00038_危機対応においては、道義的責任と法的責任を峻別し、冷静に臨むべき

ある事件や事故がおこり、これに対して何らかの責任がある企業に対しては、事故当初、世間やマスコミから大きな非難が寄せられます。

ですが、社会的・道義的非難が大きいからといって、当該企業が負担する法的責任が当然のように発生し企業が崩壊するか、というと、そうはなりません。

日本を含む資本主義・自由主義体制の国家においては、企業や個人が自由に行動することを、憲法を含めた法律というシステムを通じて最大限保障しているからです。

すなわち、企業や個人の特定の行為に対する法的責任については、極めて限定的かつ厳格なものとすることで、
「企業や個人の予測可能性と行動の自由を確保している」
のです。

「企業や個人の予測可能性と行動の自由を確保している」
という制度的枠組は、市場における自由競争を基礎とする経済社会システムを採用するわが国はじめとした先進諸国においては、国是とも言うべき重要性を有します。

中世暗黒時代や、今なお存在する暴力的な独裁体制の国家などでは、まさしく、この
「企業や個人の予測可能性と行動の自由を確保 」
という点がおざなりにされているか、体制側として忌避しており、このことが、経済成長や社会発展の足かせになっています。

すなわち、
中世暗黒時代や、今なお存在する暴力的な独裁体制の国家においては、
「お前は魔女だ」
「君の行いは反キリストだ」
「あいつの行いは不敬罪に問うべきだ」
「あいつの言動は、反革命的だ」
「この会社の活動は、帝国主義的で、退廃的で退嬰的であり、肉体と精神の退廃を助長する」
などという
「基準なき主観に基づき、検証不能で非知的な評価」
によって、個人の活動や、企業のビジネスを、突然、暴力的かつ一方的に制限したりします。

「企業や個人の予測可能性と行動の自由を確保できない国家ないし社会がどのような末路をたどるか」
という点については、歴史上の事実として、壮大な社会実験に基づく明確な結論が出ています。

すなわち、自由な競争を前提とする市場経済システムと、国家主導の計画経済システムとの優劣がかつて競われましたが、後者を標榜したソヴィエト連邦が、完膚なきまでに敗北し、その経済システム・社会体制が無残なまでに崩壊しました。

このように、
「企業や個人の予測可能性と行動の自由を確保する」
という制度基盤は、国家の体制選択に直結するほどの価値と意義を有しており、自由主義経済体制を標榜とする我が国で経済活動をする限り、
「道義的責任や社会的責任などという『基準なき主観に基づき、検証不能で非知的な評価』」
によって、個人の活動や、企業のビジネスを、突然、暴力的かつ一方的に制限されるようなことは生じ得ません。

加えて、法的責任についても、弁明も反論も聞かずに、 印象や感触や雰囲気で、 暴力的な迅速性で、一方的に加えられるようなこともありません。

責任を追及する側において、規範を明確に指摘し、規範に当てはめ、故意や過失といった主観要件も主張立証し、さらに、損害の発生とその数額的評価について根拠とともに示さないと、いかに許しがたい厄災を引き起こした加害者といえども、情緒的な雰囲気に基づいて法的責任を問われるようなことはありません。

言い換えれば、道義的責任や社会的責任とは違い、法的責任の射程は極めて狭いということになります。

よく、新聞やテレビや雑誌等のメディアにおいて
「○○社には道義的責任がある!」
「○○社は社会的責任を免れない!」
などという情緒的な論調を耳にすることがありますが、
「事実やエビデンスもなく、手続保障も反論や弁明の機会もなく、道義的責任や社会的責任といった、定義も内容も適否も属人的で客観性も乏しい、その程度の非難を情緒的に叫ぶだけが精一杯」ということは、裏を返せば、
「責任を追及する側において『○○企業には法的責任を負わせることはできない』とギブアップした状況を自白している」
のと同じです。

無論、株式公開企業や、消費者相手の商売をしている企業の場合ですと、
「道義的責任」
「社会的責任」
を取り沙汰されただけで、株価の下落、消費者のボイコット(不買運動)、ネットの炎上といった非法律的リアクションによって、相応のダメージを被る場合が生じ得ます。

とはいえ、株式を公開していない、B2Bビジネスしかしていない、部品メーカーや素材産業等であれば、道義的責任や社会的責任といった非法律的非難をされたところで、せいぜい新卒採用の際に、学生の人気が低下して、採用活動に支障が出る、といった程度の被害だけで、具体的なダメージは想定されません。

ですので、企業が何らかの事故を発生させて、世間やマスコミからのバッシングが生じたとしても、無駄に無益に慌てず、
「危機」の内容や程度
を具体的かつ客観的に見定め、慌てず、冷静に行動すべきであろう、と考えられます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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