00211_企業法務ケーススタディ(No.0166):M&A後も事業名称を継続使用するリスク

相談者プロフィール: シティー・フィールド株式会社 代表取締役 市原 良純(いちはら よしずみ、51歳)

相談内容: 
先生、僕、近々名門ゴルフクラブのオーナーになるんですよ。
というのも、知り合いを通じて、昭島観光株式会社を紹介されましてね。
昭島観光株式会社といえば、一時期は、世の経営者がこぞって入会していた、かの有名なゴルフクラブ
「昭島カントリー倶楽部」
を運営している会社です。
でも、近頃は、経営不振が続いているようで、会社を分割して新会社を作って、ゴルフ場事業だけそこに承継させるために、僕に
「オーナーになってくれないか」
って、声がかかった、ていうことですよ。
まぁ、
「今どきゴルフ場なんて流行らないでしょ」
っていう声もありますけど、最近またゴルフも人気になってきたし、ここは僕の経営手腕の見せどころですから!!
僕、趣味で気象予報士の資格を持っていますけど、どんな天候でも、快適にゴルフを楽しめるような設備にする予定です。
ちなみに、
「昭島カントリー倶楽部」
っていう名前は、相当なネームバリューがありますから、引き続き使用します。
元の会社は負債だらけらしいですけど、これまでのゴルフクラブ会員に対する預託金については、ウチは返還する義務を負わない取り決めになってますから、まぁ、何とか建て直してみせますよー。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:事業譲渡の落とし穴
ある会社の事業を譲渡するのに、事業とともに
「商号」
も譲渡する場合、
「事業を譲り受ける側」
には、原則として
「事業を譲渡する側」
の事業によって生じた債務を負担する義務が生じます(会社法22条)。
これは、会社の合併等の場合と異なり、事業譲渡においては元の債権者の債権を確保する手続がないため、
「債務者側の一方的都合で、ある日突然、事業オーナーが変更されて債権を取りっぱぐれる」
という事態から保護すべき必要があるからです。
例えば、飲食店事業を営むA株式会社から、飲食店事業とともに
「A株式会社」
という商号をも譲り受けた場合、債権者から見れば
「『A株式会社』が飲食店事業に関する債務を負担している」
という外観は何も変わっていないので、この外観を信じて回収行動に出ることなくおとなしくしていた債権者の信頼を保護しよう、ということです。
なお、
「どうしても元の会社の債務について責任を負いたくない」
という場合には、きちんとした方法が用意されています。
事業譲受け後、直ちに、本店所在地で
「『事業を譲渡する側』の債務については責任を負いません」
との
「免責の登記」
を打って公示することにより、事業譲渡でM&Aしたセラー(売り主)の背負っているワケの分からない債務から解放されるのです(会社法22条2項)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:会社分割への類推適用
では、会社分割の場合はどうでしょうか。
この点、設例と同様に、クラブの名称を続用した預託金会員制ゴルフクラブの事業を承継した企業が、預託金を返還する義務を負うか否かが争われた最高裁判例(最二小判平成20年6月10日)があります。
最高裁判所は、預託金会員制のゴルフクラブにおいて、その名称は、ゴルフクラブ自体だけでなく、ゴルフ場の施設やこれを経営する会社をも表示するものとして用いられていることが少なくなく、そのような状況で、
1 ゴルフ場事業が譲渡され、
2 名称が続用され、
3 譲り受けた側が譲受後遅滞なくゴルフクラブ会員によるゴルフ場施設の優先的利用を拒否した
などの特段の事情がない場合、
ゴルフクラブ会員において、同一の事業主体による事業が継続しているものと信じたり、事業主体の変更があったけれども「事業を譲り受けた側」

「事業を譲渡する側」
の債務を引き継いだと信じてしまうのは無理もない、との事業譲渡についての判例を引用し、会社分割にもこれが当てはまると判断しました。

モデル助言: 
事業譲渡でも事業の屋号が続用されたり、会社分割をして商号や屋号が続用される場合、一概に会社法22条が類推適用されるとは限りません。
ですが、
「昭島カントリー倶楽部」
の場合、前記判例の3要件を満たしてしまうでしょうから、このままでは、市原さんの会社が預託金の返還義務まで負うことになりそうですね。
ですから、譲受後すぐに、
「既存の会員の優先権等を廃止する」
といった措置を取り、前の会社から債務を承継していないことを会員や世間に知らせる必要がありますね。
と言うか、この平成20年の判例等を受けて、登記実務では、会社分割によって商号又は屋号を続要する場合にも、免責の登記ができるようになっているので、これも活用できます。
なお、登記手続きには、譲渡する側の承諾書の添付が必要ですから、お忘れなく。
要するに、前の会社のネームバリューを利用したいなら、それ相応のリスクも覚悟しなければならず、
「いいとこ取りはダメ」
ということですよ。
ちなみに、一部弁済をするなど、既に前の会社の債務も負うかのように振る舞っておいて、後から免責の登記をしたと主張するのは、信義則違反として反則になりますから、こちらも要注意ですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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