02213_会社ぐるみのネット誹謗中傷に勝つには──企業を守るための名誉毀損対応、失敗と成功の分かれ目

はじめに──実名の会社なのに「誰か分からない」? 中傷犯は“法人名の奥”に潜んでいる

「当社の評判を貶める虚偽の記事が、ライバル関連会社のブログに掲載されている。しかも代表者の名前は出ているが、住所はわからない」

インターネット上に企業の名誉を毀損する虚偽の事実が書き込まれた際、経営者や法務担当者が直面するのは、
「発信者の匿名性」

「法的手続きにかかる費用対効果」
という、2つの大きな壁です。

相手が悪ふざけレベルの中傷であれば、無視という選択肢もあり得ます。

しかし、事業の信用を根底から揺るがすような悪質な虚偽記事が出てきたら、躊躇している時間はありません。

ただし、やみくもに動けば逆効果。

求められるのは、感情ではなく、戦略です。

本稿では、過去の実務経験をもとに、以下の3点をミエル化します。
(1)発信者を特定するための、実務的かつ合法的な手段
(2)相手に心理的な優位性を確立する交渉の初動戦略
(3)事件が長期化することも見据えた弁護士費用のリスクマネジメント

1 企業発信の中傷記事──”嘘の中に1割の真実”があるから厄介

「●●株式会社による公式ブログに、ウチのことが書かれていて──」

この時点で、
「発信者は特定済みだから、すぐ対処できる」
と考えるのは、少々早計です。

たしかに、法人名・代表者名・所在地などが明記されていれば、個人による匿名中傷よりは追いやすい印象を受けます。

しかし、法人が名義上の発信元になっていても、実際に“誰が”、どういう立場で書いたのかが不明確なケースは少なくありません。

たとえば、
・記事は外部ライターに委託していた
・法人の関与があいまいで、社員の個人投稿という体裁になっている
・名義上の代表者は存在するが、実質的に別人物が運営している

このような場合、攻撃の矛先を間違えれば、“空振り内容証明”になるだけでなく、逆に名誉毀損で反訴されるリスクすらあります。

だからこそ、
「実名が出ている=相手を特定できた」
ではなく、
「実名の“背後”に誰がいるのか」
まで見極める必要があるのです。

とくに、謝罪や損害賠償を求める場合、責任の所在がハッキリしなければ、法的効果のある要求にはなりません。

要するに、法人による中傷対応でも、第一歩は
「発信者の実体を掴むこと」
なのです。

2 匿名という障壁を崩す「法定照会の力」

(1)弁護士法23条照会とは?

匿名の投稿者や、不明瞭な会社代表の“本当の住所”が隠されているケース。

こうした場面で威力を発揮するのが、弁護士法23条照会です。

これは、弁護士が弁護士会を通じて、職務遂行上必要な情報を官公庁・企業等に対して照会し、開示を求める制度です。

照会先には原則として回答義務が課されており、弁護士という“資格”が持つ法的アクセス権が、ここで真価を発揮します。

たとえば、
・法務局に照会して、会社代表者の住所を取得
・プロバイダに照会して、投稿に使われたIPアドレスの契約者情報を取得
・銀行に照会して、債務者の口座情報を取得
いずれも、相手の“素性”を裏からあぶり出す、合法的な手段です。

(2)23条照会の真価は「バレずに情報が取れること」

23条照会の強みは、正確な情報が取れるだけではありません。

相手に
「(照会していることを)通知する義務がない」
という点にあります。

相手が知らないうちに、こちらが正確な住所を入手し、牽制力抜群の
「内容証明」
を、突然、送り込むことができるのです。

裁判より速く、探偵より確実に。

しかも合法的に。

それが、23条照会の破壊力です。

(3)ただし、タダじゃない―実費と手数料の話

当然のことながら、この照会にはコストがかかります。

郵送代や、弁護士会の事務手数料を含めて、数万円程度が相場です。

ただし、すでに顧問契約を締結している場合、手数料が免除され、実費のみで照会ができる場合もあります。

3 犯人特定に成功したら──内容証明は「送付先」で「牽制効果」が激変する

名誉毀損が認められる場合、企業としては大きく2つの法的請求が可能になります。

(1)虚偽の事実に基づく損害賠償請求
(2)名誉回復のための謝罪文の掲載要求

そして、この請求を正式に通知する手段が
「内容証明郵便」
というわけです。

ここで重要になってくるのが、
「その内容証明を、どこに送るか」
という送付先の選択です。

送付先A:法人の所在地(会社あて)
送付先B:代表者の自宅住所(個人あて)

法人宛てに送れば、少なくとも形式的には通知は到達したことになります。

事務員や受付を通じて代表者に回されることもあるでしょう。

したがって、
「届けた」
という意味では、一定の効果は得られます。

しかし。

実際の交渉局面において、相手の心に響くか?
こちらの要求に対して本気で向き合うか?

という点で言えば、牽制効果は限定的です。

圧倒的な心理的インパクトを与えるのは、やはり、
「生活圏=自宅に、内容証明が届くこと」
です。

家族が受け取る可能性もある。

プライベート空間に、突然、法的文書が届く衝撃。

たったそれだけで、相手の動揺は段違いになります。

実際に相手の
「防御壁の奥」
に踏み込んだという事実は、その後の示談交渉や請求交渉において、決定的な心理的優位性を生み出します。

相手の動きを止めたいなら、送付先の選択を間違えてはいけないのです。

ただし。

この“自宅への送付”を実現するには、23条照会の結果が手元に届くまで、しばらく待つ必要があります。

よほど差し迫った事情(例:翌日に株主総会が控えている、記事が一気に拡散し始めているなど)がない限り、住所判明まで一呼吸おくことが、最終的には有利に働きます。

これは、交渉における、いわば
「タイミング論」
なのです。

情報が出揃っていない段階で、慌てて打っても効果は薄い。

むしろ、足元を見られます。

照会の結果を待ってでも、すべての情報を握った上で、逃げ場のないタイミングで、
「相手の個人住所宛」
に送る価値は大いにあるのです。

「焦って送るな。
撃つなら確実に仕留めるタイミングで。
情報武装を完璧にしてから動く」
それが、名誉毀損案件における、鉄則です。

4 弁護士費用で地獄を見るな──「1通いくら」の罠

内容証明を送る。
交渉が始まる。
記事の削除や謝罪文の提示を求める。

ここまでは、対処としては極めてシンプルです。

しかし、ここから先、法務コストの泥沼地獄が始まる可能性があります。

多くの依頼者が見落としがちなのは、
「弁護士を頼む=1回いくら、で済むと思っていた」
という金銭感覚です。

ところが、実際の現場では、
・文書1通で●万円
・電話交渉で●時間分のタイムチャージ
・和解案ドラフトでまたドキュメンテーションチャージ
・相手がゴネたら、もう一往復

気づけば、
「書面合戦→交渉合戦→追加費用」
の無限ループに突入します。

これは、言い換えれば、
「泥沼化すれば、依頼者の負担も底なし沼になる」
ということです。

法律的な正しさと、費用的な賢さは、必ずしも一致しません。

だからこそ、委任方式の選び方1つで、天国と地獄が分かれるのです。

5 費用の選び方──3方式比較で見えてくる「破産」と「助かる」の分かれ目

企業が弁護士に名誉毀損対応を依頼する場合、費用の支払い方式として、大きく3つの選択肢があります。

それぞれの特徴とリスクを見ていきましょう。

(1)方式A:タイムチャージ型──短期決戦なら最安、長期化したら破産一直線

仕組みはシンプルです。

文書作成・交渉・電話・メールのやりとりなど、弁護士が動いた分だけ、課金されていきます。

内容証明の作成も、たとえば40字×20行=1シートごとに●●円、という計算方式で、複数ページに渡れば、それだけで数万円〜十数万円に。

さらに、相手が頑強で交渉が数ラウンドに及べば、毎ラウンドごとにタイムチャージが発生します。

メリット
相手がすぐ謝罪・削除に応じれば、費用は最小限で済む
・途中で撤退しても、使った分だけの支払いで済む
・成功報酬が不要なので、解決時の追加出費は発生しない

デメリット(致命的になりうる)
泥沼化した場合、コストが青天井で膨れ上がる
・弁護士の「がんばり」にブレーキがかかりにくい(働くほど儲かる)構造のため、依頼者側の予算統制が難しい
・着地の総額が読めず、経営判断がブレやすい

こんな案件に向く
・相手が弱腰で、最初から交渉に応じる気配がある
・こちらに決定的な証拠があり、勝負は一発で決まる見込みがある

要するに、
「一撃で沈む敵」
には有効ですが、
「粘る敵」
には危険な方式です。

(2)方式B:着手・報酬の二段階制──初期投資は重いが、泥沼でも費用が増えない

これは、伝統的な弁護士費用のモデルです。

委任時に
「着手金」
を支払い、事件が解決したら
「報酬金」
を払う。

どれだけ交渉が長引いても、書面が何通出ても、基本的には追加費用は発生しません(実費除く)。

「着手金」
は、経済的利益をベースに計算されます。

しかし、名誉毀損に関する記事削除などは
「金銭価値が明確でない」
ため、便宜上
「経済的利益1,000万円相当」
として算出されるケースが多いです。

報酬金は、その成功に応じて、さらに別途支払う、という仕組みです。

メリット
・費用の見通しがつく(成功すれば着手金+報酬金、失敗なら着手金のみ)
・泥沼化しても費用が跳ね上がらない
・弁護士は成果を出すモチベーションが高くなる(成功にコミットしやすい構造)

デメリット
・初期費用として、ある程度まとまった着手金が必要
・短期で決着しても、満額の報酬金が請求される
・「経済的利益」の見積りに弁護士側の裁量が入りやすい

こんな案件に向く
・相手がしぶとく、交渉が長期化するおそれがある
・訴訟や仮処分に発展する可能性が高い
・経営として費用の上限を確定しておきたい

一言で言えば、
「戦争前提の委任モデル」
です。

(3)方式C:DIY型──コスト最安、ただし効果も最薄

この方式は、徹底的にコストを抑えたい依頼者向けの手法です。

依頼者(側の担当者)が内容証明の文案を作成し、それを弁護士がレビュー・修正し、最終的に依頼者(企業)名義で内容証明を発出するというスタイル。

メリット
・コストが極限まで削減できる
・文書作成スキルがあれば、知見の蓄積にもつながる

デメリット
・相手が「これは弁護士じゃない」と判断して、通知を軽視する可能性が高い
・交渉が始まってからは、依頼者(会社)自身で対応する必要があり、精神的・時間的負担がかえって大きくなる
・初期対応で失敗すると、その後の法的手続きにマイナスの影響を与える

こんな案件に向く
・とにかく予算がない
・自社に法務経験者がいる
・牽制が目的で、本格解決は二の次

削ったぶんだけ、成果も削られる。

この構図を理解せずに選ぶと、かえって高くつくこともあり、弁護士としては推奨いたしません。

要するにこれは、効果が
「博打」
に近い方式です。

費用は低廉化できても、コストパフォーマンスは著しく低下し、結果として事件解決を遠ざけるリスクを負うことになります。

プロの手による内容証明と、素人の内容証明では、圧力、緻密さ、そして相手に与える恐怖感がまるで違います。

仮に訴訟を視野に入れる場合、前段のやりとりがすべて証拠化されます。

それを見て裁判官がどう感じるか、という視点も、見落としてはいけません。

6 「削除」と「謝罪」の2段構え──どこで”落とし所”を作るか

落とし所を決めずに交渉に入ると、
「勝ったのに納得できない」
という最悪の結末を招きます。

交渉を始める前に、明確にしておくべきことがあります。

それは、
「この案件の“着地点”をどこに置くか」
という視点です。

企業としての目的は、
・記事の削除なのか
・謝罪文の掲載なのか
・損害賠償の回収なのか

これによって、戦略の立て方も、費用のかかり方も、まるで変わってきます。

たとえば、名誉毀損記事の
「削除」
だけが目的であれば、裁判上は
「経済的利益が算定不能」
とされ、便宜上1,000万円相当と見なされます。

結果として、費用見積もりの根拠が
「不透明」
に見えやすく、依頼者としては納得感が得られにくい。

だからこそ、
「どこで勝ちとするか」
を、最初から経営判断として定めることが重要です。

7 安く済ませて、高くつく──その判断が事件をこじらせる

費用を抑えたい──誰しもそう考えます。

とくに法的対応に慣れていない企業であれば、なおさらです。

しかし、費用を削った結果、こうなったケースを数多く見てきました。

・相手が内容証明を無視
・自社で対応しているうちに交渉が泥沼化
・相手に一枚上手を取られ、反訴を受けて訴訟へ
・結局、専門家に頼り直すが、時すでに遅し

「最初からちゃんと頼んでおけば、10万円で済んだ」
「費用を削った結果、100万円になった」

このような事例は、枚挙に暇がありません。

コストとは、
「お金」
だけではないのです。

「時間」

「ストレス」

「リスク」
もすべてがコストです。

費用を削って得た満足感よりも、失うもののほうが多い。

そうならないために、専門家に支払う金額は、“安心の先払い”と考えるべきでしょう。

8 まとめ──名誉毀損への反撃は、冷静と大胆の二刀流で臨め

ネットで虚偽の記事を流す企業。

しかも、堂々と社名入りで、事実をねじ曲げ、競合を攻撃する。

個人の匿名中傷よりも、はるかにやっかいです。

なぜなら、
「会社として戦ってきている」
からです。

こちらがナメていれば、その隙をつかれます。

けれど、焦って法的手段を乱発すれば、今度は費用で死にます。

だからこそ、反撃の基本はこの3つ。

・照会で可視化し、
・内容証明で揺さぶり、
・交渉と訴訟のカードを手に残す。

さらに、コストとリスクを読みきりながら、“踏み込むべき瞬間”を見極める。

これが、会社を守る
「実務的反撃術」
です。

名誉は、取り戻せます。

ただし、取り戻し方を間違えなければ、という条件付きで。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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