出向は、便利です。
人材を活かし、取引先との関係を強め、グループ内の最適配置を実現できます。
経営にとっては、実に使い勝手のよい制度です。
ところが、トラブルが起きた瞬間、その便利さは一転します。
出向元、出向先、本人。
三者が絡み合い、責任の所在が曖昧になり、感情だけが先行する。
そして飛び出すのが、
「懲戒解雇だ」
という言葉です。
しかし、ここで反射的に動けば、会社は火傷をします。
出口を設計しないまま強行突破すれば、ほぼ確実に紛争化します。
出向社員トラブルは、感情ではなく、構造で処理しなければなりません。
1 まず、懲戒権の帰属をミエル化する
最初に整理すべきは、誰が処分できるのか、という点です。
出向は、労働契約が出向元に残る形が原則です。
つまり、懲戒権は通常、出向元にあります。
出向先が日常的な指揮命令をしているとしても、懲戒解雇までできるとは限りません。
出向契約で懲戒権がどこまで委譲されているか。
ここを文書で確認しなければなりません。
にもかかわらず、出向先経営者が激昂し、
「即刻クビだ」
と叫ぶ。
その瞬間に、法務の役割が始まります。
感情をなだめることではありません。
契約と法理を提示することです。
解雇権濫用法理は、想像以上に強固です。
横領や重大な犯罪であれば別ですが、勤務態度不良や能力不足では、いきなり懲戒解雇は極めて困難です。
最高裁判例が繰り返し示してきたとおり、社会通念上相当といえなければ無効になります。
ここを曖昧にしたまま話を進めると、後で足をすくわれます。
2 出口は三層で設計する
出口設計は、三層で考えます。
1 出向関係の終了
2 本人の処遇
3 将来紛争の遮断
この3つを同時に動かします。
1つだけ整えても意味がありません。
まず、出向契約の終了理由をどう整理するか。
「契約期間満了」
なのか、
「合意解約」
なのか。
形式を誤ると、後で不利益処分と評価される可能性があります。
文書化が必須です。
次に、本人の処遇です。
・本体復帰か
・配置転換か
・転籍か
ここで注意すべきは、転籍は労働契約の主体が変わるという点です。
原則として本人の自由な同意が必要です。
給与が下がるのであれば、その合理性と説明プロセスを丁寧に積み上げる必要があります。
追い込んでサインさせる。
これは最悪の一手です。
後から無効主張される余地を自ら作る行為だからです。
最後に、紛争遮断です。
三者間で、未払賃金や損害賠償請求が存在しないことを確認する。
将来請求をしない旨を合意する。
守秘義務を定める。
ここまで落として、はじめて出口になります。
3 転籍は「罰」ではなく「再設計」にする
転籍を使う場合、発想を変える必要があります。
追放ではありません。
再設計です。
能力が合わなかっただけかもしれない。
環境との相性の問題かもしれない。
たとえば、対外折衝が苦手な社員を、バックオフィス業務に移す。
現場向きでない人材を、研修担当にする。
こうした配置転換の延長線上に、グループ内転籍を位置づけます。
そうすれば、本人の同意も得やすい。
実質的な合理性も説明できます。
「ここで終わりだ」
ではなく、
「ここから立て直す」
という物語に変えるのです。
法務は、物語を設計します。
ただし、感情論ではなく、契約と合理性に裏付けられた物語です。
4 法務の役割は、白黒をつけることではない
出向社員トラブルは、しばしば対立構造になります。
出向先は怒り、本人は防御し、出向元は板挟みになる。
ここで正義を振りかざすのは簡単です。
どちらが悪いかを断定することもできるでしょう。
しかし実務は、そこでは終わりません。
会社は、明日も取引を続けなければならない。
社員も生活を続けなければならない。
法務の仕事は、勝ち負けを決めることではなく、損失を最小化することです。
火を消し、延焼を防ぎ、次の一手を打てる状態を作ることです。
出向という制度は、便利な道具です。
しかし、道具は使い方を誤れば凶器になります。
だからこそ、あらかじめ出口を設計しておく。
トラブルが起きてから慌てるのではなく、起きる前提で契約を整えておく。
出向契約の段階で、懲戒権の所在を明確にする。
トラブル時の協議条項を入れておく。
転籍の可能性を見据えたグループ内制度を整備する。
これができていれば、修羅場は激減します。
出向社員トラブルの本質は、人の問題ではありません。
設計の問題です。
ミエル化されていない関係は、必ずもつれます。
カタチ化されていない合意は、必ず争われます。
出口を先に描く。
そこから逆算して制度を組む。
それが、企業法務の腕の見せどころです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
✓当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ:
✓当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ:
✓当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ:
企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
