02180_黒字でも倒産する現実_逆粉飾という狂気と、経営者に問われる法務リテラシー

黒字なのに倒産できないのか?という相談

先日、ある経営者から、奇妙としか言いようのないご相談を受けました。

「わが社は儲かっている、いえば、儲かっているのですが・・・。 先生、なんとか、この会社を法的整理できませんかね?」

ふつうに聞けば、意味不明です。

利益が出ている会社が、なぜみずから
「法的整理」
という言葉を口にするのか。

頭がおかしくなったのか、と勘ぐりたくなります。

一般的に
「法的整理」
と聞けば、多くの経営者は顔をしかめます。

倒産、破綻、廃業──そんなネガティブな言葉が頭に浮かぶからです。

それが、どういうわけか、この経営者は、自ら
「法的整理」
を望む。

そこには必ず、この経営者なりの
「事情」
がある。

我々弁護士が相談を受けるときに本当に見ているのは、表に出た言葉ではありません。

その裏に隠された
「真の意図」
です。

言葉だけを鵜呑みにして法律を当てはめても、本当の出口にはたどり着けないのです。

この手の相談には、必ず、世間の常識からかけ離れた、
「事情」
が隠されているものです。

PLは黒字、でもBSは火の車

「儲かっている会社」

「財務的に健全な会社」
は、まったくの別物です。

損益計算書(PL)では黒字。

ところが貸借対照表(BS)を見れば、債務超過。

実態は火の車──こんな会社は、巷にゴロゴロ転がっています。

為替差損益や評価損益といった、一過性の要因で、見かけ上、帳尻だけが何とか合っている。

そんな紙一重の健全性が、かろうじて保たれているケースも少なくありません。

数字の上では一瞬つじつまが合うこともある。

しかし、それは実態を覆い隠しただけで、健全性は砂上の楼閣にすぎないのです。

「まだ儲かっているから大丈夫」
という安易な思い込みは、命取りになります。

見かけの黒字に惑わされてはいけません。

判断基準はもっと単純です。

では、法的整理の世界では、どんな会社が対象になるのか。

法的整理の要件はシンプルです。

「債務超過」

「資金繰り破綻」。

黒字であろうと儲かっていようと、このどちらか、または双方に当てはまれば、対象となります。

つまり
「黒字だから倒産できない」
というのは、ただの幻想にすぎません。

それでも「逆粉飾」はあり得ない

この経営者とのやりとりの中で、唐突にこんな言葉が飛び出しました。

「先生、じゃあ・・・“逆粉飾”ってできないんですか?」

私は一瞬、耳を疑いました。

儲かっている会社を、わざと赤字に見せかける。

通常の「粉飾決算」とは正反対の手法です。

まるで、まだ息がある会社を、ストレッチャーに縛りつけて火葬場に直行させるような発想。

そんな危険な
「裏技」
を、本当に実行しようとする経営者も、ごく稀に存在します。

もちろん即答しました。

「それは違法です。絶対にやってはいけない」

逆粉飾は、金融商品取引法や会社法、さらには税法にも抵触する、犯罪行為です。

最悪の場合、刑事罰の対象となったり、多額の追徴課税を課されたりする可能性があります。

経営を救うどころか、経営者自身を奈落の底に突き落とすだけです。

「法的整理」は最後の武器

焦った経営者ほど、安易な裏技にすがろうとします。

けれども、本当に使うべきは違法な小細工ではなく、正規のルートです。

ここで登場するのが
「法的整理」
です。

法的整理とは、裁判所の制度を利用し、債権者との関係を一気にリセットして再建の舞台を整える公式ルート。

任意の交渉では埒があかないときにこそ使われる、正真正銘の武器です。

法的整理の本質は、会社をつぶすことではありません。

「事業再生」
にあります。

たとえば、病気にかかったとしても、早期発見・早期治療であれば、回復する可能性は高くなります。

しかし、末期癌になってからでは、手遅れです。

会社経営も、それと同じです。

手遅れになる前に、手を打つこと。

法的整理も同じです。

最後の武器ではあるけれど、それは禁じ手や裏技ではありません。

正しく使えば、会社を再生へ導く正式なカードなのです。

「ミエル化」して初めて道が開ける

ただし、武器は、やみくもに振り回しても意味がありません。

この経営者に伝えたのは、まず
「違法なことはしない」
という大前提。

その上で
「会社の状態を正しくミエル化する」
ことでした。

黒字なのか赤字なのか。

資産はどの程度毀損しているのか。

債務はどの水準にあるのか。

数字を正しく言語化し、未来像を文書化し、経営の行動計画としてカタチ化する。

そうして初めて、この経営者の真の意図──法的整理の、その前にある選択肢──事業承継、M&A、事業再編など──が具体的に見えてきます。

要するに、経営者が本当に問われているのは
「法的整理をするかどうか」
ではないのです。

むしろ
「会社の現状を直視した上で、どの未来を選ぶのか」
という、腹をくくった意思決定なのです。

問題がミエル化すれば、解決策は必ず見つかります。

法的整理は決して禁じ手ではありません。

あくまで事業再生を達成するための、最終兵器なのです。

ただし、その武器を間違った使い方をしないこと。

そして、その武器に頼る前に、他の解決策を模索すること。

それこそが、経営者に求められる本物の
「法務リテラシー」
と言えるのではないでしょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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