企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。
相談者プロフィール:
株式会社青木派遣センター 社長 青木 小夜子(あおき さよこ、38歳)
相談内容:
先生、すごくいい話が舞い込んできたんですよ。
ちょっと相談に乗ってください。
私、麻布とか青山とか銀座とかにイタリアンとかフレンチとかおしゃれな飲食店を持つのが東京に出てきたときからの夢だったんです。
ま、確かに今やっている派遣会社とは全く関係ありませんけど、この商売もそこそこ軌道に乗って小金も貯まってきたし、そろそろお店出そうかなあ、なんて思ってたんです。
とはいえ、今、都内はバブッてて、家賃は高いし、内装屋とかもいい気になってて高い値段ふっかけてくるし、大変なんですよ。
というか、そもそも麻布とか青山とか銀座とかには、出店希望が殺到しているみたいで、物件自体が出てこないんです。
そしたら、知り合いの波田不動産の波田社長からいい話が舞い込んできたんです。
話を聞くと、天現寺と乃木坂と築地の賃借店舗で味噌煮込みうどん屋を個人経営している知り合いがいて、引退するから3店まとめて売りに出してるっていうんです。
ま、麻布、青山、銀座という夢の立地からは微妙にずれていますし、味噌煮込みうどん屋というのもおしゃれとはいえませんが、この際、背に腹は変えられません。
波田社長からは
「この買収案件は買手が殺到しているので、ホールドするにも限界がある。
買う気なら、明後日まで代金1億円振り込んでくれ」
って急かされています。
とりあえず、お金を用意して、明日にでも支払いしようと思うんですが、先生、買っちゃって問題ないですよね。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:「曖昧で具体性のない取引を行う買い手」が負うリスク
取引設計上、最も基本的かつ重要な事柄は、
「何を買うか」
を明らかにすることです。
すなわち、
「目に見えるものを買う取引」
については、取引対象について神経を尖らせなくても後でトラブルになる危険は相対的に少ないと言えます。
ところが、
「目に見えない何かを買う取引」
の場合、そもそも取引構築以前の問題として、取引対象の特定が重要になります。
世の中には、ライセンス取引やオプション取引、代理店の権利の取引等
「何を取引したのか、その対象自体よく分からない取引」
が横行していますが、こういうものを弁護士に関与させずに勧めると大抵ヤケドを負います。
この種の
「なんだかよくワカンナイ」
ものを買う取引において買う側は
「お金を払う」
という疑義を入れようのない明確な義務を負う半面、売る側は
「何だかよくワカンナイもの」
を提供する義務を負います。
取引対象がこんな緩い感じですと、買う側は
「妄想を叶えてくれるべくありとあらゆることをしてくれる」
と考えますし、売る側からすると
「あまり過大なことを求められても困る」
と考えます。
両者の思惑が180度違った方を向いていて、齟齬を修正する契約文言が緩いわけですから、紛争になるのは当然です。
本件において、取引対象がある程度明確化され、青木さんが十分理解して1億円支払ったとしても、さらにさまざまな困難が待ち構えています。
たいていの賃貸借契約には無断譲渡ないし転貸を禁止する旨の条項が付着しており、この条項違反は賃貸借契約の即時解除事由になります。
青木さんとしては
「業態が変わるわけではないからそんな細かいこと言わないでよ」
なんて言うかもしれませんが、それは青木さんの理屈であって、大家が青木さんの理屈に付き合う義務はありません。
むしろ、現在の地価上昇トレンドからすると、青木さんが賃借権譲渡や転貸の承諾を求めようものなら大家は結構な額の承諾料を要求するでしょうし、無断で青木さんが売主に入れ替わって経営し始めようもんなら、賃貸借契約を解除して追い出し現在の地価を反映した高い家賃のテナントに入ってもらうでしょう。
その他、従業員に引き続き働いてもらう場合も、前のオーナーとの雇用関係をいったん解消し、新たに青木さんの会社で新たに雇用する形とならざるを得ません。
今まで形ばかりの忠誠を示してきた従業員は、これ以上いい子にしていても何のメリットもないと考え、解雇を争ったり、これまでの未払い残業代を請求したり、勤務条件を上げろと言ったりする場合も考えられます。
さらに、リース品の扱いをどうするか、仕入先が従来どおりの仕入れ条件を維持してくれるか等青木さんにはさまざまな困難が生じることでしょう。
モデル助言:
本件の場合、取引対象をあえて明確化すると、
「大家の承諾を条件として当該店舗の賃借権を譲り受け、また従業員の承諾を条件として従業員との雇用契約関係を継承し、店舗で使用するリース物件についてリース会社の承諾を条件としてリース契約関係を承継し、さらに仕入先の承諾を条件として仕入先との契約関係を承継し、その他店舗で使用する動産を譲り受けること等を内容とする取引」
ということになります。
どうしてもトライしたいのなら話し合うこと自体いいですが、こんな不確実なものに前金で全額支払うことだけは絶対やめてください。
以上のような諸問題をクリアし、契約書を取り交わし、各種の承認や引き渡しや承継が完了してから支払う形にすべきです。
あと、オーナーに多額の負債があった場合、商法17条の商号続用に伴う責任が生じますし、オーナーに競合禁止義務を課しておかないとお客さんを全部持っていかれることもありますので、このあたりのヘッジも契約書に明記しておくべきです。
取引の詳細が合理的に詰められないままお金を払うのであれば、買うのは
「紛争の種」
だけです。
相手のペースに巻き込まれないよう、少し冷静になられてはいかがですか。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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