00051_企業法務ケーススタディ(No.0014):「常識の通用しない無法者に対して、面倒な裁判手続を回避し、自己判断と実力行使で対応する方法(自力救済)」における重大なリスク

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社大地不動産 社長 鈴本 宗雄(すずもと むねお、58歳)

相談内容:
ややややややや、先生、先生、先生。
大変なことになっているんですよ。
当社が下北沢に所有している、学生向賃貸用のワンルームマンションでトラブルになりましてね。
トラブルっていっても、バカバカしい話なんですよ。
このマンション、もともと社宅だったんですが、昨年末に購入後、リフォームしまして、ちょうど今年の春から学生向けに入居を募集したんですよ。
場所柄すぐに満室になったとこまではよかったのですが、借りた学生にどうしょうもないのがいましてねぇ。
入居した当初から、
「日当たりが悪い」
「騒音がうるさい」
「隣の学生が女連れ込むので迷惑だ」
「エレベーターを掃除しろ」
なんてクレームばかりいいやがるんですよ。
そのうち、
「この部屋は、まともな人間の居住環境としては、かなり劣悪なもので、家主として適切な義務を果たしているとは言い難いので、家賃はその分下げます」
なんてふざけたこと書いた手紙出してきて、6月ころから、8万円の家賃を4万円にしか払わなくなった。
こっちは、総務部長が対応して、出てけって通告したんですが、学生の方は
「解除には理由がない。
出て行かせたければ裁判でも起こしたらいい」
なんて、これまたナメたことをいいやがる。
あんまりふざけているんで、もう追い出すことにしました。
幸い、ゼミ合宿だかなんだかで明日から学生の野郎いないから、引越業者手配して荷物を実家に送り返してやるんですよ。
引っ越し代を連帯保証人の親に請求するので、そんときは、先生頼みますよ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:自力救済は単なる違法行為
大地不動産社(大地社)のケースは、世間でよくある話です。
江戸時代なら、ガタガタいって家賃を払わないような不逞な店子に対しては、大家さんが
「タナ上げろぉってんだ、この野郎!」
って叫んで、強制的に占有を排除しても誰も文句を言いませんでした。
ところが、時代は降り、今は平成の世、日本は法治国家です。
大地社が、賃貸借契約の解除と不動産の明渡しを求めて、学生相手に訴訟を提起し、この判決に基づいて、強制執行手続によって明渡しを実施することは可能です。
他方、こういう手続を実施すると、時間とエネルギーと弁護士費用がかかりますし、たかだか4万円の差額家賃のためにこんな手続を取っていると割に合いません。
そうすると、
「手っとり早く問答無用で明渡しをやっちゃえ」
ってことになるのですが、これは完全な違法行為であり、鈴本さんは、不法行為に基づく損害賠償責任に問われるほか、不動産侵奪罪にも問われることになりかねません。
無論、設例のケースにつき明渡しを求めて訴訟が提起されますと、学生側が勝手に賃料を下げる理由がなく解除が認められる可能性が高いと思われます。
すなわち、学生が貸室を占有する権利を喪失しており、鈴本さんが明渡しを実施することに正当性があるように思えます。
しかしながら、現代の法律のシステムは、
「占有という事実状態が一方当事者によって勝手に変更されない」
ということを保障することにより社会秩序を保っています。
学生側に貸室を占有する権利があるかないかを決めるのはあくまで裁判所であって、どんなに学生側の言い分が不当でも、鈴本さんが勝手に決めつけることは許されていません。
このような観点から、不動産侵奪罪(刑法235条の2)は、法的根拠のない事実上の占有を奪う場合であっても成立するものとされています。
「裁判が面倒くさいから」
「弁護士費用が高いから」
「相手の言い分を聞く暇ないから」
なんてのは弁解なりえず、強制的な占有奪取行為は完璧な違法行為として取り扱われます。
「貸したら最後、家は借りた人間のモノ」
「占有に九分の利あり」
なんていいますが、貸した以上、相手が自主的に出て行くか、裁判で勝訴しない限り、相手がカネを払わなくても居すわることを容認せざるを得ない、ということになるのです。

モデル助言:
お怒りはごもっともですし、弁護士費用をケチりたい気持ちはわかりますが、これは訴訟するほか途はありません。
弁護士費用をケチって強制的に追い出すことをしますと、今度は、鈴本社長の刑事弁護でもっとカネがかかります(笑)。
とはいえ、学生も、こちらをナメきって、故意にやっているような節がありますし、単に明渡せというだけでなく少しお灸をすえる必要もありますね。
私の方から正式に内容証明郵便による通知を出状し、
「不当な理由でこちらに訴訟提起という手間をかけさせた場合、不当応訴による損害賠償を請求する」
旨警告しておきましょう。
実家にいる彼の両親とも連帯保証人になっていますから、もちろん、両親にも通知を出状します。
常識のある両親なら自主的に退去する方向で息子を説得するでしょう。
とはいえ、最近は、いい年した親でもおかしいのがいますから、一緒になってキーキー騒ぐかもしれませんが。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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