01164_疑似法務活動の概念整理>倫理課題・CSR等と企業法務との関係整理>(4)学説の状況

「コンプライアンス(内部統制)の対象とすべき規範について、法令に限定するか、倫理をも取り込むか」
という点について、学説の状況をみていきます。

日本の学説においては、論点の存在すら意識されていない状況で、論者によっては、コンプライアンス(内部統制)の対象規範について混乱がみられます。

すなわち、上記のような論点について、理論上の整理ができていない論者や混乱して自説の統一性に破綻を来している論者の論説等をみると、
「法令に書いていないことはどんどん積極的にやるべし」
と述べながら、別の箇所で
「コンプライアンスにおいて倫理は重要だから、非道徳的で不健全な方法は、 くれぐれも自重すべき」
などとしており、しかも、このような論理上の欠陥を誰も指摘しない状況となっています。

他方、コンプライアンスの議論が進んでいるアメリカにおいては、エンロン問題が起こる以前から、コンプライアンス、すなわち法令遵守課題と、企業倫理課題とは、概念上峻別して、それぞれ課題として整理すべきことが提唱されてきました(L. S. Paine、Weaverら)。

例えば、Paineは、コンプライアンスを
「非合法的な行為の防止」
を目的として、弁護士その他法律専門家のリーダーシップにより解決・達成する課題と位置づけ、これを
「企業倫理やCSR等の実践」
という経営上の課題とは概念上区別するという前提で議論しています。

その上で、後者すなわち
「企業倫理やCSR等の実践」
については、
「処罰等から逃れるため」
という明確な動機づけが設定できない以上、構成員の価値の共有(value sharing)という実践理念が必要となるが、かかる実践課題は(企業法務活動としてではなく)経営サイドが主導すべき業務として分類します(リン・シャープ・ペイン著、梅津光弘・柴柳英二訳『ハーバードのケースで学ぶ企業倫理―組織の誠実さを求めて』慶応義塾大学出版会等。
なお、同書の立場は、「法令遵守を中核とするコンプライアンス」と「企業倫理やCSR等の浸透」とを概念上区別していますが、両者は相反するものではなく、企業としては、むしろ、両ゴールの達成を目指すべきである、としています。
著者も、この点は賛成であり、「“明確な概念整理”と“明快な所掌区分”を前提とするのであれば、企業が両理念を追求することは差し支えない」と考えます)。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01163_疑似法務活動の概念整理>倫理課題・CSR等と企業法務との関係整理>(3)「企業倫理」と「企業法務」との概念峻別の必要性

企業倫理をコンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務)の内容として取り入れる考え方は、企業活動に高い倫理性を求めることから、社会的に受け入れられやすく企業の発するメッセージとしても高潔な印象を持ちます。

しかしながら、著者としては、コンプライアンス法務のゴールは、あくまで企業の法令違反行為に起因する不祥事というリスクをコントロールする活動と位置づけるべきであり、コンプライアンス法務の課題として、倫理や道徳を持ち込むべきではないと考えます(法令・倫理区別説)。

憲法を体系的に学習した経験のあるプロの法律家は、
「道徳」「倫理」
などといった、内容が不明確な価値規範が法運用の場面に入り込むことに強い危険性を感じます。

すなわち、現代の法体系は、
「人の支配」
が横行した中世の暗黒社会から決別し、近代社会における市民的自由の保障を基礎として構築されてきました。

このような背景から、
「市民的自由を制限するのは、自由を制限するに足る理由と明確な規範によるべきであり、主観的な道徳や倫理といった、曖味で人によって解釈が異なる不文のルールにより自由は制限されるべきではない」
との理念が確立され、この理念が、憲法の人権保障、民法の私的自治、刑法の罪刑法定主義、刑事訴訟法の適正手続へと敷行されているのです。

企業が活動する経済社会は、自由な競争を徹底して保護し、
「ルールや契約に書いていないことは全てやってよいこと」
という原理を前提に、熾烈な競争が展開されスピーディーに発展していくことを是とします。

「道徳」「倫理」
といった不明確なルールで企業活動が規制されるならば、法的安定性は害され、各企業のトップは、どのような取引が禁止され、どのような行動であれば許されるのかわからなくなり、不必要に萎縮し、積極的な経営判断をやめ、経済社会はやがて競争による発展を停止します。

すなわち、
「倫理や道徳による支配」

「人の支配」
につながるものであり、
「法の支配」
を基礎とする自由主義社会にとっては有害で危険な理念といえます。

無論、企業が自主的に
「道徳」「倫理」
を標ぼうした活動をすることは推奨されるべきであり、著者は、これ自体を禁上しろ、ということを主張するわけではありません。

企業が、広報やPR・IR上の戦略として
「道徳」「倫理」
に基づく活動をして、これを積極的にアピールし、他方、消費者や社会に企業の利益の一部が還元されていくことは大いに歓迎されるべきです。

しかしながら、明確な規範を必要な限りにおいて遵守し、その余は、営業の自由(憲法22条)や契約自由の原則を背景に、積極的に競争をし、営利を追求するという企業に対していきなり
「倫理」「道徳」
を持ち出し、企業活動に制約を加えようとする考えは、自由主義やこれに基づくわが国の法体系の無理解に基づく発想によるものといわざるをえません。

したがって、筆者は、コンプライアンスと企業倫理を厳正に区別し、コンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務)その他企業法務全般の実践にあたって倫理的要素を一切取り込むべきではないと考えます(法令・ 倫理区別説)。

【図表】(C)畑中鐵丸、(一社)日本みらい基金 /出典:企業法務バイブル[第2版]
著者: 弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01162_疑似法務活動の概念整理>倫理課題・CSR等と企業法務との関係整理>(2)法令遵守と倫理を渾然一体のものと考える説(「法令・倫理一体説」)の限界その2

2 裁判実務と整合しない

コンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務)の具体的内容を詳細に論じた大和銀行ニューヨーク支店事件判決は、性悪説を前提に、
「取引担当者が自己又は第三者の利益を図るため、その権限を濫用する誘惑に陥る危険性がある」
ことを指摘し、
「このような不正行為を未然に防止し、損失の発生及び拡大を最小限に止めるためには、そのリスクの状況を正確に認識・評価し、これを制御するため、様々な仕組みを組み合せてより効果的なリスク管理体制(内部統制システム)を構築する必要がある」
と述べ、取締役が善管注意義務の履行による免責を主張する場合のコンプライアンス対策として、リスク・アプローチによる管理の仕組みが必要としています。

「法令・倫理一体説」
に基づくコンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務)は
「役員・従業員性善説を前提とした企業倫理向上策」
をその中核としますが、このような体制は、裁判所が想定する
「効果的なリスク管理体制」
と逆の方向性を持つものと考えられます。

すなわち、
「役員・従業員性善説を前提とした企業倫理の向上策」
をコンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務)として実施した企業において法令違反不祥事が発生し、取締役の内部統制システム構築義務違反が問われたケースを想定します。

この場合、大和銀行ニューヨーク支店事件判決を嚆矢とする多くの裁判例の考え方にしたがいますと、
「役員・従業員性善説を前提とした企業倫理の向上策」
なるものが、
「取締役の善管注意義務違反を免責に足るだけの実質を備えたか否か」
を厳しく評価されることになります。

そして、上記裁判例の考え方を適用する限り、
「役員・従業員性善説を前提とした企業倫理の向上策」
は、
「リスクの状況を正確に認識・評価」
しておらず、またリスクを
「制御するため、様々な仕組みを組み合せ」た
「効果的なリスク管理体制(内部統制システム)」
ではないと判断される可能性が高く、たとえ企業倫理向上策を採用しても、取締役は肝心の場面で免責を受けられないという危険が生じます。

1997年に問題となった総会屋の利益供与事件(「海の家」事件)の後、三菱自動車が採用した方策は、企業倫理をコンプライアンス(内部統制システム構築・運用)の有力な手段と位置づける見解に基づくものでした。

しかしながら、次の図表のとおり、このような企業倫理による統制が全く機能せず、その後同社は数次にわたる欠陥隠蔽を行い、企業価値を大きく減じることになりました。

【図表】(C)畑中鐵丸、(一社)日本みらい基金 /出典:企業法務バイブル[第2版]
著者: 弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

このように、企業倫理の社内教育等の
「役員・従業員性善説を前提とした企業倫理の向上策」
なるものが不祥事の予防・防止として有効な仕組みでないことは、経験則上もすでに明らかとなっています。

著者としても、企業が倫理観や誠実性を持つことは重要であると考えますし、そのこと自体、否定するつもりはありません。

しかし、企業法務活動を議論する上では、コンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務)は、企業倫理とは明確に区別されるべきであり、倫理という非法律的課題を企業法務活動に取り込むことは、企業法務の現場に混乱をもたらすだけで、有害かつ無益であると考えざるをえません。

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01161_疑似法務活動の概念整理>倫理課題・CSR等と企業法務との関係整理>(2)法令遵守と倫理を渾然一体のものと考える説(「法令・倫理一体説」)の限界その1

コンプライアンスと倫理を渾然一体のものと捉え、
「法を超えた規範としての倫理」
の遵守をもコンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務)の対象に取り込もうとする考え方(「法令・倫理一体説」といいます)は、以下のような大きな難点をはらんでいます。

1 現代型法務活動である戦略法務が説明できない

「法令・倫理一体説」
によれば、
「法を積極的に活用し、(独占禁止法等に違反しない範囲で)競争者を出し抜いたり、既成の取引秩序の創造的破壊を行う企業の政策や行動」
は、倫理的観点からは自制されるべきことになります。

すなわち、
「瑕疵担保条項を巧みに活用し、大蔵省や預金保険機構を手玉に取り、日本長期信用銀行を安価に買収することに成功したリップルウッドの企業行動」
「法の盲点をついて株式の買い集めを成功し敵対的買収交渉上の優位を作り出したライブドアや村上ファンドやドン・キホーテの企業行動」
「MKタクシーやヤマト運輸のように自らの努力で法をスタディーし、運輸省(現・国土交通省)の説く既成秩序の踏襲に抵抗し果敢に規制不備に挑戦しようとする企業活動」
等は、倫理との衝突が生じることになります。

そして、
「企業法務活動において、倫理を優先すべきか、戦理・戦略を優先すべきか」
という難問が生ることになります(ニッポン放送の敵対的TOB事件を巡るライブドアの行動については、インサイダー取引の点はさておき、ニッポン放送株の買い集め行為に関しては差止仮処分審理において法令違反がなかったことが確定しています)。

すなわち、法令・倫理一体説の立場では、
「倫理に抵触するが、違法とは断言できない企業の徹底的な営利追求行為」
を、推奨すべきものか、禁止すべきものか、説明困難な状況に陥るのです。

結局、法令・倫理一体説は、倫理という
「人によって定義の異なる得体の知れない代物」
を法令と同列に扱うことによってコンプライアンスを“ブラックボックス”化するものであり、その結果、経営にとって最も重要な
「予測可能性」
を著しく奪ってしまいます。

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01160_疑似法務活動の概念整理>倫理課題・CSR等と企業法務との関係整理>(1)企業倫理とコンプライアンス

2000年代前半、企業における偽装や隠蔽等の様々な法令違反行為が発生・露見し、企業不祥事は社会問題となり、その処方箋として
「コンプライアンス」
という言葉が流行し、経営課題として突如脚光を浴びました。

当時、企業不祥事をなくすための理念や方策が種々の専門家から提唱されましたが、機能性や有効性の有無や基礎におくロジックも様々で玉石混清という状況であったにもかかわらず、そのいずれもが
「コンプライアンス」
というレッテルが貼られました。

「コンプライアンス」
とは、元来、取締役の善管注意義務違反の免責の場面で語られる法令違反行為を予見・防止する仕組みないし考え方であり、すぐれて法律的な概念でした。

すなわち、
「コンプライアンス」
は、企業内で法令違反行為が発生して企業に損害が生じた事例において、取締役が善管注意義務違反を理由として当該損害の責任を追及された際、取締役が抗弁として
「我々(取締役)は、適切なコンプライアンス体制を構築しており法令違反の予防・抑止に努めていたので、今回の不祥事は不可抗力である。したがって免責されるべきである」
という文脈で語られるものでした。

ところが、
「コンプライアンス」
が新聞等で大きく取り上げられるようになると、経営倫理という非法律的学問分野の研究者が議論に参入し始め、
「コンプライアンス」
という概念に、
「企業倫理」
「道徳経営」
「社会貢献」
さらには「地球環境問題」
といった得体の知れないものを取り込んでいくムーヴメントが生じました。

このムーヴメントにより、
「コンプライアンス」
の定義の外延は不明確なものになっていきました。

そもそも
「法律」問題
としての性格を有するコンプライアンスが
「倫理」
の専門家によって語られること自体大きな矛盾をはらんでいるのですが、
「倫理と法律との区別に頓着しない一部の法律家や法学者ら」
も上記ムーヴメントに同調し倫理を語りだしたことから、
「コンプライアンス」
概念を巡る混乱はさらに増幅されていきました。

「企業倫理を強化することにより、コンプライアンスが達成される」
という説は、
「目の前の経営目標を犠牲にしても、倫理や道徳を優先する、善なる本質を有する企業内従業者」
の存在を前提とするものであり、その意味では
「役職員性善説」
と一体となった考え方といえます。

すなわち、この考え方は、
「倫理教育による教化を進めれば、もともと善なる本質を有する企業内従業者は、日の前の経営目標を犠牲にしても、進んで倫理や道徳を守る。
明確な法違反との解釈が確立されていないケースであっても、倫理を重視し、不当とされる行動は差し控えるようになる。
その結果、企業の法令遵守体制が確立する」
というロジックを採用しているように思われます。

「倫理」「企業としての誠実さ」「社会の常識や良識の保持」
という言葉の響きの美しさも手伝ったせいか、
「コンプライアンス」

「倫理」
を一体的に捉える考え方は次第に支配的になり、現在では、コンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務)のターゲットに、法令遵守のみならず企業倫理等の非法律的要素も取り入れる見解が一般的であるように見受けられます。

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01159_有事対応フェーズ>法務活動・フェーズ4>不祥事等対応法務(フェーズ4B)>(7)各ステークホルダーの特性に応じた個別対応>訴訟対策その2

4 「雪崩現象」を想定した判決回避

交渉がこじれて訴訟に発展した場合でも、極力裁判上の和解を行う方向で調整する努力を行い、判決が出るのを防ぐことになります。

というのは、敗訴判決が出てしまうと、示談交渉中の他の原告がその判決を盾に交渉姿勢を積極化し、いわゆる
「なだれ現象」
が起こり、一挙に企業崩壊につながる可能性があるからです。

原告団が結成され、組織運営面及び訴訟運営面でも力量のある弁護士が代理人となった場合には、相当警戒が必要になります。

特に、情報収集能力に長けた原告弁護士は、想像以上に事件の核心に追る証拠を有している場合が多く、注意をしなければなりません。

また、事件を担当する裁判官の傾向もこれまでの判決実績から展開を予測することが必要になります。

以上の状況を整理した上で、第一審で全て決着をつける方向で和解に柔軟に対応するのか、とりあえず第一審での判断が出るまで徹底的に争い、和解をするとしたら高裁で行うのか、和解の金額をいくらにするか、和解の付帯条件をどのように構築するか等、様々な考慮の下に訴訟戦略(和解戦略)を策定していくことになります。

5 文書提出命令

企業の訴訟対策として重要なのは、民事訴訟法220条以下に定められる文書提出命令です。

どのような情報を文書に残し、どのような情報を文書に残さず口頭での議論に留めるか、また、文書をどういう形で管理していくか等についても民事訴訟法上の規定解釈に関する実務書や関連判例を精査し、訴訟での状況をにらんで対策をとっておく必要があります。

また、監督行政機関や自治体に提出した文書も情報公開法や情報公開条例による開示対象文書になる可能性もあるので、自社が外部に提出した文書についてのコントロールも必要となってきます。

6 損害論での防御、過失相殺の主張

対被害者訴訟戦略として忘れられがちですが、被害者からの損害賠償請求訴訟において損害論のフィールドでも十全な争いを展開すべきです。

すなわち被害者側主張の損害事実や賠償額について厳しくチェックするとともに、(道義上はともかく)法的には考慮に値しない損害事実についてはその発生を争うべきであり、あいまいな根拠に基づく過大な賠償請求に関しても厳しく根拠を問いただすなり、反論するなりして不当な請求から企業を防御すべきです。

もちろん、損害の発生や拡大に関し、被害者側の落ち度がある場合についても、過失相殺を主張するなど適正な対応を行うことが求められます。

7 株主代表訴訟対策

なお、被害者からの訴訟のほか、経営陣に対しては、株主から
「企業不祥事が発生したのは内部統制システム構築義務違反をはじめとする善管注意義務に違反したからであり、会社に対して損害を賠償せよ」
との株主代表訴訟が提起される場合があります。

運営管理コード:CLBP142TO143

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01158_有事対応フェーズ>法務活動・フェーズ4>不祥事等対応法務(フェーズ4B)>(7)各ステークホルダーの特性に応じた個別対応>訴訟対策その1

1 被害者代理人のプロフィールや動静に関する情報収集

まず、法令違反により被害を被った被害者が原告となって、企業に対する訴訟提起をしてくることに対して相応の対策を立てる必要があります。

このような場合、最初に調査すべきは、原告がそれぞれ独自にアクションを起こしてくるのか、あるいは、原告団を結成して集団的なアクションを起こしてくるのか、という点です。

適格消費者団体から交渉を申し入れられ、協議不調となって、差止請求通知を経て差止訴訟提起に至る場合もありますので、このような動静にも注意を払わなければなりません。

また、原告団の代理を行う弁護士についても調査を行う必要があります。

原告団の代理人の力量によって、この種のアクションの成否は大きく変わってくるからです。

すなわち、被害者弁護に関しては、事実調査、証拠収集、法令解釈といった純弁護士的能力のほか、報道機関を使った世論喚起や裁判所から和解勧告等を引き出すための様々なテクニック等が必要となり、このような集団アクションの取扱いに慣れた弁護士の手にかかれば、訴訟慣れしていない大手法律事務所の弁護士を何人集めても歯が立たないことが相当あります。

薬害エイズ弁護団が、報道機関を動かし、最後は厚生大臣(当時)まで動かし、和解を勝ち取った経緯をみても、戦略のスケールの壮大さは目を見張るものがあります。

2 企業側の顧問弁護士(契約法律事務所)の力量把握

企業としても、普段使っている顧問弁護士(契約法律事務所)のカ量もよく知っておく必要があります。

すなわち、
「ビジネスや会計知識に明るく、企画型法務に創造的な頭脳を発揮する弁護士」
「契約書が緻密で、予防法務に強い弁護士」

「訴訟に強い弁護士」
とは全く別の人種である、という意識を持って、使い分ける必要も出てきます。

3 企業側としての対応の基本方針の策定

相手方に弁護士が就任した場合、まず、内容証明郵便による通知書が送付され、訴訟前の示談交渉が開始されることになります。

この時までに、対応の基本方針を定めておく必要があります。

というのは、示談戦略か訴訟戦略か、訴訟戦略についてもどの程度まで争うのかによってその後の展開が大きく違ってくるからです。

すなわち、原告団が結成されていないような状況では、原則として示談ベースで各個に対応していく戦略が優れています。

これは、一般に被害者・消費者側は経済力がなく、時間がかかる訴訟手続より多少経済的な回復に不満があっても、示談での早期解決を望むことが多いからです。

また、被害者・原告側につく弁護士の力量も様々で、かつ他の原告代理人弁護士との連携も一般に難しく、交渉を展開する上で必要な情報も不足しているケースがあります。

企業側を代表する弁護士の力量と原告側弁護士との個別的な相対的・比較的優劣によっては、企業側としては、早期に示談でまとめることにより、自己に有利な結果を導くことも不可能ではありません。

なお、民事訴訟法91条1項で
「何人も、裁判所書記官に対して訴訟記録の閲覧を請求することができる」
とされ、事件が終結していなくても同種事件の記録閲覧ができる点にも注意を要します。

すなわち、同種事件の原告は、先行する他の民事訴訟の進行を睨みつつ、その結果を援用する形で訴訟戦略を構築するのが一般的です。

こういう点からして、示談から訴訟に発展させてしまうと、被告企業側の訴訟戦略における手の内を見せることにもなるので、不利は著しいということになります。

以上のとおり、分散する原告が集団化する前段階でたたいてしまう
「各個撃破」
戦略が優れている、ということがいえます。

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01157_有事対応フェーズ>法務活動・フェーズ4>不祥事等対応法務(フェーズ4B)>(7)各ステークホルダーの特性に応じた個別対応>監督行政機関への対応その2

以上の形で調査した事実を基に、監督行政機関への報告書を作成することになります。

この報告書の作成ですが、刑事弁護における弁論要旨のスタイルに近いものとなります。

まず調査の上、存否を確定した事実を記載し、これに法律や判例の解釈を述べ、事実に解釈したルールをあてはめて処分の発動の是非を論じます。

この段階で、後日客観的証拠により簡単に弁解が破綻するような、事実の隠蔽等を行うことは絶対に避けなければなりません。

無論、確認できない事実まで積極的に自認する必要まではありません。

監督行政機関側が、自ら調査を行う前に企業からの自主的調査と自主的報告を待つのは、
「企業は虚偽報告をしない」
という信頼があるからです。

この信頼に反して企業側が虚偽報告をすると、適切な監督処分を誤らせる危険が生じます。

さらにいえば、各規制法の中には、虚偽報告を罰則を以って禁じているものもあり、この虚偽報告には事故隠しや隠蔽を含むと解釈されますし、このような解釈の下では虚偽報告により、企業がさらなる法令違反を犯したと見られ、取り返しのつかないことになる可能性も出てきます。

なお、
「企業が会社法や各種判例理論が要求する適正な内部統制システムを構築・運用し、法令違反を予防する確実な体制が存在していたにもかかわらず、今回あくまで所属従業員が個人としてコンプライアンス違反・法令違反を犯したものであり、個人としての責任の有無はともかく、企業組織としての責任がないか、極めて希薄である」
との趣旨の議論は監督行政機関宛報告でも有効ですので、このような点も含めた主張設計を行うべきです。

また、法令解釈についても、時効や除斥期間が経過している行為については意図的に省略するような戦術も検討しなければなりません。

さらに、金融関係の個別業法のように1年に満たない間にめまぐるしく変遷する法令や、過去に政令・省令とは全く異なる局長通達がありこの通達に従っていたため、結果として政令・省令違反が生じるようなケースもありうるので、時系列による規制内容の変遷も含めてかなり詳細な調査が必要となる場合もあります。

そして、以上にかかわらず、問題となった企業の行為が
「クロ」
と判断される場合であっても、刑事弁護における弁論と同様、情状論を展開することになります。

情状論としては、具体的には、過去に発令された処分とのバランス論や、これまで企業として内部統制に取り組んできたことの努力・実績、再発予防のための内部統制システムの見直し、関係者の処分、今回の法令違反により被害を受けた関係者との示談の成立状況等が考えられます。

場合によっては、情状論が、事実認定や法令解釈や法の適用論よりも多くの分量を割いて述べるべき状況も出てきます。

以上のような努力を経てもなお、予想を超えた厳しい処分がなされる場合もあります。

明らかに過去の処分例と均衡を失する場合や、誤った事実認識の下になされた処分が行われたと思われる場合には、
「御説ごもっとも」
の立場で簡単に納得するのは企業として責任ある対応とはいえません。

このような場合には、行政不服審査法に基づく不服審査の申立や、さらには行政訴訟の提起によって、処分発動上の非を糾していくことも積極的に検討すべきです。

これらのアクシヨンについては、中立期間等のアクション開始の期間制限(行政訴訟法上の出訴制限)という問題もあるので、処分内容の予測と、どの程度まで予測を超えた重い処分が出されたら行政処分に対する積極的なアクションを取ることにするか、というところまであらかじめプランニングをしていく必要があります。

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01156_有事対応フェーズ>法務活動・フェーズ4>不祥事等対応法務(フェーズ4B)>(7)各ステークホルダーの特性に応じた個別対応>監督行政機関への対応その1

監督行政機関という場合には、上場企業にとっての証券取引所等、いわゆる役所以外にも行政処分を行う機関があるので、これらも含めて考えておくべきです。

法令違反の不祥事を起こした企業の多くは、監督行政機関への報告を要請されることになります。

監督行政機関に適正な報告を実施するためには、関係者への調査を行い、正確な事実を把握することが求められます。対応の基本方針として、ひたすら頭を垂れ、お説を拝聴し、嵐の去るのをじっと待つという態度は好ましくありません。

徹底した事実調査を行い、専門家とも協議の上、
「組織としてなすべき予防策をなし、その上での個人に帰せしめるべきものか否か」
等々の反論や、今後の再発予防対策や企業の果たしてきた社会的役割等の積極的な情状主張等についてきっちりと文書を作成して行うべきです。

もちろん、結果として機能しなかったにせよ、企業が会社法上求められるべき適正な内部統制の構築を行い、これを厳格に運用し、不祥事予防に意を払ってきたことも重要な事情として主張することになります。

以上の主張等にもかかわらず、あまりにも均衡を失した処分がされた場合、行政訴訟で争うくらいの気構えを持って真摯に対応する必要があります。

このため、弁護士等を交えた法務面での対策チームを作って、有事体制時の調査とは別に、法的観点から事実調査を行うことになります。

ここでは、まず発生した法令違反に関連して適用が予想される法規の洗い出しから始めなければなりません。

そして、当該法規を分析し、法律上の効果を発生させるために必要な前提事実(法律専門家は「要件事実」といいます)について、明らかに該当する事実と明らかに該当しない事実と不明な事実という形に色分けし、それぞれどのようなエビデンスが存在しているかを正確に把握していくことになります。

この時点での調査については、法律で規定された特定事実の有無についての調査という形になります。

有事の際の調査と重なる場合もありますが、ここでの調査は法律上の効果発生(処分要件の充足の有無)に緊密に関係した直接・間接事実の存否が中心となります。

なお、調査期間についてですが、特に違反企業が金融機関等で、金融庁のような監督行政機関が強力な監督権限を有する場合、監督行政機関から報告徴収や調査の期限が設定されることもあり、企業の自主的調査・報告は一定の期限内に了することが必要になります。

このような場合、監督行政機関対策チームとしては、調査を短期間で終え、必要書類等も迅速な提出が可能な体制を構築しなければなりません。

そのため、これまでの適正な企業活動の実績や構築・運用してきた内部統制の状況を立証するために必要関係書類が整備される仕組みを作ることが重要です。

問題となっている法令違反関与者のコンプライアンス教育履歴、当該部門の監査履歴や内部通報の状況、委託先の調査履歴、契約書などはすぐに提出できるよう管理しておくべきです。

運営管理コード:CLBP137TO138

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01155_有事対応フェーズ>法務活動・フェーズ4>不祥事等対応法務(フェーズ4B)>(7)各ステークホルダーの特性に応じた個別対応>株主総会対策

法令違反の不祥事に伴って不可避的に発生するのが、株主総会での究明質疑です。

株主は企業のオーナーとして、最も重要なステークホルダーです。

とりわけ、株主総会を、実質的な討議の場とすることなく簡潔なセレモニーで終わらせたいと願う日本企業の経営陣の多くにとって、不祥事直後の株主総会ほど忌避したいものはないと思われます。

しかし、前述のとおり、そもそも企業が株主の所有に帰すものであり、取締役や代表取締役等の経営陣は、所詮株主から投資された資本を運用している立場に過ぎない以上、上記の考え方は、本来の株式会社のあり方からして極めて不健全であるといえます。

株主総会対策の基本は報道機関対策と同じです。

嘘をつかない、隠さない、逃げないという原則を守り、調査の結果、判明した確定的な事実をもとに、具体的な対応策・再発防止計画を明快に述べることです。

株主総会での対応で特に問題となるのは、不祥事に関連する訴訟の見通しや監督行政機関からの処分の見通し等の株価に影響を与える事実を投資家に対してわかりやすく述べることです。

一方的な総会運営で強引に乗り切ろうとすると、かえって事態を悪化させ、無用の紛争を招く場合もあるので注意が必要となります。

なお、法令違反の不祥事を起こした企業は、総会屋のターゲットとなり、株付(入手した株を多人数に細かく分割譲渡し、名義の書換を要求する行為)の形で殺到してくることもあると思われます。

しかし、会社として本来対応すべき限界を超えてこれらの特殊株主の要求に答えることは必要ないばかりか、このような対応はかえって会社法違反(利益供与罪)として指弾されることにつながります。

ただ、特定企業のように、何度も法令違反の不祥事を起こし、多少のことに動揺しないだけの免疫がついてしまい、逆の意味で総会対策が万全なところはともかく、長年株付が行われず、総会対策の具体的ノウハウがないところは、総会前から専門の弁護士を増強し、総会屋への対応力をつけておくべきでしょう。

運営管理コード:CLBP136TO137

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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