「修正申告=正しい対応」とは限らない
税務の世界には、誤りを正すための
「修正申告」
という制度があります。
たしかにこれは、制度として当然のものと言えるでしょう。
実際、多くの企業が、税務署から指摘を受けては、すぐに修正し、納税し直しています。
ところが、そこには落とし穴が潜んでいます。
そもそも修正申告とは、あくまで
「自発的な訂正」
として扱われるものです。
税理士や会計士の指示に従って修正申告を行ったはずなのに、あとになって
「これは自白だ」
「認識があった」
と見なされてしまうことが、実際にあります。
問われているのは、単なる税務処理の是非ではありません。
「副業」のつもりが“隠ぺい”と見なされたケース
あるIT系の受託開発会社は、創業当初こそ社長(エンジニア)と共同経営者、デザイナーの3名体制でしたが、法人との契約案件を軸に事業を拡大し、次第に社内外のエンジニアを数多く抱えるまでになっていきました。
そして、社内ではリソースのやり繰りに追われるほどの状況となっていたのです。
一方で、創業当初の収益を少しでも補おうと、エンジニアのノウハウを活かして立ち上げた
「広告収益型の副業サイト」
が、数年のうちに密かに急成長を遂げていたのです。
動画解説やテンプレート素材、技術記事などを通じて、まとまった額の広告収入などが伸び続け、社内でも想定していなかったほどの売上になっていました。
この収益については
「本業とは切り離した個人の活動」
という認識のもと、法人とは分けて、代表者個人の口座や別名義で処理していました。
税理士からも
「副業扱いだから、それほど問題にならないでしょう」
と言われたまま、数年経過していました。
ところが税務調査で、法人の設備・人材・時間を使って収益を上げていた以上、
「実態としては法人の収益ではないか」
と指摘されたのです。
そこで、社長は税理士に相談し、その勧めに従って、広告収益の一部を法人売上に組み込み、売上に含める形で修正申告を行いました。
申告額は決して小さなものではありませんでしたが、
「これで事態は収まる」
と思いました。
忘れたころに、今度は国税局査察部、いわゆる“マルサ”が調査に入りました。
調査官はこう言いました。
「ご自身で修正したということは、最初から収益の帰属先を認識していたということですね?」
「誤りを正した」
つもりの修正申告が、
「意図的な認識があった」
と見なされ、最終的には
「故意の隠ぺいを認めた証拠」
として扱われてしまったのです。
信じがたい話でしょうが、それが実務の現場で起きているのです。
当時の社内には、副業の位置づけや判断過程を記した記録も残っていません。
どの契約書がどちらの事業に属していたのかも不明確で、判断の根拠がすべて“後出し”に見えてしまったのです。
税理士とのやりとりも口頭で済まされ、文書化されていませんでした。
その結果、修正の行為そのものが
「自白」
とみなされ、さらに、
「何も残っていない」
ことが
「隠ぺいの意思があった」
とみなされ、最終的に刑事告発にまで発展しました。
訂正する前に、法的構造を“見える化”せよ
このような現実は、企業にとって他人事ではありません。
税理士の助言に従った善意の訂正が、法的には刑事処分の対象と見なされてしまうこともあるのです。
まさに見落としがちなグレーゾーンです。
そして、こうした場面では必ず問われます。
「どのように判断したのか」
「どんな経緯でその決断に至ったのか」
その
「検証の仕組み」
がなければ、いくら主張しても通用しません。
修正するかどうかの判断は、単なる反省や道義ではなく、法的な構造と戦略性の有無によって決めるべきものです。
「税務署に言われたから」
「税理士がそう言ったから」
それだけを理由に動くことの危うさを、知らなければなりません。
そして、
「税務署の指摘・税理士の助言を、法務としてどう扱い、社内でどう再評価し、どのような記録を残すか」
という視点が不可欠なのです。
そこに目を向けなければ、たとえ外部の専門家が関与していても、最終的に刑事責任を問われるのは企業自身なのです。
突き詰めれば、問われているのは――税務そのものではなく、法務と専門職の関係性の構築なのです。
信じるのではなく、検証すること
従うのではなく、構造を理解すること
それを、記録化し、言語化し、判断過程の文書化すること
これが、企業を守るための最低限の備えです。
企業法務としての“防衛策”――記録の4点セット
端的にいえば、プロの言葉であろとも、鵜呑みにしないということになります。
具体的には、こうした事態を防ぐために企業として残しておくべき記録は、最低でも次の4点です。
(1)修正に至った背景に関する記録
(2)誰の助言に基づいたかの履歴
(3)社内でどのような検討をしたかの議事録やメモ
(4)訂正が及ぼす影響範囲の整理資料
記録を残すことで、仮に後日、調査や訴追があったとしても、企業として
「合理的な判断を下した」
「過失であった」
と立証できる環境を整えることができます。
要するに、記録があるかどうかで、
「経営判断だった」と言えるか、
「ただの自白だった」とされるか、
が決まってしまうのです。
信頼ではなく、検証と構造理解が企業を守る
経営とは、常にリスク判断の連続です。
企業において
「善意の訂正」
は決して悪いことではありません。
しかし、たとえ善意の訂正であっても、法的には
「自白」
「隠ぺいの認識があった」
と見なされるリスクがあるということを知らなければなりません。
信じて鵜呑みにするのではなく、疑う
従うのではなく、「どう扱われるか」を検証する
経営における“法の構造理解”は、そこからしか始まりません。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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