02206_ケーススタディ:「その着手金はボッタクリだ!」:M&Aアドバイザリー契約の非対称な契約条項を見抜け

着手金300万円。
法務がノーガードでサインしたら、経営が“事故る”金額です。
契約前に見直したいのは、内容だけじゃありません。
提示された
「着手金300万円」
に、法務が異議を唱える余地はないのでしょうか?

<事例/質問>

社長が、
「よし、M&Aだ!」
と意気込んでいます。
M&A仲介業者と契約を結ぼうとしているのですが、着手金300万円なんです。
これ契約しちゃって大丈夫ですかね?
契約書を見た社長が、
「なんか、怪しくね?」
と、言い出して・・・

<鐵丸先生の回答/コメント/助言/指南>

いわゆるM&Aアドバイザリー契約ですね。

この手の現場の生々しいお悩みは、少なくありません。

この手の相談は、一見、
「契約書レビューしてもらえませんか」
という話のように見えて、その実、もっと手前の段階
「そもそも、この話、大丈夫?」
という場合がほとんどです。

契約条項だけ読んでも判断できない。

それは、
「そもそも、この金額、相場と比べてどうなんですか?」
「この業者、信頼していいんですか?」
という“問い”が前提にあるからです。

そして、M&Aというものは、だいたい一発勝負。

契約書の“字面”が整っていたとしても、事業判断としてミスれば、簡単に“億単位”が吹き飛びます。

その意味で、
「契約書レビュー」
のように見えて、もはや“事業投資判断”です。

1 契約書が語らない「本当のコスト」

一般的なM&Aアドバイザリー契約の着手金は、相場は50万円〜200万円といわれています。

中には
「着手金ゼロ、成功報酬一本で結構です」
という、漢気のある業者もいます。

今回のケースでは、着手金300万円。

これは、相場観からすると
「高い部類」
に入りますね。

「着手金」
とは、簡単に言えば、業者の
「あなたの案件に取り掛かる初期の労力とコミットメント」
に対して支払うものですが、この金額の高さは、
「ウチはそれだけ優秀で価値が高い」という自信の表れ
あるいは、
「このカモから手っ取り早く金を巻き上げる」という不埒な魂胆の表れ
のどちらかでしょう。

まあ、後者が“にじみ出てる”契約書なんて、読んでるだけで背筋が冷えますが。

2 M&Aアドバイザリー契約は、結婚相談所と似ている?!

M&Aアドバイザリー契約を、結婚相談所に置き換えて考えてみましょうか。

着手金は
「登録料」。

成功報酬は
「成婚料」。

高い登録料を払わせる結婚相談所が、本当に良いパートナーを見つけてくれるとは限りません。

むしろ、
「高い登録料を払わせた時点で、仕事が終わった気になっている」
残念な業者もいます。

そのような業者は、
「セットアップ屋」
です。

3 そのフィー、本当に“成果”と比例しているか

「何をしてくれるか」
が不明瞭な契約は、そもそも
「高いか」
「安いか」
は、判断できません。

「金額の合理性を徹底的に疑うべき」
という、もっとも重要なポイントはここにあります。

「アドバイザーは、具体的に何をやってくれるって、書いてありますか?」
ということなんです。

契約書には、ざっくりとした
「アドバイザリー業務」
としか書いてないケースがほとんどです。

しかし、中身は天と地ほどの差があります。

たとえば、
・単に「売り手と買い手のMTGを設定する」だけの「お見合いセッティング」だけで終わるのか
・こちらの提案資料作成や、シナジーシナリオ・投資回収モデルの構築までやってくれるのか
・デューデリジェンス(DD:買収前の事業調査)の結果解析や、価格交渉のロジック構築まで「頭と手」を動かしてくれるのか

これらによって、必要な人的資源も知的労働量もまったく違います。

DDの外注紹介で
「フィーをくれ」
という輩もいます。

ひどい話ですが、
「弁護士・会計士紹介料」
でフィーを稼ごうとする
「中間搾取屋」
に成り下がっている業者もいるのです。

ざっくり言えば、金額より云々よりも、“業務の中身”を可視化していない段階では、サインしないことですね。

4 「報酬体系」は分割とメニュー制で考える

たとえば、
「NDA(秘密保持契約)締結まで」
「DD開始まで」
「基本合意締結まで」
と、サービスメニューと進捗状況に応じて価格を細かく刻むことで、初めてそのフィーの経済合理性は担保されます。

要は、
「高いか安いか」
ではなく、
「何を、いくらでやるのか」
を、“言語化・文書化”すべきという話です。

「サービスメニューと進捗状況に応じて価格を細かく刻む」
分割がなされていない契約ほど、後で
「え、これもオプションだったの?」
となりがちです。

逆に、ちゃんと分けられていれば、
「後でやる・やらない」
の判断も柔軟にできますし、支払側としては、そこが交渉の武器にもなります。

相談ケースにあるような
「一括払い」
は、
「金のなる木」
として見られている証拠かもしれません。

5 契約書に潜む「相手に都合の良い」罠

契約書の文言は、一見それっぽく見えますが、やりたい放題のフリーパスになっていることも少なくありません。

経済合理性という
「大前提」
をクリアしたとして、次に、我々法務のプロが斬り込むのが、契約条項の
「歪み」
です。

契約書は、
「両当事者の権利義務のバランスシート」
です。

どちらか一方にだけ義務や責任が偏っていたら、それは
「アンフェア」。

プロの法務担当者なら、この
「歪み」
を見逃してはなりません。

たとえば、契約書には、以下のような
「悪意ある非対称性」
がみられるケースも少なくないのです。

(1)秘密保持条項の非対称性

秘密保持は
「甲乙双方の義務」
と定めている。

しかし、違約金は甲(クライアント側)が違反した場合しか定められていない。

・指摘:
「相手方(アドバイザー)が秘密情報をペラペラ喋って、こっちの案件がぶっ飛んだとしても、慰謝料も払わねえってか?」

・修正案:
相手方が違反した場合にも、同等の違約金または損害賠償責任を負う旨を追記すべきです。

(2)免責条項の広すぎる免責

本契約の業務遂行によって生じる、相手方の第三者に対する債務(例えば、アドバイザーが外注した弁護士への支払い債務など)について、クライアントの責任を免除すると定めている。

・指摘:
「相手がサボったり、テキトーな仕事をして第三者に迷惑をかけたとしても、責任を免除しろってか?」

・修正案:
「相手方(アドバイザー)の故意又は過失による場合は、この免責は適用しない」という当然の留保を入れるべきです。

(3)紛争処理条項がザル

紛争解決条項は
「裁判」
を定めているか、あるいは曖昧。

・指摘:
企業の「M&A計画」という極めて機密性の高い情報が大量にやり取りされます。
裁判では、原則として公開の法廷で審理されるため、秘密情報がダダ洩れになるリスクがあります。

・修正案:
「仲裁合意」にすべきです。
仲裁は非公開で進行するため、機密性の高いM&A案件の紛争解決には最適です。
ただし、仲裁人の選定や費用など、細かい論点はあるので注意が必要です。

これらは
「悪意ある非対称性」
の一部ですが、M&Aのアドバイザリー契約は、企業経営における“防波堤”そのものです。

防波堤が
「穴だらけ」
であれば、契約書をいくら補修しても、最後は崩壊します。

だからこそ、契約書の字面だけでなく、事業そのものの経済合理性を多角的に検証することが重要なのです。

いくら契約書の文言が完璧でも、
「交渉力ゼロ、情報分析力ゼロ、手数料だけは一人前」
そんな業者に騙されれば、あとに残るのは、
「きれいな契約書と、二度と戻らない資金」
だけです。

要するに、
“契約書レビュー”ではなく、“契約前の現実チェック”こそが、法務の本当の仕事です。

6 アドバイザーは「仲介役」か「参謀」か?

「単なる仲介役」
としての立ち位置しか担おうとしない会社は少なくありません。

しかし、本当にM&Aを成功させたいなら、必要なのは
「参謀」
です。

それには、DDの
「内製化」
という視点があります。

高額なフィーを払い、どこまで働いてくれるかわからないアドバイザーに丸投げするのではなく、
・情報の出し入れ:アドバイザーは「売り手情報の提供」と「会議の設定」に限定し、フィーを極限まで下げる。
・DDと交渉ロジック:自社の財務・事業部門の精鋭(または、もっと安価で優秀な別の専門家)を使い、DD(買収監査)やシナジー分析、交渉戦略立案を「内製化」する。

これにより、フィーは大幅に削減でき、機密情報も自社内でコントロールできます。

そして、アドバイザーは
「単なる情報提供チャネル」
として使い倒す、というドライな関係を構築するのです。

7 今回のケースにおける助言

そのM&Aアドバイザーは、
「M&Aの実務に関するクライアント側の知識不足(情報の非対称性)」
を利用して高額なフィーを設定している、という仮説は極めて高い確度で言えましょう。

彼らが本当に
「価値に見合ったフィー」
を取っているなら、契約書には
「提供する詳細なサービスメニュー」
が明記され、そのサービスを提供できなかった場合の
「ペナルティ」
が明確に書かれているはずです。

そうでないなら、それは
「実務をよく知らない素人相手の商売」
です。

社長の
「なんか、怪しくね?」
という感じた不安、
「M(まっとうな)&A(アドバイザー)」
かどうかを見極めるのが、先決ですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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