02221_ケーススタディ:「開かずの金庫」と「敵の敵」を攻める_債権回収、正面突破がダメな時のBプラン

「相手の会社、供託金があるらしいぞ。それを差し押さえれば回収できるんじゃないか?」

債権回収の現場では、こうした噂や膠着状態に一喜一憂することがよくあります。

しかし、法律の壁は厚く、単に
「お金を貸している」
というだけでは、相手の懐(供託金)を覗き見ることすら許されません。

本記事では、回収困難な事案における
「見えない資産(供託金)」
へのアプローチ方法と、正面突破が無理な場合に使う
「三角関係を利用した回収テクニック(債権譲渡・相殺戦略)」、
そして最終手段としての
「債権者破産」
という3つの法的アプローチについて解説します。

この記事でわかること:
• 供託所の鉄壁ガード: なぜ債権者は供託金の有無を簡単には確認できないのか
• 搦手(からめて)からの奇襲: 「敵の敵」を味方につけて回収する「債権譲渡×相殺」のスキーム
• 最後の手段: 煮え切らない債務者に引導を渡す「債権者破産申立て」の効用とリスク

「ない袖は振れない」
と居直る相手に対し、法律のプロが懐に忍ばせている
「次の一手」
をご紹介します。

【クライアント・カルテ】

• 相談者: 株式会社ガテン・ビルド 営業本部長 現場 守(げんば まもる)
• 業種 : 内装工事業
• 相手方: 株式会社 砂上の楼閣(さじょうのろうかく)不動産

【相談】

先生、もうお手上げですわ。

以前から支払いが滞っていた
「砂上の楼閣不動産」
ですが、ついに連絡が取れなくなりました。

ところが、業界の噂で耳にしたんですが、あそこ、別の取引先と揉めていて、数千万円の現金を法務局に供託しているらしいんです。

その
「供託金」、
ウチみたいな債権者が
「いくらあるのか」
「本当にあるのか」、
中身を覗くことはできませんか?

もしその虎の子が手に入らないなら、もうラチがあきません。

【9546リーガル・チェックポイント】

1 「供託金」という名の埋蔵金伝説

債権回収の現場では、追い詰められた債権者の間で
「あそこには隠し財産(供託金)があるらしい」
という埋蔵金伝説のような噂が飛び交うことがあります。

しかし、法務局(供託所)のガードは、スイス銀行並みに鉄壁です。

法的には、単に
「お金を貸している」
「売掛金がある」
という一般債権者の立場では、供託所に対して
「中身を見せろ(閲覧請求)」
と言う権利は認められていません。

これは、
「隣の家の旦那がへそくりを隠しているらしいから、銀行にその残高を教えろ」
と窓口で叫んでいるのと同じで、プライバシー(秘密)の壁に跳ね返されてしまいます。

確認できるのは、
「すでに差押えをした人」
などの
「直接の利害関係者」
だけ。

「中を見るためには、まず鍵(債務名義や差押命令)を手に入れなければならない」
というジレンマがあるのです。

2 「敵の敵」は「味方(財布)」である(相殺戦略)

正面からの差押えが空振りに終わる場合、視点を変える必要があります。

砂上の楼閣不動産に対して
「お金を払わなければならない人」
はいませんか?

もし、砂上の楼閣不動産にお金を払う予定の別の業者(B社)がいて、B社も砂上の楼閣不動産に対して何らかの不満や債権を持っているなら、チャンスです。

あなたの持っている不良債権をB社に譲渡するのです。

すると、B社は
「砂上の楼閣に払う義務」

「砂上の楼閣からもらう権利(あなたから買った債権)」
を相殺して、支払いを免れることができます。

あなたはそのB社から債権譲渡代金をもらうことで回収を図る。

これは、
「敵(砂上の楼閣)の敵(砂上の楼閣にお金を払いたくない人)は味方」
という、マキャベリズム的な回収戦術です。

3 ゾンビ企業に引導を渡す「お葬式(債権者破産)」

「もう死に体なのに、往生際悪く生きている」
そんなゾンビ企業に対し、トドメを刺すのが
「債権者破産」
です。

通常、破産は自ら申し立てるもの(自己破産)ですが、法律上は、債権者からも
「この会社はもう死んでいます(支払不能)。お葬式(破産手続)をあげてください」
と裁判所に申し立てることが可能です。

過去には、経営悪化で給与未払いを起こした医療法人に対し、職員(債権者)たちが団結して破産を申し立てた事例などがあります(大森記念病院事件などが有名です)。

【戦略的アドバイザリー】

現場さん、お気持ちは痛いほどわかりますが、感情に任せて突撃しても
「開かずの金庫」
の前で立ち尽くすだけです。

まずは冷静に、搦手(からめて)から攻めましょう。

1 供託所へのアプローチ:弁護士会照会(23条照会)
いきなり法務局に乗り込んでも門前払いですが、弁護士会を通じた
「23条照会」
という公的な虫眼鏡を使えば、供託の有無や額について回答を引き出せる可能性があります。
まずはこのルートで、埋蔵金の実在を確認しましょう。

2 奇策:「敵の敵」を探せ 
砂上の楼閣不動産に対して
「お金を払いたくない」
と思っている業者を探しましょう。
そこに債権を譲渡して相殺させるスキームが組めれば、キャッシュを回収できる可能性があります。

3 最後の切り札:「債権者破産」 
これは
「諸刃の剣」
です。
相手を法廷に引きずり出し、管財人という公的な管理人を送り込んで資産を洗う強力な手段ですが、申立てには
「予納金」
という安くない費用(お布施)が必要です。
相手が本当にスッカラカン(無資産)であれば、予納金分だけ赤字が拡大する
「費用倒れ」
に終わります。
あくまで、
「破産されたくなかったら、払え」
という最強のプレッシャーカードとして懐に忍ばせつつ、まずは実態調査を優先しましょう。

※本記事は、一般的な債権回収の手法と法的背景を解説したものです。
個別の事案における回収可能性や、具体的な手続き(債権譲渡の対抗要件具備や破産申立の疎明資料、予納金の額等)については、事案ごとに異なりますので、弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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