「家賃を半年も滞納して連絡もつかない。もう鍵を交換して、荷物を捨ててしまえ!」
「夜逃げ同然の悪徳テナントに、情けをかける必要なんてないだろう?」
ビルのオーナー様や管理会社様にとって、居座り続ける滞納テナントは頭の痛い問題です。
実力行使で追い出したくなる気持ちは痛いほど分かりますが、その行為は法律上、
「自力救済(じりききゅうさい)」
と呼ばれる危険な罠であることをご存知でしょうか?
本記事では、オーナーの依頼で
「実力行使」
を手伝おうとしたリフォーム会社の事例をもとに、安易な追い出し行為が招く刑事・民事の重大なリスクと、急がば回れの
「正しい明け渡し戦略」
について解説します。
一時の感情で動いて
「被害者」
から
「加害者」
に転落しないために、不動産トラブルにおける法的な「地雷原」の避け方を徹底解説します。
この記事でわかること:
• 自力救済の禁止: なぜ「自分の建物」なのに勝手に鍵を変えてはいけないのか
• 法的リスクの現実: 荷物の勝手な処分が招く「器物損壊罪」や「損害賠償」の恐怖
• 共犯のリスク: オーナーの手伝いをしただけの業者が負う「共同不法行為責任」とは
• 唯一の正解ルート: 結局は一番安上がりで確実な「強制執行」の手順,
不動産トラブルにおける法的な「地雷原」の避け方を徹底解説します。
相談者プロフィール:
株式会社リノベ・マスターズ 代表取締役社長 猪突 猛(ちょとつ たけし、45歳)
相談内容:
先生、ちょっと聞いてくださいよ!
ウチの得意先のビルオーナーが、テナントの
「バー・カスメ」
に手を焼いてるんです。
家賃は半年も滞納するわ、連絡はつかないわで、もうオーナーはカンカンです。
そこで、オーナーから相談を受けましてね。
「もう契約解除の通知は送った。来週、鍵屋を呼んで鍵を交換して、中の荷物を全部運び出して処分してやる。ついては、お宅の会社で荷物の搬出と、その後のスケルトン工事、次のテナント募集まで全部任せたい」
って言うんですよ。
こっちとしては、工事も請け負えるし、新しいテナントの仲介手数料も入るしで、願ったり叶ったりです。
相手はどうせ夜逃げ同然の連中です。
文句なんて言ってくるはずもないし、仮に言ってきたとしても、家賃を払わない向こうが悪いに決まってます。
来週の月曜日に決行する予定なんですが、先生、法的に何か問題なんてないですよね?
スピーディーに解決して、オーナーに恩を売る絶好のチャンスだと思ってるんですが!
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:現代日本は「江戸時代」ではない
猪突社長の
「スピーディーに解決したい」
という熱意は痛いほど分かります。
しかし、結論から申し上げますと、オーナーがやろうとしていること、そして御社が手伝おうとしていることは、法治国家においては違法行為と判断されます。
法曹界の用語でこれを
「自力救済(じりききゅうさい)」
と言います。
「家賃を払わないなら、実力で追い出してやる!」
というのは、時代劇に出てくる悪代官や長屋の大家さんの世界の話であって、現代の法律では厳禁されています。
「権利があるからといって、裁判所の手続きを経ずに、自らの実力で権利を実現すること」
は、原則として認められていないのです。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:鍵の交換は「侵入」、荷物の処分は「器物損壊」?
「自分のビルなんだから、鍵を変えて何が悪い!」
とオーナーは憤るでしょうが、法的には、テナントが占有している物件に勝手に立ち入ることは
「住居侵入罪」
や
「建造物侵入罪」
に問われる可能性があります。
さらに、中に残されているグラスや酒、ソファーなどの備品を勝手に運び出して処分すれば、
「器物損壊罪」
や
「窃盗罪」
に該当し得ます。
民事上も、テナントから
「勝手に営業を止められた」
「高価な備品を捨てられた」
として、不法行為に基づく莫大な損害賠償を請求されるリスクがあります。
夜逃げ同然のテナントであっても、いざ
「金になる」
と踏めば、弁護士を立てて牙を剥いてくるケースは枚挙にいとまがありません。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:「手伝っただけ」では済まされない「共犯」の恐怖
猪突社長、
「オーナーがやることだから、うちは言われた通り手伝うだけ」
と思っていませんか?
それが一番危険です。
もし、御社がビルオーナーの
「実力行使(撤去・処分・転売)」
に協力した場合、御社自身も
「共同不法行為者」
として、テナントから損害賠償請求をされる可能性が高いです。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」
どころか、
「赤信号、みんなで渡ればみんな事故る」
のが法律の世界です。
オーナーの違法行為に加担すれば、御社も同罪。
巻き添えを食らって、工事代金どころか賠償金を支払う羽目になりかねません。
モデル助言:「急がば回れ」が唯一の正解
猪突社長、はやる気持ちを抑えて、冷静になってください。
この件で唯一の正解は、
「債務名義(判決)」
を取得することです。
1 実力行使は中止する
まず、来週の
「鍵交換・荷物撤去」
は直ちに中止するよう、オーナーを説得してください。
「これをやると、逆にオーナーが訴えられて、もっと金がかかりますよ」
と脅してもいいくらいです。
2 法的手続きを粛々と進める
面倒でも、裁判所に建物明渡請求訴訟を提起し、勝訴判決(債務名義)を得て、裁判所の執行官による
「強制執行」
という正規の手続きで追い出すしかありません。
「そんなの時間がかかるじゃないか!」
と思われるでしょうが、違法行為で後から訴えられて泥沼化するリスクとコストを考えれば、これが最短ルートです。
3 証拠の整理と確認
契約書や滞納の記録、督促の履歴など、訴訟提起に必要な材料を速やかに揃えましょう。
これらが整っていれば、裁判手続自体はスムーズに進む可能性が高いです。
結論:
ビジネスにおいてスピードは命ですが、法律の地雷原を全速力で走るのはただの自殺行為です。
今回は
「急がば回れ」。
正規の手続きを踏んで、堂々と、合法的にテナントを退去させ、その後に御社の素晴らしいリノベーション技術を発揮してください。
それが、オーナーにとっても御社にとっても、最も
「安上がり」
で
「確実」
な道です。
※本記事は、架空の事例をもとに、不動産賃貸借トラブルにおける自力救済の禁止および法的明渡手続の一般論を解説したものです。
実際のトラブル解決や法的手段の選択にあたっては、個別の契約内容や事実関係に基づき判断が異なりますので、必ず弁護士にご相談ください。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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