「明らかにパクリなのに、裁判で白黒つけるのは難しいと言われた……」
「勝訴の見込みが五分五分の訴訟に、コストをかける経営判断は正しいのか?」
競合他社による模倣や権利侵害に直面した経営者にとって、裁判の
「勝ち負け」
は重大な関心事です。
しかし、企業法務の最前線である
「戦略法務」
の世界では、必ずしも
「勝訴判決(100%の勝利)」
だけがゴールではありません。
本記事では、クラフトコーラ事業を展開する架空の事例をもとに、法的なハードルが高い事案であっても、あえて訴訟の場に引き出すことが、なぜ
「最強のビジネス防衛策(抑止力)」
になり得るのかを解説します。
この記事でわかること:
• 模倣品(パクリ)対策の現実: 不正競争防止法などのハードルが高い場合の「次の一手」
• 訴訟の経済学: 相手方に「紛争解決コスト」と「経営的リスク」を意識させる交渉術
• レピュテーション(評判)管理: 「権利侵害とは徹底的に戦う」という姿勢を見せることの投資価値
単なる法的な勝ち負けを超え、訴訟プロセスそのものを
「自社の市場優位性を守るための正当な権利行使」
として活用する、経営者のための実践的なケーススタディをご紹介します。
相談者プロフィール:
株式会社クラフト・スピリッツ 代表取締役社長 釜炊 煮込(かまたき にこむ、45歳)
相談内容:
先生、先日はありがとうございました。
博多で雨後の筍のように湧いて出た、ウチの
「クラフトコーラ」
を真似した店への対応の件です。
先生の解説、目からウロコでした。
「不正競争防止法だの著作権法だの真正面からぶつかっても、相手をねじ伏せる判決を勝ち取るのは難しい。下手をすれば負ける」
という、冷徹な見立て、しかと受け止めました。
ですが、それ以上に響いたのは、先生のこの一言です。
「たとえ判決で100%勝てなくても、訴訟を提起し、退かずに戦う姿勢を見せること自体が、相手に対して『安易なパクリは高くつく』という強烈なメッセージになり、それが結果としてビジネスを守る抑止力になる」
社内で検討した結果、今回の博多の件は、相手も小粒ですし、今回は見送ることにしました。
ただ、今回教えていただいた
「勝敗を超えた戦略的訴訟」
という高度な戦術は、今後、もっと体力のある大手がウチの真似をしてきた時のための
「伝家の宝刀」
として、懐に忍ばせておきます。
いざという時は、抜きますよ!
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:裁判所の「判断基準」とビジネスの「感覚」のズレ
多くの経営者は、
「パクリだ!悔しい!」
という直感的な正義がそのまま裁判所で認められると思っています。
しかし、実務の世界では、アイデアやコンセプトといった
「フワッとしたもの」
を独占的な権利として守るのは、法律上、非常にハードルが高いのが現実です。
特に不正競争防止法における
「商品の形態模倣」
や
「周知表示混同惹起」
のハードルは、一般の方が思うよりも高く設定されています。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:訴訟の「副次的効果」を戦略に組み込む
しかし、訴訟の目的を単に
「勝訴判決」
だけに置かず、
「交渉のテーブルに着かせること」
や
「将来の模倣に対する牽制(抑止力)」
に置くと、景色は一変します,。
訴訟が提起されると、被告側は応戦を余儀なくされます。
弁護士を選任し、過去の資料をひっくり返し、詳細な反論書面を作成しなければなりません。
これには相応の
「コスト(費用・時間・労力)」
がかかります。
相手が大企業であればあるほど、コンプライアンスやレピュテーション(風評)を気にしますから、
「係争中である」
という事実自体が、経営判断に重い影響を与えます。
つまり、確たる法的根拠を持って訴訟に踏み切ることは、
「安易な模倣や権利侵害は、割に合わないコストを強いることになる」
ということを、業界全体に知らしめる
「投資」
としての側面を持つのです。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:戦略的「消耗戦」の効用
「たとえ最終的な判決が引き分けや和解に終わったとしても、相手に『この会社は権利侵害に対して徹底的に戦う』という強烈な印象を植え付け、安易な参入を躊躇させることができれば、ビジネスの競合戦略としては『勝ち』である」
という考え方が、戦略法務の深層には存在します。
これは、単なる勝ち負けではなく、長期的視野に立った
「自社の知的財産とブランドの防衛戦」
なのです。
モデル助言:「伝家の宝刀」は、抜くべき時まで研いでおく
釜炊社長、ご英断です。
今回の相手のような小規模な相手に対し、こちらの貴重な経営資源(弁護士費用や社長の時間)を投じてまで全面戦争を仕掛けるのは、コストパフォーマンス(費用対効果)の観点から得策ではありません。
しかし、今回得られた知見は、御社にとって大きな武器になります。
将来、資金力のある大手企業が参入してきた際、
「我々は、一歩も引かずに徹底的に権利を主張する覚悟がある」
という姿勢を見せることは、最強の抑止力(防衛策)になります。
・「勝訴」だけが目的ではない。
・プロセスそのものを武器として、自社の市場優位性を守り抜く。
この
「大人の喧嘩の作法」
とも言うべき戦略的思考を理解された御社は、また一つ、企業として強くなったと言えるでしょう。
今回は刀を鞘に納め、次の
「本番」
に備えましょう。
※【注意事項】法的根拠のない訴訟提起について※
本記事は、法的根拠(勝訴の見込みや合理的な法解釈)が存在することを前提とした戦略論です。
事実無根の言いがかりや、単に相手を困らせるためだけの目的で訴訟を提起することは、民事上の不法行為(不当訴訟)を構成する可能性があるほか、弁護士倫理にも反します。
あくまで
「権利の存否が争われるグレーゾーンにおいて、あえて引かずに司法判断を仰ぐ」
という毅然とした態度の重要性を説くものです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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