02236_ケーススタディ:その契約書は「一夜限りの恋」か、それとも「永遠の誓い」か? 経営者が知るべき、担保設定に見る“ビジネスの相思相愛”判別法

「先方が作ってくれた契約書だから、そのままハンコを押しておけばいいだろう」

もしあなたが、担保契約においてそんな軽い気持ちでいるなら、少し危険です。

特に、融資の担保となる
「抵当権」

「根抵当権」。

この
「根」
という一文字があるかないかは、法的な手続きの違いだけではありません。

それは、相手とのビジネスを
「1回きりの点」
と見るか、
「未来永劫続く線」
と見るかという、経営戦略上の決定的な
「覚悟」
の違いを意味します。

本記事では、難解な民法用語を
「恋愛」

「電車の切符」
に例え、契約書の文言に隠された、取引先のしたたかな
「プロポーズ(または束縛)」
を見抜くための視点について解説します。

【この記事でわかること】

• 「抵当権」と「根抵当権」の違いは、「切符」と「定期券」の違いである
• 相手が「根抵当権」を求めてくる本当の理由と、そこに潜むリスク
• 契約書一つで、自社が「銀行代わり」にされてしまうメカニズム

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社アストロ・リンク・クレジット 審査部長 星野 渡(ほしの わたる) 
業種 : 次世代モビリティ開発・プロジェクトファイナンス
相手方: 株式会社シグマ・プロパルション(ドローン物流ベンチャー)

【相談内容】 

先生、急ぎの案件で判断に迷っています。 

当社は、物流ベンチャーのシグマ社に対し、機体製造資金として以前から融資を行ってきました。 

この度、既に完済された5億円の貸付に対応する古い担保を解除し、新たに新型機開発資金として10億円を融資することになりました。

先方の法務部から送られてきた契約書案を見ると、前回の貸付けとほぼ同じですが、担保設定契約書だけが 
「根抵当権設定契約証書」
になっていました。

シグマ社の担当者は、電話でこのように言っていました。

「今後も開発資金のご相談をさせていただくことになるかと存じます。その都度、契約や登記の書き換えで御社のお手を煩わせるのも大変恐縮ですので、もしよろしければ、この機会にまとめて極度額(枠)を設定させていただけないでしょうか」

非常に腰が低く、こちらの事務手間に配慮してくれているようにも聞こえます。 

実務上は合理的にも思えますが、このままハンコを押してしまって問題ないでしょうか?

「抵当権」は“一回きり”の乗車券

星野部長、その
「下手にでた提案」
にこそ、相手のしたたかな戦略が隠されています。

法律用語の違いは、単なる言葉遊びではありません。

そこには、ビジネスにおける
「関係性の深さ」
が残酷なほどクリアに反映されています。

まず、これまで設定されていた
「抵当権」。

これは、いわば
「1回きりの乗車券(切符)」
です。

 「5億円の借金」
という特定の目的地が決まっていて、返済(到着)して改札を出れば、その切符は回収され、役目を終えて消滅します。

貸し手である御社としては、その1回の取引だけを管理すればいい。 

まさに、
「後腐れのない、一回きりのデート(点の関係)」
です。

「根抵当権」は“乗り放題”の定期券

対して、今回シグマ社が
「御社のために」
とへりくだって提案してきた
「根抵当権」。

これは、
「期間内なら何度でも乗り降り自由な定期券(パスポート)」
です。

根抵当権には、
「極度額(枠)」
という概念があります。

シグマ社は
「お手数をかけるのは恐縮だから」
と言っていますが、本音を翻訳するとこうなります。

「これから開発競争で何度も金が必要になる。そのたびに、いちいち御社にお伺いを立てるのは面倒だし、断られるのも怖い。だから、10億円という枠の定期券をもらって、御社の改札を顔パスで通りたい」

つまり、彼らは御社に対し、
「1回きりの取引相手」
ではなく、
「いつでも財布代わりになってくれるパートナー」
としての地位を求めているのです。

「定期券」を渡すことのリスクと覚悟

ここで重要なのは、定期券(根抵当権)を渡すということは、御社のリスク管理も
「点」
から
「線」
に変わるということです。

1 「貸しすぎ」のリスク 
「枠があるから」といって、シグマ社が頻繁に資金を要求し、気づけば御社の資金繰りが彼らの放漫経営に振り回される可能性があります。

2 「別れられない」リスク
ここが最大の違いです。
普通の抵当権なら、全額返済すれば権利は消滅し、関係はきれいに終わります。
しかし根抵当権は、今回の10億円を全額返済してもらっても、枠(箱)自体は契約期間中、生き続けます。
御社が「完済されたので、今回の融資は終了です。担保の抹消手続きに入ります」と告げても、シグマ社はこう切り返してくるでしょう。
「いえ、せっかく枠(箱)が残っているのにもったいない。抹消手続きなんて手間のかかることはせず、実は来月また資金が必要なので、その枠を使って貸してください」

3 「断る大義名分」の完全喪失
こうなると、「枠」という既成事実がある以上、御社は断る大義名分を立てにくくなり、なし崩し的にズルズルと関係を続けざるを得なくなります。

銀行であれば、それが商売ですから
「定期券」
は大歓迎でしょう。

しかし、事業会社である御社が、そこまで彼らと
「運命共同体」
になる覚悟はありますか?

【今回の相談者・星野部長への処方箋】

星野部長、相手の
「謙虚な姿勢」
にほだされてはいけません。

これは法務の問題ではなく、
「愛(ビジネス戦略)」
の問題です。

1 「これっきり」なら断固拒否する 

もし、今回の10億円がプロジェクト単位の単発融資であり、これ以上深入りしたくないなら、根抵当権の提案は断ってください。 

「お気遣いはありがたいですが、事務の手間はこちらで引き受けますので、都度、抵当権を設定しましょう」 
と切り返すのが、健全な距離感を保つ大人の対応です。

2 「骨を埋める」なら受けて立つ 

逆に、今後もシグマ社と
「雨の日も風の日も、継続的に資金を融通し合う深い関係(線)」
を築いていく覚悟がおありなら、彼らの提案に乗るのも一興です。

その代わり、与信管理は格段に難しくなることを経営陣に報告してください。

3 結論: 

「根抵当権」
という選択は、その意思を反映した、ある意味で重い
「愛のカタチ」
です。

契約書上の
「点」

「線」
に変える瞬間には、それ相応の覚悟が必要です。

その覚悟がおありなら、どうぞ、実行してください。

※本記事は、架空の事例をもとに、企業グループ内のガバナンス強化手法や担保設定に関する一般論を解説したものです。 
実際の契約締結や運用においては、会社法上の権限規定や金融関連法令に留意する必要があります。
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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