02174_見えないものをミエル化する_ファミリービジネスにおける事業承継の「段取りと視点」

事業承継の現場には、法務だけでは語りきれない
「感情のもつれ」
がつきものです。

親子間のわだかまり。

兄弟姉妹の不公平感。

義理の家族との距離感。

たとえば、長男に会社を継がせると決めていた父親が、いざ引退の時期が近づいてくると、急に決断を先送りにしはじめる。

あるいは、会社を手伝ってきた長女が、いくら貢献しても
「経営は男がやるものだ」
と言われてしまう。

このようなケースは、法的な契約や制度設計だけでは処理できません。

なぜなら、問題の本質が
「法」
にあるのではなく、
「気持ち」
にあるからです。

それでも、会社の所有や経営は、制度やルールにのっとって進めなければなりません。

ここで求められるのは、感情のゆらぎと、法的な白黒を、適切に切り分けて設計する力です。

要するに、感情の話と、制度の話とを
「分けて」
扱うこと。

そして、両者を
「行き来できる道筋」
を、あらかじめ設計しておくことです。

ファミリー企業では、
「言わなくてもわかるだろう」
「わたしが我慢すればいい」
といった思い込みや自己判断が、しばしば意思疎通の妨げになります。

その結果、あとから不満が噴き出すのです。

現場で支えてきた弟と、手続きを進めた兄のすれ違い

たとえば、こんなケースをイメージしてください。

地域の庭園づくりや緑地管理を手がける造園業。

父親がケガをして余儀なく引退となったため、経営を引き継いだ兄弟がいます。

若くから父親と仕事を共にしてきた兄は、経営を継ぎ、事務と経営を回してきました。

弟は、30代から携わるようになったとはいえ、年配の職人たちからの受けも良く、50代となった現在はベテラン職人として、木にも石にも詳しく、現場では頼られる存在です。

兄は、公共工事の減少や人手不足の影響を強く感じていました。

将来的には、造園業からは手を引き、会社の敷地を活かしてアパート経営に移るつもりでした。

弟はというと、若いころに家を飛び出し、音信不通の時期がありました。

親に心配ばかりかけていた弟は、兄にも負い目がありました。

それだけに、再び現場に戻れた今、
「働けるだけで、もう十分」
と自分に言い聞かせていました。

そして、父親が入退院を繰り返すようになります。

兄は事業承継の手続きを進めるなかで、株式はすべて自分の子に譲る方針を固めました。

弟には
「現場は任せるけど、株は持たせない」
と決めたのです。

弟は表向き、何も言いませんでした。

けれども、父親の喪が明け、古い社員と二人きりになったとき、ぽつりと本音を漏らします。

「親父を優先させただけなのに。俺やっぱり門外漢なんだな」

実は、兄は、弟と話し合いの場を何度も設けようとしましたが、弟は
「見舞いが先だろ。すべて兄貴に任せる」
と言い放ち、毎日仕事終わりに父親の病院に通っていました。

このような経緯もあって、兄は淡々と父親の死後を見据えて手続きをすすめたのです。

承継計画の内容は、合間をぬって、何度も弟に説明しましたし、議事録も、経営計画も、書面で整っていました。

それでも、弟には、
「自分は蚊帳の外だった」
という気持ちが、残ってしまったようです。

要するに、
「共有されていた情報」
と、
「共有されたという実感」
とは、まったく別ものだったのです。

気持ちの整理と、手続きの設計は、別々に行う

制度面では冷静に、事務的に。

感情面では丁寧に、くり返す。

両者を1つの会話に押し込めてしまうのではなく、場面や手段を分けて設計していく必要があります。

制度の話をする場では、書類を使い、議事を残す。

感情の話をする場では、時間を取り、第三者を交える。

そのように分業するだけでも、
「話がややこしくなる」
ことをかなり防げます。

怒りや後悔の爆発を、未然に防ぐ“予告型”の工夫

感情がこじれる理由の多くは、
「唐突に知らされた」
と感じることが一因です。

内容ではなく
「タイミング」
が問題になることが多いのです。

これは、事業承継のあらゆる場面で起こります。

たとえば、父親から
「来月の株主総会で社長をおまえに代える」
と突然言われた長男が、プレッシャーで夜眠れなくなる。

妹からは
「どうして私には事前に話してくれなかったの」
と詰め寄られる。

こうした混乱は、あらかじめ
「何が、いつ、どう決まっていくのか」
という全体の流れを、予告型で示すだけでも、大きく軽減できます。

いわば、
「気持ちを追いつかせる時間」
を用意するのです。

その意味で、感情のもつれは
「法的な問題」
になる前に、段取りとして
「ミエル化」
しておく必要があるとも言えるでしょう。

「感情」と「制度」のあいだに、道を通しておく

設計したことを、実際の現場に落とし込むには、丁寧な段取りが必要になります。

事業承継にまつわるご相談は、たいてい
「問題がこじれてから」
来られるケースが大半です。

一方で、上手に事業承継を進めている企業ほど、
「こじれる前」
に相談していただいています。

企業によっては、こうした段取りの設計そのものを弁護士に任せるケースもあります。

対応のタイミングは、企業や家族の状況によってさまざまですが、一例として、次のような段取りを事前に意識しておくと、こじれを防ぎやすくなります。

・まず、ある段階(※これは企業や家族ごとに異なります)で必ず一度、家族全員と対話する機会をつくっておく
・税務上の論点が出てきそうな場面では、必要に応じて顧問税理士とも連携しておく
・感情面の合意がむずかしいと感じる場面では、無理に言葉でまとめず、文書で確認を残す

たとえば、次のような対応を組み合わせると、さらに具体的な備えになります。

・話し合いの場を設けたが、誰かが欠席した場合は「出席できなかった経緯」を記録に残す
・“言った・言わない”が起きがちなテーマ(墓守、退職金、代表権の時期など)には、専用のメモをつくり、合意と未決事項を分けて書いておく
・「気をつかって言い出せないこと」が起こりやすいタイミング(法事、相続登記前、施設入所など)では、あえて第三者を“話の交通整理役”として位置づけておく

これらはすべて、
「あとから見えるようにしておく」
ための段取りです。

感情をなだめるというよりも、感情がすれ違う前に、情報の通り道を先に作っておく。

つまり、“感情が噴き出す地点”を予測し、その部分だけでも
「ミエル化・カタチ化・文書化」
しておくのです。

要するに、感情が爆発する前に、“カタチ化”しておくこと。

あとからモメめないように、最初から
「モメめそうなところ」
に目を配っておくこと。

制度と感情を分けて考える。

それは、見えないものを
「ミエル化」
する第一歩です。

そしてもう1つ、大切な視点があります。

こうした段取りをあらかじめ整えておけるのは、たいてい、少し引いたところから自分たちを見つめる余裕があるときです。

ところが、いざそのときになれば、当事者であるかぎり、自分のこと、家族のこと、会社のことほど、実は見えていないことが多いものです。

当事者には見えないものを、誰が、どこから見ておくか。

感情に巻き込まれすぎない距離から、静かに観察すること。

その視点を、どこかにそっと組み込んでおくこと。

「ミエル化」
とは、ただの記録や制度設計ではありません。

見えないものを
「ミエル化」
していく知恵は、感情と制度が交差する現場において、ほんとうに意味のある“手続き”を可能にしていくのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

弁護士法人畑中鐵丸法律事務所
弁護士法人畑中鐵丸法律事務所が提供する、企業法務の実務現場のニーズにマッチしたリテラシー・ノウハウ・テンプレート等の総合情報サイトです