00060_企業法務ケーススタディ(No.0019):賃借店舗に抵当権が付いていた場合のリスクと対処法

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ねじねじ 社長 長尾 彬(ながお あきら、64歳)

相談内容:
おう、鐵丸先生、元気かい。
これ、ウチが今度売り出した
「ねじりネクタイ」
さ。
もう、バカ売れでさ。
3年前発売した
「ねじりマフラー」
なんて目じゃないね。
ほら、先生にも1本やるよ。
え、縄でクビくくってるみたいで縁起悪いって?
冗談いっちゃいけねえよ。
このねじったネクタイ、1本2万円もするんだぜ。
ま、んなことどうでもいいけどさ、ちょいと、相談に乗ってほしいことがあるんだよ。
先生も知ってのとおりさ、ウチの会社さ、今、銀行からばんばんカネ集めて、販売店舗相じゃんじゃん増やしているわけさ。
そいでさ、昨年さ、六本木に1店出したわけさ。
ま、そこそこ売り上げてるんだけどさ、ウチの店舗は、内装を全部
「ねじり」
のイメージで統一してるからさ、半端じゃなくカネかかるわけでさ、トータルではまだ利益が出てないわけさ。
そしたら、この間、武田銀行が店にやって来やがって、
「銀行はこのビルに抵当権を持っており、オーナーの返済が半年近く滞っているので、競売にかけます。
早めに出てってください」
なんてぬかしやがる。
冗談じゃないよ。
ウチは正当な借家権もってんだから、ぜってぇ出ていかねえからな。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:「抵当権は賃貸借を破る」ドクトリンの意味と具体的リスク
抵当権その他の担保物権(質権は除く)は、
「不払になったときに売り飛ばすことができる権利」
にすぎないので、不払にならない限りにおいて、所有者が、抵当権がくっついたままの物件を使ったり、貸したりすることには何の制約も存在しません。
ビルオーナーが期限内にローンを返済すれば抵当権が抹消されますし、本ケースのように返済ができずに抵当権が実行されれば、後は、抵当権と賃借権の優劣の問題になります。
そして、抵当権が賃貸借契約より前に設定された場合、抵当権の効力が優先し、テナントは退去を余儀なくされます。
高額の保証金を取られ、設備費や内装も数千万円ないし数億円の費用をかけるというような場合、賃貸物件の担保実行リスクはきっちりと管理しておかないと本ケースのように大変な目にあいます。
高額の保証金や内装・設備費負担は、一定期間賃貸物件を安心して利用できることが前提となっていますが、賃貸物件に担保が設定されているとうことは、この前提が簡単に崩れてしまう危険が内在することを意味します。
したがって、担保に入っているような物件を借りるにあたっては、大家に対して、債務の内容、返済の状況(リスケジュールの状況等を含む)を確認し、抵当権により覆滅させられる危険が具体的にあるのであれば、保証金を減らすとか、保証金返還請求権に担保を付けさせるとか、賃料を減額させるとか、内装・設備費の一部を負担させるとか、交渉によって適正なリスク回避策ないし逓減策を求めるべきです。

モデル助言:
「ビルを所有しているからお金持ち」
なんて安易な発想じゃ、いけませんね。
絶対返済できないような額のローンの抵当に入っているような
「時限爆弾」物件
なんて、銀座や六本木にはザラにありますからね。
内装・設備費は、償却に五年かかりますし、さらに残存簿価資産に対しては固定資産税という名のショバ代も徴収されますから、店舗を借りて運営するのは長期の投資と同じですよ。
バブル時代ならいざ知らず、投資実行前に自己責任で投資安全性を調査するのは今や常識です。
今回の場合も
「担保権実行による早期明渡し」
というリスクを認識し、このリスクの回避ないし逓減の方法をきちんと整備しておくべきでしたよね。
とはいえ、このままむざむざ引き下がるのもイヤなので、戦術的に悪あがきして、少しでもロスを減らしましょう。
まず、無責任なオーナーを呼びつけ、示談交渉を行いましょう。
交渉の中で、厳しく責任追及し、
1 賃料の大幅減額
2 保証金の全額返還約束
3 保証金返還債務と賃料債務との相殺
等を内容とした示談を行い、これ以上賃料負担することなく、できる限り長く当該店舗をタダで使用し続けることによりロスを減らしましょう。
あと、実際、こういう破綻処理のケースでは、競売申立されることはまずなく、オーナーからの所有権譲渡と抵当権抹消を同時に行い、ソフトにオーナーチェンジをするという処理(任意売却)が行われます。
「競売するぞ」
なんてどうせブラフですよ。
オーナーとの交渉次第では
「オーナーから二束三文でビル所有権を譲り受け、銀行主導の任意売却を妨害しつつ、サービサーと組み、こちら主導で、銀行に債権を譲渡させ、最終的に抵当権を抹消してしまう」
なんてウルトラCも可能かもしれません。
ま、ちょっと検討してみましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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