませてしまった」
からです。
研修は、実施すること自体が目的ではありません。
その内容が、現場で機能すること。
言い換えれば、
「実効性」
と
「定着度」
が伴って、はじめて意味を持つのです。
にもかかわらず、
「研修した=十分やっている」
という空気が、あたかも
「責任を果たした」
という錯覚を生みます。
しかし、それはまさに
「感覚による安心」
であり、
「構造による安全」
とは言えません。
ではなぜ、研修の成果は、効かなくなるのでしょうか。
形式と内容の「乖離」
ある企業で、労務トラブルが発生した事例があります。
就業規則に反する対応が現場で繰り返されていたのです。
けれども、その企業は数ヶ月前に
「就業規則改定研修」
を実施しており、参加率は9割を超えていました。
問題は、研修で扱った内容が
「理解されたかどうか」
「現場で運用されていたか」
の検証が、いっさいなされていなかったことです。
研修資料は配られていた。
講師の説明も丁寧だった。
それでも、現場に根づいていなければ、それは単なる
「儀式的なイベント」
にすぎません。
制度がどれほど整っていても、現場の手順や判断がそれに合致していなければ、組織全体としては
「遵守していない」
のと同じなのです。
「知っていた」と「できる」は違う
企業法務において重要なのは、
「知っていたか」
ではなく
「できるようになっていたか」
です。
たとえば、内部通報制度。
制度の存在は、誰もが知っている。
けれども、実際に通報があったとき、
受け手がどう対応するのか。
通報者がどう守られるのか。
これらが現場レベルで“再現可能”でなければ、制度の存在自体が形骸化していきます。
要するに、研修とは
「初期条件」
にすぎません。
その内容が、日々の実務に接続され、かつ継続的にアップデートされているかどうか。
つまり、
「知っている」が「できる」に変わっているかどうか。
そこにこそ、「研修をやった意味」が、本当に問われるのです。
「受けたかどうか」ではなく「活用されているか」
研修履歴は、ある意味で“最低限”の証拠です。
法務の観点から問われるのは
「その研修の効果が、組織の中でどう活かされていたか」
ということなのです。
たとえば──
・研修内容が業務手順書に反映されているか
・マニュアルやFAQに落とし込まれているか
・受講後に現場でミスが減っているか
・内容理解の再確認やテストが実施されているか
これらを記録として残しておかない限り、外部からは
「やった証拠があるだけ」
に見えます。
むしろ、
「研修をしたのにミスが続いている」
という状況では、企業の体制に対する不信感さえ招きかねません。
研修の“ミエル化”と“カタチ化”
では、どうすれば研修の成果を「効く」ものにできるのか。
答えは、これまでと同じです。
つまり──
「ミエル化」
「カタチ化」
「言語化」
「文書化」
「フォーマル化」
この5つを、研修という“教育プロセス”にも適用することです。
たとえば:
・研修後アンケートに、業務改善提案欄を設ける
・研修内容に関する現場観察を定期的に実施する
・年次評価の中に「研修内容の活用状況」を組み込む
・研修フォローアップとして、現場でのOJT計画を策定する
・「研修を受けたこと」ではなく、「できるようになったこと」を評価対象にする
こうして初めて、研修が単なる“儀式”から、組織を動かす“仕組み”へと変わります。
「やったかどうか」ではなく、「備えていたか」
事故が起きたときに本当に問われるのは、
「そのリスクにどう備えていたか」
という一点なのです。
「どのような周知・訓練をしていたか」
その周知・訓練は、実効性をどう担保していたか」
この問いに、
「一斉研修をしました」
「説明会を開きました」
では通用しません。
必要なのは、
「その研修をもとに、現場の行動がどう変わったか」
を示せる構造です。
つまり、問われるのは
「研修をやったかどうか」
ではなく、
「それによって何が変わったか」。
そこにこそ、リスク管理の本質があるのです。
感覚から構造へ
本シリーズで繰り返し述べてきたように、組織の安全は
「感覚による安心」
ではなく、
「構造による安全」
によって支えられます。
社員教育の一環としての研修も、例外ではありません。
・内容の伝達
・理解の確認
・実務への反映
・再現性のある手順化
・振り返りと改善サイクル
結局のところ、研修とは
「構造の中で機能してこそ」
意味を持つものであり、
「構造としてどう根づかせるか」
が問われているのです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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