00604_「富の蓄積(富国)と安全保障(強兵)」という組織の根源的本質から観察した、企業内組織分類論と法務部の本質・位置づけ

企業であれ、国家であれ、宗教組織であれ、暴力団であれ組織である以上、組織自体が持続可能性を維持しつづけるための原理を内部にもつものです。

では、組織が持続可能性を保つためには、何が必要でしょうか。

ここで、もっともわかりやすいスローガンが、明治期の我が国の国是となった
「富国強兵」
です。

これは、欧米列強が隣国を蚕食するような厳しい状況にあって、我が国が国家としての独立性を持続可能するために、社会全体で掲げた端的な組織運営目標です。

この
「富国強兵」
を、私なりに少し敷衍(ふえん)して解釈しますと
1 富の蓄積
2 安全保障
を組織の持続可能性の要件として喝破し、端的に表現したものと理解できます。

この組織の持続可能性確保のための構成要素は、企業にもあてはめることができます。

すなわち、企業が永遠に継続するため(ゴーイング・コンサーン)には
1 経営資源を効果的に運用して事業を合理的に展開し、効率的に富を蓄積すること
2 企業内外の敵対勢力(仮想敵を含む)や有害分子から企業を防衛し、安全を確保すること
が必要になります。

ところで、軍事行動を展開する組織が、
A 「目標達成のために最前線に出て、直接的な行動や働きかけを行う実働部隊」
B 「実働部隊がストレスなく効果的に活動できるための前提や環境を整えるための後方支援部隊」
の2つによって構成されることはよく知られた事実です。

そして、この理は、先程、要素分解した
1 富の蓄積
2 安全保障
の2つの企業活動についても当てはまります。

ここで、
「1 富の蓄積」
に関する企業内組織としては、
(1A)富の蓄積に直接関係・貢献する活動を展開する「営業部隊(実働部隊)」
(1B)「会計という基準原理に基づく記録管理」を通じた企業内資源のストック(BS)とフロー(PL)の可視化を通じて効率的な資源動員を行う前提や環境を整える「経理・財務部隊(後方支援部隊)」
とに分類整理されます。

また、
「2 安全保障」
に関しても同様で、
(2A)企業外の敵対勢力(取引トラブルや法令違反に対する当局による不利益措置など)企業内の敵対分子(労働問題や内部統制問題など)が生じた場合に直接これらカウンターパートと対向して解決を働きかける「外部専門家組織(実働傭兵集団)」
(2B)企業内活動の言語化・記録化・文書化(株主総会や取締役会の議事録作成)や取引活動の文書化(契約書作成)や治安維持活動(コンプライアンス教育)や危機管理意識の向上改善のための啓発活動(法務教育)を行う「企業内法務部(後方支援部隊)」
とに分類整理されます。

以上のような整理をしてみれば、法務部の本質がみえてきます。

要するに、法務部というのは、
・企業の安全保障を担う部署であり、
・有事において直接カウンターパートと対向して働きかける外部の顧問弁護士とは異なり、
・平時において、有事を想定しながら、「大事が小事に、小事が無事に」なるよう、文書作成や記録管理を中核としたルーティンを担当する組織、
ということになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00603_法務部は、「あってもなくてもいい組織」なのか?

法務部という組織ですが、別に法令上設置を強制されているものではありません。

シンプルにいえば、
「あってもなくてもいい、作りたければ作ってもいいが、作らなくても別にそれも自由」。

そんな組織です。

無論、株式公開して株券を証券取引所に上場する過程では、金融商品取引法上の内部統制体制構築義務の履行として、また株券上場にふさわしいかどうかの審査項目充足のため、法務部という組織を整備運用することが求められますが、この場合の
「法務部」
すら別に量的・質的な定義が定められているわけではありません。

実際、株価が低迷し、赤字が続きそうで、ほぼ上場廃止寸前の崖っぷちで上場ステイタスを維持している
「ゾンビ上場企業」
の法務体制は絶望的に貧弱です(あるいは不透明なM&Aやオーナーチェンジを画策するため、金商法や上場基準のグレーゾーンに詳しい特殊な法専門家がうじゃうじゃいて、普通の上場企業より奇形的に法務体制が充実している場合もありますが)。

実際のデータとしては、2005年に
大阪市立大学大学院法学研究科「企業法務研究プロジェクト」
が実施した調査があります。

この調査によると、1,838社の大阪府下の中小企業中、顧問弁護士がいないと回答した企業は1,530社(83%)に上ったそうです(『中小企業法の理論と実務』〔高橋員=村上幸隆編・民事法研究会〕591頁)。

まあ、要するに
「法務? 何や、それ? そんなもんにカネかけて、どないすんねん。法律で困った時は弁護士に聞いたらええねん。会社の法務部のモンが裁判できるわけちゃうやろ。そんなええ加減なことしとったら会社つぶれまっせ。カネの無駄でっしゃろ」
という感じなんでしょうか。

大都市である大阪でこのような状況ですから、その他の地方都市の企業の法務部整備・運用率は推して知るべしです。

以上のとおり、法務部があってもなくてもいい、とすれば、意義や役割や目的を整理しないと、そもそも導入の必要性が乏しく、むしろ、コストセンターということを考えれば、ますます、不要論に傾きそうです。

ここで、法務部の意義や役割や目的を整理してみたいと思います。

まず法務部があるからといって、外部プロフェッショナルの顧問弁護士がなくなる(リストラできる)わけではありません。

社内では法律に詳しい法務部とはいうものの、
「多数の臨床例を基礎に日々豊富な経験値とスキルを蓄積する独立の外部専門家集団である法律事務所」
との比較においては、中途半端な素人集団にすぎず、絶対的危機を切り抜ける知恵やスキルがあるわけでもなく、イザというときに弁護士以上に役に立つ、というものでもありません。

要するに、あってもなくてもいいし、あっても無茶苦茶トクするわけでも危ないときに命拾いできるわけでもないが、大きな企業では皆作っているし、あるということはそれなりに意味があるもの。

それが法務部です。

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00602_「社内サービス提供部署」である法務部を、サービス内容・提供組織の両面から機能デザイン(設計)する

「社内サービス提供部署」
である法務部を、サービス内容・提供組織の両面から機能デザイン(設計)する場合、まず、確認しておくべきは、
「機能設計上の正解が存在しない課題である」
という前提です。

正解はありませんので、どのような機能デザイン(設計)をしても、不正解となるリスクはありませんが、ただ、制約要因をきちんと意識し、これら要因に抵触しないようにする必要があります。

制約要因の1つ目は、予算制約です。

これは、経営幹部、すなわちトップであったり(オーナー系企業の場合)、ボード(非オーナー系企業)であったり、予算権限を持つところの意思決定に依存します。

年間数億円の予算があるなら、相応の規模感ある法務部という組織が構築・運営できますし、数百万円あるいはこれにも満たない予算であれば、法務部設置を諦め、顧問弁護士に、特に重要な法務サービスに限定して丸投げし、社長自らが外注管理する方が合理的です。

制約要因の2つ目は、法務スタッフ(顧問弁護士を含む)の知識・経験・スキルといった能力による制約です。

法務サービスの質や量は、実際サービスを提供するスタッフの能力・経験・守備範囲に依存します。

法的素養がほとんどない社内法務スタッフに、難度の高い事案遂行(M&Aや国際取引や上場実務等)や過酷な訴訟事件の処理を任せるのは無理というか無謀です。

この場合、社内法務スタッフが提供できるサービスについて、サービスレベル設定(一定の限界設定)をしておき、当該限界を超えたサービスは、外注調達等する、と言った取り決めを経営判断として決めておくべき必要があります。

無論、予算制約や調達ネットワークが貧弱のため、外注調達すら困難であれば、
「最終的に法務対応を放棄する(ギブアップする)」
という消極的意思決定も含めた、不愉快な状況認識と態度決定をも、経営判断として決めておくべき必要が出てくることもあるでしょう。

こういう現実的で実際的な状況認知・状況解釈・態度決定ができないと、は
「できもしないことを、できもしない人間に、(仮にも法務なんだから、そこそこ法律には詳しいだろうし、)できると誤信して、任せておく」
ということをしてしまいがちで、このような愚かな行為は、不可逆的で壊滅的な危機をもたらすことに繋がります。

「最終的に法務対応を放棄する(ギブアップする)」ほかない
としても、それでゲームが終わるわけではありません。

そのような状況にあっても、(シチュエーション・コントロールは諦める他無いが)ダメージ・コントロールに資源を集中して、危機を乗り切る(あるいは、大事を小事に収める)ということも考えられからです。

重要なことは、
「正解が存在しない課題」
に向き合った際に、
「現実的な環境や、制約要因を無視して、あまりに非現実的な最善解を、情緒的に追求するような愚かな真似」
をしないことが重要です。

制約要因を冷静に把握し(=分際をわきまえ)、
現実解(シチュエーション・コントロールを早々にギブアップし、
ダメージ・コントロール課題に注力するなどを含む)を現実的手法で実現していく
ことが重要です。

このような観点で、デザインされた、
・当該企業の法務サービスレベル
・当該企業の法務スタッフィングの、予算レベル相応のサイズとクオリティ
が、当該企業にとっての正解といえます。

禅問答のようですが、間違った言い方を避けるとすると、こういう言い方しかできません。

安全保障の必要度や投入資源の冗長性は、ケースバイケースとなりますので、企業法務に経験のある専門家の指導と助言で決定していくことが推奨される、といったところになろうかと思います。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00601_企業法務部とは

企業法務部とは、「法務」という「企業をクライアントとする、安全保障サービス」を提供する、
「社内サービス提供部署」兼「外注管理部署」
です。

サービスの具体的内容は、
「企業の法的脅威に対する安全保障に関するサービス全般」
ですが、サービス調達(機能調達)には、
・内製化(インソース)
・外注化(アウトソース)
いずれかの調達方法によります。

すべてを内製化(インソース)するのは、無理があります。

もちろん、どんなシビアなインシデントが発生しても、危機対応から訴訟対応を含め、すべて社内弁護士が完遂する、ということもなくはありません。

しかし、専門性や期待される能力や経験、負担できる責任の範囲や質、さらには、社内的な納得や対外的説明を考えれば、
「いかに、弁護士資格があるとはいえ、社内で内製化された仕事を中心に担ってきただけの人間を、いきなり社運のかかった裁判を、丸投げして、本当に大丈夫か? 単にコストの問題ではなく、存亡の問題だぞ。修羅場経験のある、百戦錬磨のプロの傭兵集団に任せるべきではないか」
という疑念払拭するため、外注調達し、社内弁護士には、むしろ外注管理をしてもらう方が合理的です。

他方、すべてを外注化する方向はあり得ます。

といいますか、年商2、30億円に届かない、一人法務すら社内整備できない中小零細企業においては、外部法律顧問(顧問弁護士)が、
「企業の法的脅威に対する安全保障に関するサービス全般」
をまるごと担っている、という状態が普通に存在します。

法務部という組織自体、法律上設置が強制されているわけでもありませんから、なくても、まったく問題ありません。

要するに、「法務」サービスないし機能の調達方法は、企業の実情によって様々ですし、また、法務部という組織も、一切合切外注、という方向すらあり得るところです。

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00600_企業法務やコンプライアンスは永遠に不滅です

人は法を犯さずには生きていけませんし、企業も金儲けという本能を抑え込んで法を遵守する、ということはおよそ期待できません

無論、経営幹部やビジネスパースンが、
・楽観バイアスを克服し、正しく法やリスクを認識し、賢く振る舞い、
・平時から有事を想定した法令遵守や文書管理を緻密に行い、
・危機にあって、大事を無事に済ませるための知見やスキルや経験をもって、知的にかつ賢明にかつ冷静に対応できるスキルをもっている
ということであれば、もちろん問題ありません。

ですが、実際は、そのようなことを期待するのは絶望的に困難です。

なぜなら、経営幹部やビジネスパースンは、金儲けのことが頭がいっぱいで、上記のような金儲とは無関係の事象は、ノイズとして遮断する傾向があるからです。

したがって、これから先ずっと、企業が
「1円でも多く、1秒でも効率的に金儲けをしたいし、そのことにすべての資源を集中する」
という根源的本能に忠実に活動する限り、法的リスクはなくなるどころか、企業の発展・成長にしたがって、リスクがどんどん増殖・拡大・多様化します。

すなわち、企業は、ゴーイングコンサーンを志向する限り、法務機能や法令遵守機能を実装することは不可避であり、このことは、同時に、法務キャリアの活動領域は、ますます拡大することを意味します。

他方で、現在の日本企業の法務機能実装状況は、目を覆うばかりに貧弱です。

その意味では、
「偏差値79の受験生に東大受験指導をするのではなく、偏差値29の学生に机に30分座らせる程度のことをすれば称賛され、多額の報酬がもらえる」
ような活動前提状況であり、発射地点があまりに低く、これから、どんどん成長・発展する分野であり、
「開拓者にとって無限の可能性を秘めた豊穣な処女地」
と評し得る魅力に満ちています。

企業が必要とする法務サービスや法令遵守サービスを、正しく捉え、正しく提供することで、法務プロフェッショナルを志すキャリア人材にとっては、今後、活躍の場を大きく豊かに広げることが可能な状況にあり、したがって、
「努力すればした分だけ、精神的にも経済的に社会的にも、十二分な見返りが期待できる、一生を捧げるに値する業務分野」
と考えます。

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00599_企業の危機管理:企業危機が生じた場合の対処技術を身につける

企業危機を未然に防ぐこと、そのための内部統制やコンプライアンス体制を整備・推進することは、もちろん重要です。

とはいっても、生来的にミスを犯す習性ないし偏向を克服できない人間あるいは人間の集団が行うわけですから、ミスがエラーになり、エラーがリスクになり、リスクが危機に増幅するなんてしょっちゅう起こり得ます。

すなわち、危機の1つや2つ、百や千、あるいは万単位で、起こり得ることは避けられません。

「危機を絶対起こしたくない」
というなら、それはそれで簡単にできます。

リスクの根源である企業活動を止めてしまえばいいだけです。

ですが、リスクが根絶できますが、企業がなくなってしまえば、本末転倒です。

別の現実的な方法としては、

・企業危機が起こることを想定し、
・起こっても慌てず、
・起こった場合の対処技術、すなわち、シチュエーション・コントロールやダメージ・コントロールのスキルの存在を覚知し、
・これらスキルを意識的に習得し、
・これらスキル(リテラシーや認知スキルを含む)を有する「慌てず、騒がず、冷静に、大事を小事に、小事が無事にする」ような人材(外部専門家を含む)や体制を整備しておく

ことが考えられます。

また、有事になってから、慌てて、有事対応組織を整備しようとしたり、有事対応の考え方や、ロジックを体得し、実践しようとしても、絶対うまくいきません。

だいたい、慌てていいことは1つもありません。

時間的冗長性を喪失し、緊張する状態で、慌ててしまっては、どんなに偏差値の高い方の頭脳も、幼児以下の知的水準に劣化します。

その結果、
・「正解なき課題」について、正解を探し始めたり、
・「『(正解が存在しない課題について)正解を知っている』などという真っ赤な嘘をいけしゃあしゃあと公言して憚らない、立派(そうに見える)経歴や肩書を備え、バカ高いスーツを来て、バカ高いネクタイをぶら下げた、威風堂々とした、善意の詐欺師」に精神的に依存し、
すべてを失います。

有事の準備や心構えは、平時にこそしておくべきです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00598_内部統制・コンプライアンスを進める上でのリスクの発見・特定の重要性:「法的リスク」を正しく知ることができないから管理ができない。管理できないリスクは必ず発生し、巨大化する。

企業不祥事の多くは、
「法的リスクを、内容やその重大さや発生の蓋然性を、完全かつ正確に認識しながら、そのリスク管理に失敗して、大きなトラブルに発展した」
という経過を辿るわけではありません。

企業不祥事の大半は、
「法令やリスクの存在をそもそも知らなかったり、あるいは知ったかぶりや楽観バイアスが働いて正しく知ることができなかったり、知っていてもその重大性や発生蓋然性を正しく評価できず、それゆえに、管理という意識すら働かず、リスク管理不在のまま、慌てふためいて、手を拱いて呆然としている間に、あれよあれよという間に、リスクが露見し、成長し、一気に巨大化する」
というのが典型的なパターンといえます。

法的リスクがひとたび現実化した場合、もちろん、そのすべてが企業崩壊に結びつくとまではいいません。

しかし、
「大事を小事に、小事を無事に」
といった形で損害を抑止ないし軽減し、さらには、再発防止の仕組みを構築・運営し、原状に復するところまで改善するには、多大な時間とコストとエネルギーが必要となり、企業活動に対して極めて大きな悪影響をもたらします。

他方で、
「予防は治療に勝る」
という医療の格言は、法的リスク管理にもそのまま当てはまります。

すなわち
「法的リスク」
については、リスクの存在や内容や軽微の程度を正確に認識し、発生の蓋然性を計測・評価し、リスクを転嫁する、回避する、小さくする、事業の形を変えることによってリスクそのものの前提を消失させる、といった正しい管理を行えば、十分制御は可能なのです。

ヒトは必ずミスを犯しますし、日々企業の中には、エラーが発生します。

一つひとつのミスやエラーはたいしたものではありません。

しかし、同じミスあるいは似たようなエラーが発生し、それが是正されず、恒常的なものとなり、構造的なものとなります。

構造的なミスは、必ず、現実化し、巨大化します。

構造的なものから発生したミスはちょっとやそっとでは断ち切ることはできません。

それは、降りのエスカレーターを登るようなものです。

ミスやエラーは、やがて、リスクになり、事件になり、存立危機の事態に発展していきます。

ところで、些細なミスやエラーを発生したとき、人はこれをどう捉えるか?

おそらく、一定の社会性と常識と同調性を有し、普通のコミュニケーションが通じ、SPIテストや就職面接をきちんとクリアした、一般的で平均的なサラリーマンの方々にあっては、ギャーギャー騒ぎ立てる人は稀です。

見て見ぬふり、
惻隠の情、
事を荒立てない、
武士の情け、
無関心の礼儀、
といった美しい言葉があるとおり、そっとしておくのが常でしょう。

特に、利己的な動機による不正であれば格別、会社の利益や、部署のノルマ向上改善につながるルールの無視ないし軽視は、賞賛されるかもしれません。

また、人には、正常性バイアスや楽観バイアスといった、認知の歪みが備わっており(常識的な生活を送っている社会人は、ある種、生来的な認知症に罹患している軽度の病人ともいえます)、エラーやミスをみても、認知すらしない、ということもあります。

そんなこともあり、ミスやエラーが発生しても、誰も気づかないし、気づいても指摘しないし、そうやって、どんどん企業内に、恒常的に構造的にミスやエラーやそれが生じる土壌が形成されていきます。

知らないもの、気づかないもの、気づくべきであっても異常を異常と検知できなければ、直しようがありません。

不安に感じてください。

危険を感じてください。

ヤバイ、と思ってください。

それが、危機予防実務としてのコンプライアンスや内部統制を推進する第一歩です。

そして、その根源的前提認識として、
「人は、生きている限り、法を守れない」
「人の集合体である企業もまた、存続する限り、法を守れない」
という現実的な認識に立って、全てのシステムを構築してください。

日々、止むこともなく発生する、ミスやエラーやリスクの存在に気づき、不安に感じ、危険に感じ、正しく評価すること。

簡単に聞こえますが、人が深層部分で有している楽観バイアスや正常性バイアスとの戦いをしてはじめて獲得できる、スキルです。

リスクを正しく認識し、正しく怯え、正しく課題として捉えることこそが、リスク管理のアルファでありオメガである、といえるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00597_21世紀以降の企業不祥事の特徴

歌は世につれ世は歌につれ、ではありませんが、法令違反や企業不祥事も、時代とともに、質・インパクトの両面における経年変化、といったものが看取されます。

結論を申し上げますと、現代は、
企業不祥事が「即」企業崩壊
につながる、企業受難時代にある、といえます。

皆さんにも実感としてお持ちかと思いますが、企業不祥事については、ここ10年、20年で、大きな変化が顕著に存在します。

2000年以前の牧歌的な時代であれ、現在であれ、企業不祥事は相変わらず次々と発生します。

ですが、昔と今では、影響ないし効果に隔絶した差異がみられます。

すなわち、以前であれば、企業不祥事の一度や二度、三度や四度や五度くらいで、そう簡単に企業はつぶれませんでしたし(現在も、5発くらいデカい不祥事をやらかしても、しぶとく生き残っている企業もあるにはありますが、やはり、以前よりも、不祥事後は、死なないまでも、相当肩身が狭くなります)、さらにいえば、問題として広がりませんでしたし、問題にすらならないこともありました。

終身雇用を前提に、
「企業はファミリー、従業員は家族。一生、一緒にいてくれや」
ということが当たり前だった時代です。

不祥事の萌芽があっても、家族結束して秘密を守り、そもそも法やモラルに違反することが表に出てくることはなかったのですから。

ところが、終身雇用は崩壊し、リストラや転職や途中入社は当たり前。

これに伴い、聞こえの悪い企業の内情を、復讐心をもった人間が、
「正義」
の名の下に、いくらでも漏洩することが可能な状況が出現しました。

公益通報者保護法、実体に即して少し言い方を変えれば、
「企業不祥事密告奨励法」
なる法律システムも成立・施行となりました。

これに輪をかけ、インターネットという匿名メディアが誕生し、普及し、今や、かつてのオールドメディアを駆逐する勢いです。

匿名個人が、安易に、低コストで、高パフォーマンスで、
企業の「しくじり」
を全世界に向けて瞬時に伝達することが可能な時代が到来しました。

企業不祥事は、もはや秘匿が困難であり、露見しても鎮火が不可能であり、延焼・類焼し、
「ボヤが大火事になる」
ということが当たり前の時代になりました。

企業のスキャンダルが、不買運動、指名停止、上場廃止、身売り、さらには倒産といった企業崩壊に直結するようになったのです。

これが、1980年代、90年代とは異なる企業環境である、といえます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00596_「人は生きている限り、法を犯さずにはいられない」が、「人が集まる組織である企業“も”、存続する限り、法を犯さずにはいれない」

「人間は、生きている限り、法を犯さずにはいられない」
ということは、歴史上証明された絶対普遍の真理だと考えます。

もし、この点について、腑に落ちない、絶対認めない、納得しかねる、という方は、まず、人は生きている限り、法を犯さずにはいられないを御覧ください。

この命題を前提としますと、次に、議論すべき課題が出来します。

すなわち、
「人間は、生きている限り、法を犯さずにはいられない」
として、 人の集合体ないし組織である企業や法人はどうでしょうか?

「たとえ、赤字転落しても、正直に赤字決算を発表しようよ」
「どんなに切羽詰まっても、また、どんなに実質的に影響がないということがあっても、杭打ちデータのコピペは良くないからやめとこうよ」
「会社がつぶれても、我々の生活が破壊され、家族一同路頭に迷うことになっても、守るべき法や正義はある。ここは、生活を犠牲にしても、法令に違反したことを反省して、社会や外部からいろいろいわれる前に、非を認めて、責任をとって、会社を早急につぶそうよ」

企業に集う人間たちが、そんなご立派なキレイ事を、意識高く話し合い、高潔に、自分の立場や生活や財産を投げ打って、家族を犠牲にしてでも、法を尊重していくのでしょうか?

ちがいますね。

まったく逆ですね。

人が群れると、
「互いに牽制しあって、モラルを高め合い、法を尊重する方向で高次な方向性を目指す」
どころか
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」
という方向で、下劣な集団意識の下、理念や志や品性の微塵もない集団行動が展開していきますね。

では、
「企業の目的」、
すなわち、
企業を「人間」となぞらえた場合の「本能」
に相当するものはなんでしょうか?

それは、
「営利の追求」
です。

弱者救済でも、
差別なき社会の実現でも、
社会秩序の形成・発展や倫理の普及でも、
健全な道徳的価値観の確立でも、
世界平和の実現でも、
環境問題の解決でも、
人類の調和的発展でも、
持続可能な社会の創造でも、
ありません。

そんなことは、ビタ1ミリ、会社法に書いてありませんし、株主も、徴税当局も、そんなことを根源的な目的として望んでいるわけではありません。

会社法のどの本をみても、例外なく、株式会社の目的を
「営利の追求」
としております。

企業としての
「本能」
すなわち
「営利の追求」
と、法やモラルが衝突した場合、人の集合体として人格をもった企業は、どのような選択を行うか。

「企業は、普通の人間と同じく、いや、普通の人間をはるかに大胆に、法やモラルを無視あるいは軽視し、本能を優先させる」
ということもまた、歴史上証明された事実であることは、不愉快ながら、ご納得いただけると思います。

刑法における共同正犯理論において、こんな議論があります。

「一部しか実行に加担していないのに、ひとたび、『共同正犯』とされたら、なにゆえ、全部の犯罪責任を負わされるのか」
という法律上の論点があり、この問題について、共同正犯理論は、
「犯罪を成功させる相互利用補充関係があり、法益侵害の危険性が増大するから、一部しか犯行に加担したという人間であっても、全部責任を食らわせてもいいんだ」
と正当化します。

企業組織も同様なのです。

「自分個人が、自分個人の利得のために、自分個人が全責任を負担する形で、大胆に法を冒す」ということはおよそ困難であっても、
「自分がトクするわけではないし、企業のため、組織のためなんだ」
と自分に言い聞かせ、
「皆やっているし、皆でやるんだし、昔から続いてるやり方だし、これまで問題にしなかったし、そうやって、長年やってきたし」
という状況において、
お互いがお互いを励まし合い(?)、
「ひょっとしたらヤバイんじゃないか」
という疑念を鼓舞し合いながら振り払い(?)、
手に手を取り合って、チームとして高い結束力(?)でがんばることによって、
「ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン。さ、みんなでチャレンジ[1]だ!」
「決算チャレンジ[2]、皆で力を合わせれば怖くない」
といった感じで、法のハードルなどかなりラクに超えられます。

こういうことから、
「人が集まる組織である企業も、存続する限り、法を犯さずにはいれない」
といえるのです。

このことは永遠不滅の絶対的真理であり、このどの企業も逃れようがない真理に基づき、今後も法令違反事例が多発するものと思われます。


[1]一部の企業では、法令違反行為をこのような特殊な方言で表現することがあるようです

[2]一部の企業では、粉飾決算をこのような特殊な方言で表現することがあるようです

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00595_「企業不祥事」「企業危機」は絶対根絶できない

最近、企業不祥事が多発しまくっています。

「これだけ企業不祥事が出たから、もう、不祥事がなくなり、法律的に一点の曇りもない、清く、正しく、美しい、すみれの華のような、清廉な産業社会が日本にやってくる!」
と思われた方も、いらっしゃるかもしれません。

ところが・・・

残念でした!

おそらく、ここで話している、今、まさにこの時点においても、どこかで、上場企業の決算チャレンジ(粉飾)や不適切会計、反社会的勢力との不適切なお付き合い、製品の性能データの改ざん、反競争行為の話し合い、有害な材料の混入、残業代の不払い、労安法違反の労働災害といった事件が起こっており、
「企業不祥事」
はとどまるところを知らず、おそらく、今年も、来年も、再来年も、企業不祥事は、順調に、活発(?)に増えまくることでしょう。

おそらく、この傾向は未来永劫続くと思います。

そうです。

そうなんです。

企業不祥事は永遠になくならないのです!

昔、球界屈指のスター長嶋茂雄さんが
「我が巨人軍は、永遠に不滅です」
という名文句をのこされました。

「企業法務の世界でそこそこ知名度はあるが、好感度がイマイチの、ビジネス弁護士畑中鐵丸」としては、
「我が産業社会から、企業不祥事を根絶することは、永遠に不可能です!」
という
「迷」文句
をお伝えしておきたいと思います。

ちなみに、弁護士である私は、めったに、
「絶対」
とか
「確実」
とか
「100%」
とかいう言葉は使いません。

世の中には、想定できないことや、知りえないことなどがあまりに多いからです。

しかしながら、
「企業不祥事は永遠になくならない」
ということは、280%の自信をもって、確実かつ絶対の真理として、断言できます。

こう断言できるのは、
「企業不祥事は永遠になくならない」
ということが、論理と実証に基づくからです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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