「いよいよ海外メーカーとの独占契約だ! これでウチも安泰だ!」
「・・・ちょっと待ってください。その契約書、御社にとって『死亡届』になりかねませんよ?」
取引の現場では、金額や数量といった
「数字」
には敏感でも、契約書の
「条項」
には無頓着なケースが後を絶ちません。
特に海外企業との取引では、相手は
「書かれていないことはやらない」
「書かれていることは絶対守れ」
というドライな契約文化を持っています。
本記事では、ある輸入商社の事例をもとに、
「自分たちの権利を守る条項の欠落(穴)」
と、
「相手に有利すぎる過酷な条件(罠)」
という2つの視点から、契約書レビューの重要性を解説します。
この記事でわかること:
• スカスカの契約書の恐怖: 注文方法や決済条件を決めずに握手することの危険性
• リードタイムの罠: 「変更不可」の条項が招く在庫リスクと機会損失
• 責任制限条項のトリック: 一見高額な賠償上限額に隠された「免責」の落とし穴
「契約書なんて、揉めなきゃただの紙切れでしょ?」
と思っているあなた。
揉めた瞬間に、その紙切れが
「鉄壁の盾」
になるか、
「処刑台」
になるかが決まるのです。
転ばぬ先の杖、いや、転ばぬ先の
「リーガルチェック」
の極意をお伝えします。
【クライアント・カルテ】
• 相談者: 株式会社フロンティア・トレーディング 専務取締役 一本木 通(いっぽんぎ とおる)
• 業種 : 専門商社(海外雑貨輸入卸)
• 相手方: 豪州・サザンクロス社(メーカー)
【相談】
先生、ようやくオーストラリアのサザンクロス社(SC社)との独占販売契約がまとまりそうです!
向こうは、今、世界中で大ヒットしている高機能アウトドア雑貨のメーカーです。
向こうから契約書案が来ましたし、こちらも要望をまとめた合意書案を作りました。
「あとはサインするだけ」
のつもりで先生にチェックをお願いしたんですが、本日の打ち合わせで、先生、めちゃくちゃ渋い顔をしていましたよね?
「御社の作った案は、車で言えばエンジンとタイヤがないようなもの」
「相手の案は、ハンドルが固定されていてブレーキが効かない車のようなもの」
っておっしゃいましたが、意味がわかりません。
具体的に、どこがどうマズいんでしょうか?
このまま契約すると、地獄が待ってる、ってことですか?
【9546リーガル・チェックポイント】
1 「スカスカの合意書」は、ただの“願い事リスト”
まず、御社(フロンティア・トレーディング)が作成した合意書についてですが、致命的な欠陥があります。
注文方法、支払い方法、危険負担(輸送中に商品が壊れたらどっちの責任か)、知的財産権、守秘義務、損害賠償・・・これらが
「規定がない」
状態です。
これは、結婚に例えるなら、
「好きです! 一緒になりましょう!」
と愛だけは叫んでいるものの、
「で、家賃はどうする? 家事は誰がやる? 浮気したらどうする? 別れる時の財産分与は?」
という生活のルールが一切決まっていないのと同じです。
「書いていないことは、何をやっても自由」
というのが契約の基本ルールですから、これではトラブルが起きた瞬間、御社は丸裸で戦場に放り出されることになります。
2 「独占」の冠を被った「隷属」契約
次に、相手方(SC社)の契約書ですが、御社が喉から手が出るほど欲しい
「独占的供給権」
の規定がありません。
さらに、
「最低供給数量」
の規定もありません。
これでは、SC社は御社以外にも商品を売れますし、極端な話、御社からの注文をすべて無視して
「在庫がない」
と言い張ることも可能です。
「独占契約だと思っていたら、実はただの『買わせていただく』契約だった」
という、笑えないオチになりかねません。
3 「8週間の予言者」になれますか?(リードタイムの罠)
SC社案の第3条を見てください。
「見積り要求は8週間前」
「注文は4週間前」
「その後の変更不可」
とあります。
今の激動の市場で、2ヶ月先の需要を完璧に予測し、1ヶ月前に確定注文を出し、一切変更しないことが可能でしょうか?
これは、御社に
「『予言者』になれ」
と要求しているのと同じです。
予測が外れれば、過剰在庫の山に埋もれるか、欠品で機会損失を出して顧客に怒られるかの二択です。
4 「1000万ドル」という免罪符
第9条には、SC社の責任上限が
「1000万豪ドル(約数億円)」
に制限され、かつ
「『間接損害(逸失利益など)』は互いに免責」
とあります。
一見、高額に見えますが、もしSC社の製品がPL事故(製造物責任事故)を起こし、大規模なリコールや損害賠償が発生したらどうでしょう?
「間接損害免責」
の条項があるため、御社がその事故のせいで失った将来の利益や、ブランド毀損による損害は、1円も請求できません。
相手は、1000万ドルという
「手切れ金」
を払ってサヨウナラですが、御社は焼け野原に残されることになります。
【戦略的アドバイザリー】
一本木専務、このままハンコを押すのは、
「パラシュートなしでスカイダイビングをする」
ようなものです。
以下のポイントで、契約書という
「命綱」
を編み直しましょう。
1 「穴」を塞ぐ(自社案の修正)
まず、御社の合意書案に、ビジネスの
「血液」
を通わせます。
いつ、どうやって注文し、いつ払い、いつ所有権が移り、トラブルが起きたらどう責任を取るか。
これら
「5W2H」
を明確に規定し、
「日本昔話型文書(具体性のない曖昧な文書)」
から脱却させます。
2 「手枷足枷」を外す(相手案の修正)
SC社案の第3条(供給)については、現実的なリードタイムへの短縮と、一定範囲での変更の柔軟性(フレキシビリティ)を求めます。
「市場の変化に対応できない契約は、共倒れになる」
と、ビジネスの合理性から説得しましょう。
3 「盾」と「矛」を確保する(独占と責任)
最も重要な
「独占権」
を明記させ、
「最低供給義務」
を課すことで、SC社を逃さないようにします。
また、第9条(責任制限)については、PL事故などの第三者請求や、重大な過失がある場合は上限を撤廃するよう交渉します。
結論:
交渉のテーブルで、
「御社のドラフトをベースにしますが、ビジネスの実態に合わせて、いくつか『微調整』させてください」
と笑顔で切り出しつつ、中身はガッツリと
「こちらの生存領域」
を確保する修正案をぶつけましょう。
契約書は、トラブルが起きた時のための
「聖書」
であり
「武器」
です。
神に祈る前に、条文を磨くことが、ビジネスの寿命を延ばします。
※本記事は、架空の事例をもとに、契約法務および国際取引に関する一般的な法解釈と実務的視点を述べたものです。個別の契約交渉や法的判断については、具体的な事情に応じて弁護士にご相談ください。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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