02198_企業法務ケーススタディ:企業法務ケーススタディ:要件定義書を契約当日提示するベンダーと組むべきか?_ITプロジェクト炎上はここから始まる

<事例/質問>

あるITベンダーとの交渉がうまくすすみません。

当方が
「そちらから商品を買いたい。ただ、我が社で使えるかどうかわからないので、スペックや詳細の説明書(=要件定義書)を見せてほしい。見ないままでは、お金を払えない」
と極めて常識的な要求をしているにも関わらず、ベンダーはこう返してくるのです。

ベンダー「スペックも説明書は用意できたし、確認もした。たぶん使える」

当方「たぶんじゃ困る。ちゃんとどんなものなのか確認しないと、買ってから使えなかったら大問題だ」

ベンダー「それは、買ってからじゃないと、つまり契約・入金する前には、見せられない」

・・・こんな調子です。

ほかにも、懸念があります。

うちの社長は、7月1日から本格運用開始をイメージしているのに、ベンダーの最短スケジュールでは、5月1日に開発開始で、 開発には最低3ヶ月必要だから納品は7月末と。

会長のイメージとベンダーの提示する納期には、1ヶ月のズレがあるんです。

そして、肝心の
「要件定義書」
の確認は、契約締結日の4月30日にベンダーが持参し、その場で確認・押印するという、炎上確定のスケジュールです。

ベンダーは、ぎりぎりまで値引きに応じた代償として、スケジュールでは譲歩できないと強硬姿勢です。

ITプロジェクトの交渉とは、このようなものなのでしょうか?

<鐵丸先生の回答/コメント/助言/指南>

法務がヘラヘラと
「どうしましょうか」
などと悩んでいる時点で、もう負け戦は確定しています。

なぜなら、これは
「価格交渉」
でも
「納期調整」
でもなく、貴社の経営ジャッジと知性を試す、究極のリスク選択だからです。

要件定義書とは、単なる
「資料」
ではありません。

それは、
「納品されるべき商品そのものの設計図であり、発注者である貴社の意思を反映した、この契約の魂」
です。

この
「魂」
を見ずに契約書に判を押す行為は、白紙の小切手に金額を書き込ませるようなものです。

【悪魔の推論】ベンダーの強硬姿勢が示す「火の車」状態

「金を払ったら見せる」
という常識外れな交渉姿勢、そして契約当日まで要件定義書を見せないというのは、ⅠTプロジェクトが高確率で炎上し、最終的に頓挫するために組まれた、悪魔的なスケジュールと言えましょう。

あるいは、ベンダー内部の火の車状態を隠蔽するための、稚拙なブラフである可能性が高い、と推論します。

仮説1: ベンダーは、貴社の要件に適合した要件定義書を、期日までに用意できていない。

仮説2: 用意はしたが、あまりに杜撰な内容で「とても契約前に見せられるレベルではない」とベンダー内部で判断している。

だからこそ、情報開示を拒否し、値引きをエサにスケジュールで譲歩を求めないという、典型的な
「逃げの手」
を打っていると言えましょう。

「確認」ではなく、「追認」を求められているだけ

要件定義書は、契約前に貴社が内容を深く検討し、社内の全部署(法務、経理、営業、ⅠT部門)が横断的に承認すべき、最も重要な成果物です。

それを
「契約締結の当日」
に、しかも
「押印時に提示」
などと言うベンダーは、貴社に
「確認」
ではなく、
「追認」
を求めているだけです。

そして、判を押した貴社は、納品直前の7月になって
「こんなものは使えない!」
と騒いでも、手遅れです。

ベンダーは
「4月30日に確認・押印されています」
と言い放ち、貴社の責任にして逃げ切るでしょう。

要するに、これは
「契約書の条文解釈」
ではなく、
「経営判断と戦略選択」
の話だということです。

対応の選択肢としては、以下のとおりです。

1)こんなわけのわからない連中とは契約しない(撤退)
2)要件定義書を見るのにいくらか支払い、その内容次第で本契約を考える(手付金)
3)言われるがままの条件で契約する(丸呑み)

繰り返しますが、これは法律問題というより、経営ジャッジの問題であり、思考整理の問題です。

何を選ぶかは、契約相手の信頼性や市場優位性、あるいはそのプロジェクトの重要性によって変わってきます。

法律的な
「正解」
はありません。

あるのは、御社の状況に照らした、最適な選択肢だけです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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