企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。
相談者プロフィール:
グッチ・カメラ株式会社 野口 裕三(のぐち ゆうぞう、56歳)
相談内容:
先生もご存じのとおり、わが社は家電量販店を大々的に展開しており、業績はうなぎ上りなんですが、ちょっと気がかりなことがひとつ出てまいりまして。
今年の初めあたりから、
「グッチ・カメラ池袋店従業員の残業代を払ってないだろ」
ってことで、しょっちゅう本社のほうに来ては、やれタイムレコーダーはないのか、労働組合との協定がどうしたとか、給与台帳見せろとか、あれこれ文句言ってくるんです。
でも、ウチの会社には労働組合なんてないからそんな協定などありっこないし、それに、残業代を払う払わないって話は会社と従業員との間のことで、従業員は誰ひとり文句言っているヤツいないから、当局は関係ない話でしょ。
これって、借金の問題に、いきなり行政当局が出てきて、
「お前、金返してやれよ」
って言うのと一緒で、民事に対する不当な干渉ですよ。
だから、いつも、
「うるせえ」
って一喝して、追い返していたんです。
そしたら、昨日、東京労働局っていうんですか、偉そうな連中がたくさん乗り込んできて、きちんと対応しないなら労働基準法違反で刑事事件にしますよ、って脅かされたんです。
で、さすがにちょっと怖くなって先生のところに相談に来たんですけど、残業代払わないからって逮捕されるなんてことはないですよね。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:取締法規としての労働法
会社と従業員との関係は、労働契約という民事の契約関係で成り立っていますので、残業代不払い等も単に民事上の問題と思われがちです。
しかしながら、労働者の生活を保障する観点から労働基準法により最低限の労働条件を定められており、国が会社と従業員との契約関係に介入し、罰則の制裁を以て、企業側一定の労働基準の順守を強制しています。
一口に労働法といっても民事、行政、刑事といったさまざまな問題があります。
懲戒処分の有効性や解雇理由の有無・解雇権濫用等が純粋な民事上の問題であり、また、労働安全衛生法違反や労災隠しが取締法令順守の問題であることは明白です。
ところが、残業不払いの問題は、残業代支払い義務の存否という一見民事上の問題だけでなく、他方で取締法令遵守の問題もはらむので、やっかいです。
すなわち、労働基準法36条において義務付けられた労働協約を締結することなく法定労働時間を超えて残業させたような場合には同条違反の問題が生じますし、また法的に明らかに発生したと考えられる残業代の支払いを拒否した場合には賃金全額払原則違反(労働基準法24条違反)が生じるなど、残業問題は労働取締法令コンプライアンスも含むのです。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:労働基準法違反のペナルティ
従業員と前述の36協定を締結することなく、従業員を週40時間以上勤務させた場合違法残業になりますし、週40時間を超える勤務時間につき法定の割増賃金(残業代)を支払わない場合、36協定締結の有無に関わらず、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が課せられる場合があります。
この場合、割増賃金の支払いを懈怠している人事部長等の担当者のみならず、当該不払いを放置し、必要な措置を講じなかった役員も同罪に問われる可能性があるので注意が必要です。
実際、2005年2月に、時間外賃金を支払わずに従業員にサービス残業をさせていたことを理由として、家電量販店大手Bカメラ社長ら役員8人らが労働基準法違反(割増賃金不払いなど)容疑で書類送検(刑事事件として立件する方法のひとつ)される、といった事件も起きていますので十分な注意が必要です。
モデル助言:
最近では、従業員の誰ひとりとして文句を言わなくても、監督当局である労働局・労働基準監督署が調査介入し、刑罰権を背景に有無を言わさず法令を順守させるようになっています。
「従業員の誰も文句言っていないし、会社と従業員との内部の話だから、当局が口出しするな」
という野口社長の主張は、まず通らないですね。
グッチ・カメラさんの場合、相当過酷な残業をさせているようですから、36協定の締結は必須です。
労働組合が無かろうが、法は職場代表を選出して締結することを要請しておりますので、この点のコンプライアンスはすぐに整備しておくべきです。
残業代は基本給の25%増(休日の場合35%)となりますので、計算の際、注意してください。
残業代不払いが悪質な場合には、後日、裁判で、未払い残業代と2年分の法定利息と残業代と同額の賦課金を支払えと命じられることもあるので、放置するのは得策ではありません。
まずは労働局の職員に平謝りした上で、指導に従い、36協定を締結し、未払いになっている残業代を支払う方向で話をつけましょう。
昔のことで勤務時間の詳細な資料がないとか、職場で休日の遊びの打ち合わせをしていた従業員もいた等の事情をきちんと説明すれば、当局側とうまく話がついて、1年分そこそこの遡及払いで解決できる場合もありますので、少し作戦を練りましょうか。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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